69 独りにしないで
際限なく増える召喚獣。厄介な相手だとは思う。だが、無尽蔵に増えてしまっている理由は魔法書が機能しているからだろう。何体でも複製して現出させる、そういう機能が魔法書にある、又は召喚獣自体が群れをなして襲いくる“そういうもの”として定義されているだけなのか。
どちらにしろ魔法書を叩き落とせば、召喚獣なんていなくなる……はずだ。
──待てよ? ならあのサイも復活する可能性があるってことか!? だけどもう、リッキーやヤドさんの所には戻れない。
俺はシェルトさんを優先だ。
彼女を優先しながら、召喚獣を生み出している本元の首を掴む。……難しいが、やるしか無い。もうちょっとだけ頑張れよ、俺!
☆
そして、無数にある汚い魔力の中で一際輝く、シェルト・マーキュリアルの色を見つける。力強く、美しく、そして不安定な、特別な人間しか持つことのできない魔力。剥き出しに、一陣に放たれた魔法【ダインハギル】。何体もの召喚獣を一瞬にして消し炭に返す威力と、無尽蔵に放たれる魔法。
姿が──その炎のように紅く、背中が隠れるくらいの長髪が、俺の視界にふっと入ってくる。
「っ! シェルトさん!!」
見つけたはいいが声は届いていない。
それに──召喚獣が多すぎて近づけない。【ダインハギル】に当たるのも厳しいからといって地面に降りたら、それこそ召喚獣の餌食になってしまう。
回避する方法は、俺の下を殲滅するだけ。──魔法は使えるが、何本も【閃光】を放てるわけでは無い。シェルトさんと違って連続で放ち続けることもできない。
一発、召喚獣に【閃光】を放つ。
黒光の毛皮を貫いて、召喚獣一体の動きを止めた。だが、他の奴らは黙っていなかった。
「う……っ。まあ分かっていたけど──」
『怒らせたらまずいってこと……だよね?』
その血の色の眼が、一斉にこちらを覗き込む。そして、大声で吠え、勢いよく跳躍してきた。
そう、二階建て家屋の屋上ほどの高さまで、一斉に。
「……おいまじかよ!」
『ねえエルくんちょっと無理しよ? じゃないとエルくん、奴らに飲み込まれて死んじゃうよ!』
(ふざけんな分かってらァ!)
悪態吐きながら、跳び出てきた召喚獣を“殲滅”する方法を引っ張り出す。勿論、脳内だったらシミュレーションはできている。だけど、簡単に決まるなんて思ってはいないし、いけない。
俺にしかできない、誰もが使える魔法の、新たな使い方。
「【魔力の糸】、展開」
俺の周り、左右。魔力の糸が空気を走る。クルクルと、小さな円を無数に作り出していく。
「砲門形成──!!」
その円に魔力を集める。集めるが、魔力の指向性を一点には集めない。
この魔法に託す役割は、面制圧。血が、身体が、冷めていく感覚。脳が冴えていく、目が覚めていく。おおよそ、俺が腕を伸ばしても届かないところまで、俺の魔法が届くところまで。
「全門斉射・解砲!」
────穿ち抜く!
「『雷一閃 稲妻よ走れ 貫け電撃』【雷闢】!!」
轟音と、激しい稲妻。天地開闢を彷彿とさせる、無数の電撃柱。それらが【魔力の糸】で作られた穴から放たれた。
召喚獣の断末魔と、俺から発せられた喉の音。負荷に耐えるための気合、出し切りすぎて喉が痛い。
「あぐっ……たぁ!!」
下を見る。……一掃だった。召喚獣はほとんど消え去り、目の前には会いたかったあの人のみ。
目が合った。彼女は厳しい目をしていた。笑いかけるけど、笑ってはくれなかった。
ただそこに佇んで、俺のことなんて構ってる暇はないと言わんばかりに。
「レプラコーン、遅かったじゃない」
彼女はいつものような傲慢不遜な態度──のように見えるが、かなり疲弊しており、隠そうとしているようだが息が荒いことを隠せていない。俺にはそう見える。
「遅かったって……こっちはこっちで大変だったんですよ。わらわら出てくる奴らより一回り二回りも大きな召喚獣!」
屋根から降りて彼女の元に行く。召喚獣の量は減っていたが、ポツポツと、どこからともなく溢れ出てくる。
その召喚獣を、シェルトさんが【ダインハギル】で燃やし続ける。放たれた電撃は勢いよく召喚獣の脇腹に刺さり、その勢いで滅されていく。その姿は、彼女の自負する『ゼルルド国最強の魔法使い』に負けないものだった。
「って……奴らはどこから湧いて出てくるんでしょうね」
「さあ? まあここでバンバンやっていても終わる訳無いけどね。どうすんの、レプラコーン」
どうしよう……シェルトさんの無事は確認できた。だけど彼女はかなり疲労している。『別々に探す』ことは難しいかもしれない。
……言いたくはないが、今の俺にシェルトさんの隙を守れるとは思わない。逆もまた然り。それに、ここに誰かが残らないと、きっとここの後ろが崩壊する。
召喚獣はここを経由して、ドラゴンヘッドの強い人の所へ押し寄せている。そしてその後ろには、沢山の人がいる。
……今もまた、召喚獣の数が目に見えて多くなっているのがわかる。だから『一緒にに探す』ことも難しい。
会って早々、心配して早々、彼女を信じて離れなきゃいけないとなると……まあ、なんか心が痛いかな。
「シェルトさん。シェルトさんはここで待っていてください。俺が召喚獣の本因を見つけてぶっ倒しにいくので!」
大口かもしれない。勝てるか? そもそもこの身体で戦えるのか?
