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異世界旅行部  作者: ほんわか八咫烏
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活動記録 3頁目 『おもちゃの世界』



今度は、本当にいらないものが部室に増えた。何語かも分からないような象形的な文字が刻まれた石板が、教室の壁に立てかけられている。オブジェクトにもならず、インテリアにもならない。ただ場所を占領している、本当に無駄な物がこの教室に飾られていた。徐々に増え続ける我楽多の数々は、この狭い教室に更なる圧迫感を与え続ける。それに比例するように、この教室に集う部員からはため息の数が多くなっていた。そんな部員の考えてる事は皆同じだろう。「掃除とか面倒臭え。」だ。


そんな中、一人だけ妙にテンションの高い部員がいた。



「ふふ、今日は私の番だよね?」



玲羅の顔からは、抑えきれない高揚感が素直に現れていた。定期的に緩んだ口元から笑い声が漏れ出している。


「……何よ、気持ち悪いわね。」


「何か良からぬことでも企んでんじゃねぇか?」


そんな喜びに満ち溢れた表情を浮かべる玲羅とは対照的に、他の面々はその表情に不安に駆られていた。わくわくしている、よりかは狂ってるような面様だ。


「……最近は少し暑いからねぇ。こういう症状が出たっておかしくはないよ。」


「……あまり触れないであげましょう?」


確かに。季節はもう夏に差し掛かるというのに、この教室には冷房というものが存在しない。そもそも、旧校舎自体に冷房器具が設置されていないのだ。クーラー設置が始まったのは凡そ八年前。その時すでに、新校舎の設立が始まっていたそうな。


そりゃあ頭もおかしくなっても仕方がない、と紫音と流星は狂気に染まりつつある玲羅に同情した。



「……さっきから失礼じゃない。私をまるで変人のように扱ってさぁ。」


玲羅は彼らの物言いに、不服そうな面持ちで反論した。その舌を捥ぎ取るぞと言いたげに、玲羅はバンバンと机を何度か叩いた。その反応には彩葉たちも、思わず笑いを零した。


「冗談だってー。冗談。」


一頻り笑った後、彩葉はせっせと話題を変えるように、ところで、と玲羅に話を持ちかけた。


「玲羅ちゃんはどこに行きたいかは決まってるの?」


その質問を待ってました、と言わんばかりに玲羅の機嫌は再び最高潮に達し、先程のにやけ面を部員たちに恥ずかしげもなく晒した。


「……女の子としてその顔はどうかと思うわ。」


紫音は苦笑を浮かべて、乙女としての振る舞いを指摘した。華の女子高校生がそのような不適切な変顔をしていては、寄ってくる男子も寄ってこないぞ。といったニュアンスを含んでいるに違いない。確かに淑やかな振る舞いが常な彼女からすれば、それが一種の流儀なのかもしれない。それに対して異議あり、と申し立てたのは、“周りからの視線など気にすることなく、自由で楽しく生きたい”派代表の彩葉だった。


「別に私はいいと思うよ! それで勝手に幻滅して離れていく人は玲羅ちゃんに対しての想いが足りないのよ。玲羅ちゃんは可愛いんだから常に変顔でも問題ない‼︎」


そんな中途半端な気持ちで近づいてくる男子はこっちから願い下げよ、と彩葉は謎のシャドーボクシングで空想の男子にアッパーをかまして言い切った。


「……さすがに常に変顔は嫌だね。」


だが、心が太平洋のように穏やかで広い流星でさえ、彩葉の暴論に近い意見には賛成しかねた。しかし、彼女の言っていたことも一理ある、と頷きを見せた。男子も女子の扱いには苦悩し、女子も男子に対する理想のハードルは断固として下げはしない。男は「女は分かってない」と言い、女は「男は分からず屋」だと嘆く。それは誰であろうと同じなのかもしれない。この教室も今では、女子が実権を握った討論会場と化していた。


いつの間にか話の行き先が迷走し始めていることに苛立ちを覚えていた翔は、


「お前らのガールズトークには微塵も興味ねぇから、さっさと本題に入れ。」


と話の筋を元あるべき軌道に修正した。



「おっと。そうだった、そうだった。」


玲羅は一度手を打ち鳴らし、ホワイトボードの前に凛々しく立った。その顔つきから変顔は消え、真剣な様子が感じられた。だが、いくら彼女が平静を装ったところで、膨らむ心は全て彼女の目に現れていた。