──いや、分からない。だけど、動くしかない。
「だから、ちょっと頑張ってきます────っ!?」
俺の、青を基調とした服の裾が、伸びて──。
「ねえ」
引っ張られて。
「行かないでよ」
ぽすりと、ゆっくりと、ちょうど俺の首元に──。
「シェルトさん、離してくださ──」
──が、濡れて、流れた。
「怖かったんだよ。こんな私でも、辛かったんだよ?」
「こんな私……って」
「こんな私、だよ」なんて……声しか聞こえなくて、でも声以上のものが聞こえてくるような気がして。
「もちろん、私だって戦った。戦えた、弱くなかった。ずっとずっと……そうやって──」
歯軋り。上擦り。荒い息。
「近くに人がいないこと、怖かった。レプラコーンがいないのが、怖かったんだよ? どこにいるか分からなくて、どこにいけばいいか分からなくて……ここで足止めされて、だからここから動けなくてっ」
辛くて、脆くて。
「だから、もう……っ」
弱くて、弱くて、弱くて。
「だからっ……一人に、しないでよ」
……それが、俺には、俺には許せなくて。
こんなの、シェルトじゃないって、そう思って。
「一緒にいてよ、そばにいてよ、まだこうやって泣いていたいよ! もうなんだっていいよ、私が終わるまでこうさせてよ! ずっとずっと、こうさせてよっ……!」
なんか、変に憤っちゃって、泣いているシェルトを許すことが出来なくて。俺のシェルトはこんなんじゃないって、心はそうやって警報を鳴らして。
俺は今のシェルトを、この人はシェルトさんであるって、頭は理解してくれない。
こんなシェルト、見たくないって。
おかしいって、俺の見てきたシェルトが全部幻のように思えて。
謙虚さのかけらもない、勝気すぎて手に負えない、すぐ手が出る怒りん坊。弱いところは見せたけど、あれはただ、過去の話だって──そこに、繊細な彼女が落とされた。
俺には、彼女が見えなかった。それを、俺は否定したい。
「シェルトさん、いつもの最強はどうしたの?」
国内最強魔法使いのシェルトさんなら大丈夫だと笑って、そうやって突き放す。
魔力でわかる、召喚獣はどんどん数を増している。早く抑えないと、ここを二人で守るということさえ出来なくなる。
シェルトはもう一度、俺の背を叩く。
「怖い、私から消えていくのが怖い。一度手に入れた幸せを離したくないの。……だから、ここにいて」
弱々しく、痛くはなく、それでいて、とても“痛い”。
だけど、ダメなんだ。ここで止まってはいけないんだ。
「……ごめん。だけど!」
俺は“前”を向いた。お気に入りだと見せてくれた、丁度背中が隠れる、薄汚れた水色のワンピースに包まれた、目の赤い彼女の方を。
「俺は必ずそばにいる。また戻ってくる。必ずシェルトの元に戻ってくる。だから、少しだけ待っていてくれ!」
──俺たちの間を風が吹きぬけた。腫れていた目を閉じ、彼女は裾からゆっくりと手を離す。あれだけ強く握っていた、あれだけ力強く握りしめて離さなかった、その左手を。
「わがまま……だったか?」
彼女は、シェルトはゆっくりとうなづいた。
「任せる、いける?」
彼女はうなずかなかった。
だけど、あれだけ辛かったからこそ。
それ以上、本気で。
「──っふん! 任せなさいよ! ここは! 犬一匹たりとも逃したりしないんだから!」
戻ってきた、ってそう思った。
だから、俺は向かう。
召喚獣を伝い、魔法書を持つ“何者か”のもとへ。もう一度、また、彼女のもとに帰ってくるために。もう一度、笑って彼女と話をするために。
「待ってろよ……“怪盗”!!」
☆
「この程度……か。ま、仕方ないか。まだ召喚獣の模倣品にしかならないし、完成には程遠いということ。沢山の犠牲を出して、まだこれとは……我ながら悔しいな」
“彼”はこの事態を好ましく思ってはいなかった。
「このままの展開なら……魔女の力の回収はおろか、装獣も十分なデータが取れるとは思わない。だが」
爪を噛む動作で、そのやけに整った軽薄そうな顔が歪む。
「まあ、必要じゃないならいいか! ……それに」
豊穣祭で遊んで疲れこけた、“14歳”ほどの女の子の方を見て、20以上歳の離れている“彼”は優しく微笑んだ。
「まったく……今から怪盗の初仕事なのに、ナインはいつまで寝るつもりなんだ!」
親子にしか見えない二人の怪盗。
怪盗は、彼らにどんな影響を与えるのだろうか……。