「……さて、遅くなりましたが、私の行きたい世界を発表したいと思います!」




やっとかよ、と翔は小言を漏らし、紫音や流星は小さく拍手を飛ばした。一方彩葉は「涼しいところがいいなー」などと考えながらパタパタと制服をだらしなく仰いでいた。



「私が行ってみたいのは………!」



若干感じるこの教室の温度差は完全無視し、玲羅は内側から暴れ出す高揚感を一斉に口から弾け出させた。




「“おもちゃの世界”です!」






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




例のごとくいつもの場所に集い、

例のごとく点呼を終えた五人は、玲羅を筆頭に扉の前へ並んだ。


「あぁ〜、どうしよ〜。楽しみで手が震えるよ〜。」


玲羅は普段のキャラが崩壊しそうな勢いでテンションを上げていった。だが、まだ更に上がありそうな予感がする。それは彼らにとって嫌な予感として扱われていた。


「さっさと開けろよ。」


痺れを切らした翔は、溜息交じりに言葉を吐き捨てた。こんな所でグダグダとしてても意味がないだろ、と玲羅に言った。


「ちょっと待って、心の準備が…………」


「……メンドクセェな。」


もう一度溜息をついた翔は、これ以上は何も言わなかった。何を言っても、きっと無駄だからである。楽しみがすぐ目の前にある人間ほど、抑えの効かないものはない。自分だってそうだからだ。まだまだボヤいてもいいのだが、それよりかは黙って玲羅のタイミングを待った方が無駄な労力を使わなくて済みそうだった。



「………よし! 私が扉を開けるわよ!」



それから意外と早く、正確には数十秒後に玲羅は覚悟を決めた。何に対する覚悟かは知らないが、兎に角扉を開ける事を決心したようだ。


玲羅は喜びと期待に震える手をドアノブに差し出し、ゆっくりと慎重に捻った。


いつもと同じように軋む音を上げながら、木製の扉は開いていった。徐々に隙間から白い光が漏れ始め……その瞬間、玲羅は再びドアを思い切り閉めた。



「………やっぱちょっと待って。」


「早くしろ!」






………それから何やかんやで数分が立ち、漸く玲羅は扉を最後まで開ききった。すると扉から白い光が五人を包み込むように広がり、新たな世界への移動が開始された。光に満ちた目の前には、相変わらず木製の扉の枠組みだけが残されている。そこを潜れば、世界への移動は完了される。



「さぁ、行くよ‼︎」



玲羅は一度大きく深呼吸をして、高らかと声をあげた。そして一歩、また一歩と慎重に歩み寄り、光の中に浮かび上がる木の枠を通り抜けた。それに続いて部員たちも、やっとか、と小言を漏らしながら続々と世界へと足を踏み入れて行く。






そして全員が扉を抜けたと同時に、吹き抜ける風と共に靄のような光は晴れていった。そして顕となるのは、未知の世界の情景だ。



「おおーっほっほっほ〜!」


「これは……凄いわね。」



玲羅の歓喜の声は、この世界に大きく響き渡った。彼らが今立っている場所は、積み木で建てられた塔のような場所だった。その高所からの景色は壮観で、赤、青、黄、緑といった明るい原色が彩るこの世界を一望できた。


「見て見て!あの道とか全部トランプだよ?」


「あんな大きな風船見た事ねぇ。」


「お洒落だね。」


五人は各々指差しながら、この高台からの景色を愉しんでいた。そんな時、紫音はある提案をした。


「最近ね、カメラの三脚を買ったのよ。折角だから、ここで一枚集合写真でも撮っておかない?」


その案に真っ先に食いついたのは彩葉と玲羅の二人組だった。


「いいねいいね!」


「ほら、男子! さっさと集まれ!」


翔はいつも通り溜息を、流星は小さく微笑んで彼女達の元へと向かった。


紫音はカメラをセッティングすると、タイマーをセットしてすぐに四人の元へ駆け寄った。


「十秒にセットしたから、ほら、急いで急いで。」


「ちょ……押さないでよ。」


「玲羅ちゃん!そこに立ってたら私映らないじゃない!」


「知らないわよ!隙間から顔出したらいいじゃない!」


「お前ら暴れんな!」


「十秒しかないんだから早く並んで。」



そして、カメラは軽快なシャッター音を鳴らした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




五人は塔の内部にある階段を下り、この世界の大地に足を着けた。その道はチェス盤のように黒と白のチェック柄になっており、洒落ている。


「あれ? ここの道はトランプじゃないんだね。」


彩葉が口にした疑問に、流星は声のトーンを高めて答えた。


「上から見てたら、すごろくの道とかもあったよ。とっても楽しそうだった!」


「本当? 後で行こうよ!」



彩葉はわくわくと胸を高鳴らせながら、周りをきょろきょろと見回しながら歩いていた。


すると、遥か先を進んでいた玲羅が手を振りながら彩葉達を呼んでいた。


「おーい! 早く来てよ! 凄いのがあるよ‼︎」


その呼びかけに彩葉は興味を示したようで、


「今行く!」


と大声をあげて玲羅に向かって走っていった。流星が驚いたのは、何気に翔が先頭組にいた事だ。毎度の事だが、なんだかんだ文句を言いながらも別世界に来れば彼が一番楽しんでいる。もっと素直になればいいのにな、と流星は思ったが、それが彼の面白いところなんだと感じていた。


そうして紫音と流星は玲羅達に追いつくと、その先の眺望は言葉を失うほど素晴らしいものがあった。



「あれオセロでしょ? で、あっちがダイヤモンド!」


「将棋とか囲碁もあるな。」


ここには数々のテーブルゲームのフィールドが広がっていた。チェスは勿論、その他にもバックギャモン、コピット、ニップなどの盤面が続いていた。


「ちょっと、やってかない?」


玲羅の提案に、珍しく誰も反対の言葉を口にしなかった。


そして五人は時間を忘れ、暫くの間ボードゲームに熱中するのであった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ねぇ! これって乗れるのかな?」


ルールの知っているボードゲームは取り敢えず制覇し終え、再びチェスロードを歩き出した彩葉が見つけたのは、何やら大きな乗り物だった。それはどうやら、飛行型のラジコンのようだ。人が乗れるほど大きく、五人が乗り込んでもまだ余裕がありそうな程である。ただ、飛行機やヘリコプターのようによく見る形ではなく、近未来の車のような、何処か現実離れしたフォルムをしていた。俗にいう“最先端機器”なのかも知れない。


「乗れるだろうけど、ちゃんと飛ぶの?」


「おぉ、本当に乗れる! 結構シートふかふかだよ!」


玲羅のごもっともな質問に、全員が乗り込んだ後に彩葉は陽気に、そして楽観的に答えた。


「中にボタンがいっぱいあるし、どれか適当に押したら動くでしょ!」


そんな彼女の楽天家な発想に、翔と流星は何やら嫌な予感がした。こういったボタンにはトラップ的な、ドッキリ仕掛けのような。口にはし難い様々な“何か”が仕組まれてる可能性が高い。なので、二人は急いで彩葉の暴挙を止めに入ろうとした。


「ちょっと待て! 絶対何か起こる!」


「もうちょっと、よく考えよ?」


だが二人の制止の言葉を聞かず、彩葉は目の前にあるボタンを適当に指で押し始めた。本当に何も考えず、何も恐れず無作為にプッシュしていく。その様子を例えるなら、ピアノの鍵盤を適当に叩く幼稚園児、という表現がぴったりだろう。翔と流星は心の中で、あぁ、終わった……と少なからず感じていた。


すると、一度車体はガクンと大きく揺れ、耳が痛くなるような機械音が鳴り響いた。


「おいおいおいおい! なんかやばくね?」


「だーいじょうぶだって!」


彩葉はニヤリと笑うと、最後にレバーを思い切り下げた。それがキッカケで、そのまま車体はゆっくりと浮き上がる。


「すごい! 飛んでる飛んでる!」


彩葉のテンションも同時に上昇していくが、助手席に座る翔は思わず青ざめた。そしてある程度の高度に達すると、この乗り物は物凄い速度で前進を始めた。その速度の原因は、後部から吹き出す炎のジェット噴射だ。


「ほーら、ちゃんと動き出した。」


「馬鹿! 速すぎるんだよ、もっと速度落とせ!」


「酔う! 酔うから!」


「ちょっと! 前見て前!」


五人が狭い車内でわーわーと騒いでいると、紫音が珍しく大きな声をあげた。何事かと思って彩葉達が前を見ると、目の前には高く積み上げられたジェンガの塔が聳え立っていた。それも一つではない。都会のように、ジェンガのビルは幾つも屹立していた。目を疑いつつも五人は絶叫をあげ、再び彼らはパニック気味に騒ぎ始めた。


「ハンドルだ! ハンドルを回せ!」


「ぶつかるぅ〜」


「ハンドルなんて一体どこにあんのよ⁉︎」


「僕は知らないよ?」


「私も知らないわ。」


流星と紫音は後部座席からハンドルらしきものを探すも、それらしき物は見当たらなかった。あるのは怪しげなスイッチとレバーだけで、今思えば操縦できるハンドルの役目を果たすものは一切見ていない。


「とにかく曲がれ! ぶつかるぞ!」


「どうやって⁉︎」


「気合いだ気合い‼︎ 全員右側に寄れぇ!」


「それじゃあ車体が傾くだけよ‼︎」


運転席が恐慌状態になっているそんな時、紫音は後部座席に何かのリモコンのようなものを見つけた。その容姿は、ラジコンを操作する操縦機に酷似していた。こんな大きな車体を小さなリモコンで動かせるとは思わないが、一か八かに賭けるしかなかった。紫音はすぐさまそれを拾い上げると、二つあるレバーを一気に横へ倒した。


「ハンドルはあったわ! これより塔を回避する!」


すると彩葉たち五人を乗せた近未来的な飛行車は急旋回し、ジェンガタワーとの衝突を寸前で回避した。もう少し発見が遅ければ、間違いなく衝突していただろう。


「………助かった……。」


「こんな所で死んだらシャレにならんて。」


危機を間一髪で脱した五人は、一気に脱力したように椅子に凭れかかった。流石の彩葉も命の危機を感じたようで、呼吸を落ち着かせるように深呼吸を続けた。そしてふと窓の外に視線をやると、面白いものを見つけたのか先程の恐怖体験も忘れて声をあげた。




「あ、みんな見てよ!」



彩葉が指差した先には、おもちゃの兵隊が門の前にズラリと並んでいる様子だった。赤服に身を包んだ兵隊たちは二列に美しく整列しており、背にはおもちゃの銃を背負っている。中には太鼓や喇叭、金管楽器といった楽器を携え、演奏隊のような部隊もいた。


「おお、凄い!」


その門の先には、大きなお城が建っているのが見えた。その城は西洋風で、やはり現実とは違って幻想的だった。城壁はピンク色に近く、屋根は淡い水色で先端が尖っている。そこからポールが立ち、城旗が高く掲げられていた。パステルカラーに彩られた立派な城郭に、五人は思わず見とれて感嘆の声をあげた。


「………でけぇな。」


「あんなお城住んでみたいわね」


「いやぁ、これだけ広いときっと掃除とか大変だと思うよ?」


「……夢がないな。」


そんな様子を上空から見ていると、突如として西洋城の後ろで大きな花火が上がった。突然の出来事に、五人は言葉を飲み込んだ。黄色や青や赤。鮮やかな色調が澄んだ空に、派手派手しく花を咲かせた。


「まだ空が明るくても、花火って綺麗に見えるんだね。」


「そうだね〜。昼の花火って初めて見たかも。」



翔はそのような祭りに似た雰囲気に疑問の色を浮かべていた。


「それにしても、今日は何かパレードでもあるのか?」


「やけに賑やかよね。」


紫音も確かにそうね、と翔の意見に同調した。


「何か記念日なのかな?」


「まぁ、なんでもいーじゃん!」


流星は窓に顔を貼り付けて言ったが、彩葉は理由はどうでもいい、と言ってその祭典を上空から楽しんでいた。とにかく綺麗だし、愉快だから深いことを考えず楽しみたいようだ。


「丁度いい時に来たみたいだね。」


「本当ね。」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「よし、到着〜」


彩葉がラジコンを止めた場所には、長い双六が存在していた。そして車から降りた場所には、大きく“START”の文字があった。ここはどういうわけか、あの訳のわからない象形文字ではなく英語表記だった。


「なんだここ。」


「双六だよ、すごろく!」


紫音は口元を押さえ、少し笑いながらとある提案をした。


「また、最後の人が罰ゲーム、なんてのはどうかしら?」


その言葉を聞いた瞬間、彩葉は背筋を凍らせて必死に否定した。


「嫌! ぜっったいに嫌だ‼︎」


その彼女の必死さに、流星は戸惑いながら


「……今回は、無しにしとくか。」


と提案を却下した。まさかそこまで強く嫌悪を示すとは思っていなかった紫音は、堪えきれずに失笑を漏らしながら


「分かった、分かったから。」


と彩葉を宥めた。






それから数分後、機嫌を取り戻した彩葉はまた高いテンションでゲームの開始を宣言した。



「よし! それじゃあ双六を始めるわよ‼︎」


ただ、何もなければ面白みがないということでとあるルールが追加された。それは、最初にゴールした人が“現実に持って帰る品を決める”というルールだ。それに関しては彩葉も不満を漏らすことはなかった。


「じゃんけんの結果、一番手は私! 二番手は翔! 三番手は流星くん! 四番手は紫音ちゃん! そして最後は玲羅ちゃんね!」


彩葉はそう言い終えると、スタート地点の近くに置いてあったサイコロを一つ手に取ると、それを思い切り投げた。その賽の目のサイズは大きく、両手で抱える事がやっとだった。中には綿が入っているようで、ふわふわとした感触が心地いい。だから、全力で投げないとなかなかサイコロとしての役目を果たせないのだ。


そしてサイコロがふにゃりと落ちた結果、上面にある円は二つ。つまり、二マス進む事ができた。


そしてそのマスには、進行方向への矢印と共に、『+3』と書かれていた。要するに、“追加で3マス進む”という事だろう。彩葉は早速、五マス進んだことになった。



「よし、次は俺の番だな。」


気合いを入れて翔はサイコロを上空に投げ飛ばした。そして落下すると、運悪く上面の円は一つのみだ。髪を掻き回しながら、翔は一マスだけ進んだ。だが、進行方向とは逆にスタート側に矢印があり、『−1』と表記されていた。不運にもほどがある。


「……あぁ?」


翔は口を垂れながらも、おとなしくスタート地点へ戻ってきた。といっても、たったの一マスなのだが。



そして順調に一巡が終わり、トップから順に紫音が6マス目。彩葉が5マス目。3マス目に流星と玲羅。そしてスタートに翔。


二巡目に入り、彩葉の番が回ってきた。


「よし!ここで紫音ちゃんを突き放すぞー!」


そう意気込んで投げたサイコロが示した数字は4だ。


「ま、そこそこいい出目だね!」


そうして進んだマスには、特に何も書かれていなかった。つまりは、何も起こらないノーマルマスだ。



そして次の手番の翔の出目は2。

決していい出目とは言えないが、最悪のスタート地点からは脱出に成功した。


流星は5を出し、彩葉の一つ後ろに足を進めた。そこにも何も書かれておらず、特に追加で進退はなかった。


次いで紫音は3を出し、彩葉と同じマスで足を止めた。


続いて玲羅は1と出目は悪いものの、そのマスには『+3』と表記されており、流星の一つ手前で進行は止まった。



まだ最初とはいえ、かなりの接戦だ。皆団子のように固まり、賽の目次第で優劣はすぐに入れ替わる。まさにデッドヒートだ。


………翔を除けば。









・・・





それから数巡が過ぎ、丁度十巡目が終わったところだ。経過報告として一番が流星で36マス目。二番がトップである流星について離れず紫音で34マス目。


そこからが少し間が生まれ、三番が彩葉で29マス目。そして四番手が玲羅で24マス目。


そしてビリが相変わらず、不運な翔で18マス目だ。


戻るマスを踏み続けるのは未だ翔のみで、その他の部員は皆順調に足を進めていた。



「にしても、リアルで双六って一回やってみたかったのよねー。」



「分かる! 私も何回か夢に見たことあったのよね!」



彩葉や玲羅達がそんな明るい会話に花を咲かせる中、翔だけが苛立ちを頂点にまで上げていた。



「……くそっ! 何故だ!」



ゴールまではぴったり100マス。まだ半分も到達していない。だから逆転のチャンスはある。翔は自分にそう言い聞かせ、自分に順番が回ってくるのをひたすら待った。









・・・





そしてとうとう15巡目。全て6ずつ進んでいればこの時点で90マス目となるのだが、当然そんなわけもなく。


一番手は未だ変わらず流星で52マス目をひた走り、それを追いかけるように二番手、彩葉が49マス目。


追い抜かれた紫音は三番となり、46マス目。

その付近に四番の玲羅、44マス目。


そして毎度お馴染み、最下位独走中は翔。だが順調に追い上げ、今は38マス目だ。


ここに来てようやく『進むマス』の恩恵を得られ、四番との差はたったの6マス。サイコロの最大目を出せば並ぶことができる距離だ。


双六は早くも16巡目に突入し、彩葉はスムーズにサイコロを振った。


ここに来て、サイコロの目は最大値の6だった。


「やった!おっさき〜。」


彩葉は鼻歌交じりのスキップで流星を抜いていくと、54マス目に立った。完全に勝ち誇っていた彩葉だったのだが、遂にここで恐れていたことが起こった。そのマスにあったのは退路に向けられた矢印、そして『−5』と書かれた数字だった。彩葉は瞬きを頻繁に行い、目を擦ってもう一度凝視する。だが、その悪魔の数字は変わることはなかった。トボトボと俯いたまま肩を落として帰っていく彩葉に、流星は優しく肩に手を置いた。


「どんまい。」


悪意が込もっているであろう一言と、悪びれた様子のないその笑みが、無性に彩葉の怒りを増幅させた。畜生、と彩葉は心の中で何度も呟きながら1マス 1マスを踏み締めて歩いて帰っていった。


ここで出番は現在最下位の翔に移り、サイコロを最早流れ作業のように投げる。初回の頃のように思い切り投げ飛ばすなんてことはしない。軽く投げ、出た数字に従って進むだけだ。


この男はここに来て、妙にツイていた。

それは、翔が“良い出目”というものに固執するのをやめたからかも知れない。世の中には“物欲センサー”というものがあるらしく、欲すれば欲するほど目当ての物は手に入らないらしい。だから先程までの翔は高い出目を求め、そして幾度となく空回りした。


翔は考え方を変えたのだ。

もう1マスでも、2マスでも確実に前進できるならばそれで良い、と。


高い出目を出したとしても、後退してしまっては元も子もない。だったら低い目であったとしても、進めるだけマシだと考えた。それから翔の運は、見違えるように変化する。


今回の出目は5とそこそこ高く、翔は玲羅の一つ後ろ、43マス目で足を止めた。


「……何 追いついて来てんのよ。」


「悪りぃな、日頃の行いが良いもんで。」


最下位脱出にもう手が届く距離だ。そんな時、翔の足元にとある文字が浮かび上がって来る。これは今までにない、新たな演出だ。翔は視線を足元にやると、そのマスに出現したのは英文字の『again』という文字だった。つまり、もう一度サイコロを振ることができるのだ。


「はぁ? そんなのズルくない⁉︎」


玲羅は自分を追い抜こうとする翔に文句を言うが、翔は呵々と笑いながら聞き流した。サイコロを放った。幸運の女神は確実に翔の味方をしている。ダイスの神も最下位の翔を哀れんだのか力を貸してくれているようだ。翔はサイコロの上面に記された四つの目に従って、4マス前へ進んだ。その際、46マス目にいた紫音も抜き、立ったのは47マス目。これで翔も三位へと躍り出た。


だが、その後流星、紫音、玲羅と手番が回り、紫音は再び三位へ返り咲き、玲羅も翔と同じマス目に並んだ。最下位競争をする翔と玲羅は、互いに視線で火花を散らしていた。





・・・





この双六も、クライマックスに足を踏み入れた。



27巡目になり、運が良い人だった場合ならば既にゴールしていてもおかしくない。この異世界旅行部 激闘スゴロク大会の現時点トップは流星。彼は何度も抜かれながらも、未だ一位を守りきっている。そして彼はゴールまで残り10マス………つまり、90マス目に立っていた。


そんな流星と接戦を繰り広げているのは彩葉、そして驚くべきことに翔だった。彩葉は安定して進み、現在88マス目。


ほんの数十分前まで最下位の帝王だった翔は驚異の巻き返しを見せ、87マス目に足を留めている。


彼に追い抜かされてしまった紫音は後を追いかけるようにして付かず離れずの距離を保ち続けて84マス目。そして新たに誕生した最下位の女王は、この世界へ行こうと提案した玲羅となってしまった。只今80マス目。トップとの差はぴったり10マスだ。


「後もう少しでゴール……。ここからが本番ね!」


一気に勝負を決める、といった意気込みで彩葉はサッとサイコロを振った。結果はまずまずの4。


彩葉は流星の2マス前へと躍り出ると、マスの変化に目をやった。そこには、『−2』という無慈悲なお告げがあった。折角差を少しだけ生んだというのに、結果的には流星と同じマスに足を止める羽目となった。


今の内だ、と翔は速やかにサイコロを転がした。又もや、翔のサイコロの出目は良い。6という最大目が、この進むか退くかの局面を大きく分かつ。彼が足を止めた93マス目。そのマスには何の変化もなく、セーフティーゾーンである事が見て取れた。この残り10マスの世界。明らかに全てのマスの内容が伏せられ、マイナスマスが多い事が見て取れた。いかに合間を縫って進むか。その運が勝利の軍配を上げる必須条件なのだ。


そして、安定して足を進めている流星の手番となった。サイコロを優しく転がすと、現れた数字は彩葉と同じ 4 だ。こうして流星は94マス目に恐れる事なく凛々しく立った。そこに浮かび上がるのは『+2』というラッキーな数字だった。流星が立つのは96マス目。4以上の数字が出たならば、その時点で彼は一頭でゴールである。それと同時に、次のセーフティーゾーンは96マス目である事がわかった。


今までの流れで行くと、何らかの進退マスで進む、もしくは戻ったマスには何もギミックは用意されていない仕組みとなっている。マイナスもプラスもないノーマルゾーン。マイナスマスで埋め尽くされているであろうこの盤面で、もっとも安全な地帯だ。


そんな悪夢の90マス目以降を目指す紫音は、特に何も起こる事なく3マス移動。87マス目に進んだ紫音も、後少しで地獄に足を踏み入れることになるだろう。


その更に後ろにいる玲羅もまた、一言も話すことなく3マスの移動。中々差を詰める事が出来ないでいた。


だが、まだ何が起こるか分からないのが双六だ。世紀の大逆転劇が巻き起こるかもしれないというのが醍醐味だ。




彩葉はふふんと笑うと、目の前に立つ男子どもを抜き去ってやろうとサイコロを勢いよく振った。


その意気込みもあってか、ここに来てまさかの6という大数字を叩き出した。彼女がいる90マスから6マス進むと、これまた幸運なのかセーフティーゾーンだ。またまた流星とデッドヒートを演じる羽目となった。


次に翔がサイコロを投げると、今までの幸運のツキが回って来たのか、ここに来て2というあまり進む事ができない出目が出てしまった。更にそのマスには『−5』という悪魔の数字が出現した。その1マス前にいた流星と彩葉も、思わず「うわぁ、」「えげつねぇ。」と声を出してしまうほどだ。やっとの思いで進んだ地獄のマスを、また振り出しに戻らなければならなかった。翔は去り際に大きく舌打ちをした。まぁ、彼の仕草は大して普段と変わってはいなかった。


そんな中、ゴール目前の流星は軽快にサイコロを振った。だが、ここに来て全員出目が不調気味だった。流星の投げたサイコロの出目は2。98マス目に立つと、又もや数字が浮かび上がってくる。いや、今回は数字ではなかった。『− again』という英文字だ。頭にマイナスが付いていることから、自分でサイコロを振って、出た数だけ戻れという事だろう。流星は思わず溜息をつくと、嫌々にサイコロを投げた。


するとどういう運命か、又もや2という数字が流星を選んだ。


「……まだ助かった方だね。」


一方でもっと戻ってくれる事を望んでいた彩葉、及び翔は小さく舌打ちをしていた。



そして手番が来るやいなや、すぐにサイコロを振った紫音は、再び3マス前進した。ここに来て、紫音もようやく最低最悪の90マス目に突入し、トップ軍団の仲間入りを果たした。


皆がその地獄に苦しんでいる間に、玲羅も徐々に差を詰めていた。今回の玲羅の出目は5。90マス目まであと2マスまで迫った。玲羅の2マス前には翔と紫音。彼女の最下位伝説は、案外早く幕を閉じそうだ。



だが、そんな暇も与えずにゴールしてやる、と言いたげに彩葉はアグレッシブにサイコロを振った。4以上が出ればゴールだったのだが、惜しくも出目は3。あと1マス、たった1マスが届かなかった。そして、当然のようにマスには文字が浮かび上がる。彩葉はもう既に悟っていた。ゴール一つ手前のマス、といえば大方想像がつく。



『Ireturn to a start』



「スタートへ戻る。」


やっぱりね、と彩葉は意気消沈した表情で重い溜息を吐くと、くるりと振り返ってぎこちなく歩き始めた。その際、部員たちは皆拍手で送り出してくれた。数々の「頑張れ」や「負けるな」などのアイロニーが多分に含まれた温かい言葉を浴び、彩葉は俯いてスタートへ帰っていった。


「やったぜ。」


「これで最下位は無くなったわ‼︎」


中でも大笑いする翔は、未だ苦しそうに腹を抱えて笑いながらサイコロを振った。出目は5だったので、翔はすぐに察して笑うのをやめた。進んでもすぐに進んだぶんだけ戻されるので、翔は大人しく90マス目に留まった。


その間、流星は必死に懇願していた、

一人ぶつぶつと小言を口から漏らしながらサイコロを抱きしめた。


「3だけは出るな、3だけは出るな。」



そうして今までで一番高くサイコロを放り投げ、流星は必死に祈った。


運命の結果は………。



「………5だ! やったぁ‼︎」



恐怖に打ち勝ち、流星はこの100マスの双六をトップで勝ち抜けた。本当に長かった。開始時から1時間ほど経過し、漸く一人ゴールを達成したのだ。


それからは皆、流れるようにゴールへたどり着いた。


一着は流星。

二着はなんと翔だった。最下位からよくこの結果まで上り詰めたものだ。


そして惜しくも三着は紫音。

次いで四着は玲羅。


そして一人、死人のような顔をしてマスもサイコロも無視してゴールへ歩いて来たのが、最下位である彩葉だった。


彩葉は本気で、罰ゲームを断っといてよかったと心の中で感じていた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





その後、チョロQのレースを見学したり、ぬいぐるみと戯れたり……。


有意義な時間を過ごし、彼らは扉のあるカラフルな積み木の塔へ帰って来た。


「いやぁ、遊んだ遊んだ。」


彩葉と玲羅は満足気に伸びをし、この世界を目に焼き付けるようにじっとこの風景を見つめた。楽しかった時間はあっという間に過ぎ去り、気が付けば既に思い出となっていた。


「ほんと、久々にこんなに思い切り遊んだわ。」


「“童心に帰った”ってやつだね。」


紫音と流星も満足したようで、顔にはうっすらと笑顔がまだ残っていた。紫音はスケッチブックを手にし、パラパラとこの時間で描いたスケッチを確認していく。そしてパタンと表紙を閉じると、玲羅に微笑みかけた。


「名残惜しいけど………そろそろ帰らなきゃね。」


そうだね、と流星も少し悲しげに言った。


「この世界にもバイバイだね。」


そんな時、彩葉はふと疑問を口にした。


「そういえば流星くん、一体この世界からは何を持ち帰るの?」


そう聞かれた流星は悪戯な笑みを浮かべて、


「それは、帰ってからの秘密だよ。」


と言った。




「……それじゃ、帰ろっか。」




そうして流星は場違いな程に浮いている木製の扉を開けると、他の四人に扉を潜る事を促す。部員達は一人ずつ、足を止める事なくその世界を後にしていく。


玲羅は最後に、扉を通り抜ける前に振り返った。そこは言葉通り夢のような世界だった。だが、夢からはいつか覚めなければならない。玲羅は小さく微笑を浮かべ、この世界に別れを告げた。




「ーーバイバイ。」




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