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異世界旅行部  作者: ほんわか八咫烏
3/6

活動記録 2頁目『迷路の世界』



ーーまた、教室に一つ物が増えた。


異世界旅行部の部室には、それぞれの世界から持ち帰った物がロッカーの上や窓際などに詰め込まれるように置かれている。それはもう部室というよりかは、持ち帰ったものを納める倉庫に近い存在だった。その物品の大小は様々だ。やけに場所を取る物から、ちょっとしたデコレーションサイズまで。ピンからキリだ。


しかし、今回はいつものように訳の分からない物ではない。馬鹿みたいに大きくもなく、爆発的な存在感を放つようなものでもない。


ちょっとしたお洒落なインテリアのような物だ。


ビンにありったけ詰められた色とりどりで可愛らしい飴玉が、背の低いロッカーの上に映えるように飾られている。部員のように個性が殴り合うガラクタで埋め尽くされた教室の中で、唯一美しいものと言っても過言ではなかった。


ーーそんな空間の中で、新たな世界へと旅立つ計画が発表されようとしていた。





「さて、今回は俺の番だが……。」


今回の案内人プレゼンターである翔は、にやりと何か企む様な笑みを浮かべた。


そんな表情に、彩葉たちは背を指で撫でられるような悪寒を感じた。彼の笑みは悪戯を企む子供のような、無邪気で可愛らしい笑顔では決してない。人間の魂をどうやって奪い取ってやろうかと吟味する、悪魔のような歪んだ微笑みだった。 そのような表情を見せられて、誰が怖がらずにいれるだろうか。いいや、怖がらずにはいられない。現に彩葉たちは、この世の終わりのような絶望しきった表情で彼を見つめていた。そんな大袈裟なリアクションをとる彼女たちを見兼ねて、翔は溜息をついた。


「……大丈夫だ。みんなが楽しめる様になっているさ。」


「それならいいんだけど……」


流星は口元を引きつらせながら、苦笑いを浮かべた。笑顔で取り繕うとはしているものの、やはり不安要素は払拭できないでいた。何せ、発案者があの翔だからだ。どんな恐ろしい案を出しても不思議ではなかった。


「……ほんとうでしょうね?」


彼の言葉は信用できないと言わんばかりに、玲羅は若干涙目になりながら翔に再度確認した。


「ほんとうにほんとう?」


翔は呆れ気味に眼鏡の位置を調整すると、少し髪を搔き撫でて言った。


「俺をなんだと思ってやがんだ。本当だ。少しは俺を信じろ。」



ーーそれでは、発表しようか。


そう言って、翔は再び見た者を震わせるような笑みを浮かべた。絶対に面倒な事をやらかす気だ。少なくとも、全員はそのような気を抱いた筈だ。あの紫音ですら、少し冷や汗を流す程度にはこの教室は恐怖に支配されていた。そんな中、翔は語り出すかのように口を開いた。


「これから行く世界は、小学校の頃によくみんなで作って遊んだものだ。そしてその時、一度は全員必ず思ったことがあるだろう。俺も当然思った。その中に入ってみたいって。俺はその少年時代の夢を今から叶えるーー」


「どーでもいいから、早く言いなさいよ。」


翔は口を閉じて一度その発言主である彩葉を一瞬キッと睨んだ後、仕方なしに語りを中断して行き先を発表することにしたようだ。皆が警戒する中で、翔の口からこれから旅行をする世界の名が告げられた。




「……迷路の世界だ。」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




その翌日、彼らは再び扉の前に集った。


そして例の如く点呼を取ると、今回は翔が世界を繋げる扉のノブを捻った。するといつも通り眩い光に包まれ、世界への移動が始まる。扉の向こうから、乾いた風が吹き荒れた。その風に誘われるがままに、五人は足並みを揃えて扉の枠を潜り抜けた。


すると光は取り払われ、目的の世界が姿を見せた。



まず五人の気を惹いたのは、複雑な迷路だった。思わず彼らは感嘆の声を漏らした。彼らは高台にいるらしく、その迷路へ足を踏み入れるには、目の前に存在する長く広い階段を下る必要がありそうだ。そして次に広い視野で世界を眺めてみれば、その迷路を囲うように立派な宮殿が建っている事が分かった。西洋風で、淡い青を基調としたドームと尖塔が特徴的な構造となっている。


それらを一通り見終えると、彩葉はわくわくする感情を押されきれなかったのか、とある提案をした。


「誰が一番最初にゴールできるか競争しようよ!」


この発言が、部員全員の闘争心を駆り立てる羽目になった。


「いいわね。それじゃあ、最下位には何か罰ゲーム、なんてどうかしら?」


「おぉ、それじゃどうしようかな。こういう事あんまりした事がないからちょっと新鮮!」


何時もは温厚で平和主義な紫音と流星まで、この競争にかなり乗り気となっている。現世という柵から逃れた所為なのか、それとも気持ちが大らかになっているのか。どちらにせよ、この二人が会話の主導権を握るのは珍しい事であった。


「よし、決まったわ。最下位の人は、クラスメイトに“ちょっとカッコつけてスカした事を言う”なんてのはどうかしら?」


「いいかも。金銭的な面でもないし、恥ずかしい事を除けばそんなに厳しい事でもないね!」


流星は目を輝かせて言った。テンションが壊れたように上昇している彼らに比べ、普段はその立場にいる玲羅は不安の色を隠せずにいた。


「ってか、ちゃんとゴールできるんでしょうね?」


そんな玲羅の言葉を鼻で笑い飛ばし、翔は腕を組んで言った。


「大丈夫さ。ゴールのない迷路なんてないと思うよ。」


「“思う”じゃ不安なのよ。」


「ほんとにね。」


玲羅と彩葉は二人で顔を見合わせ、「ねー。」と翔という共通の敵を作り上げた。そんな玲羅達を置き去りにするようにして、流星は既に階段を降りようとしていた。


「それじゃあ、早速スタートしようよ!」


「お先に失礼。」


そう言って流星と紫音は、抜け駆けするように階段を駆け下りていった。


「あっ!ちょっと待ってずるい!」


それに続くようにして、彩葉、玲羅、翔も階段を一段飛ばしで降りていった。



こうして彼らは、一斉に迷路へと足を踏み入れていった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




一番乗り、と意気込んで見切り発車した彩葉だったが、当然の如く迷子になっていた。


一体自分はどの道を通って何処から来たのだろうか。来た道であろう場所を何度通って見ても、まるで同じ場所をぐるぐると回っているかのような錯覚に陥っていた。断言出来るほど、綺麗さっぱり思い出せなかった。


壁には目立った突起はなく、堂々と直立して彩葉の行く道を塞いでいる。押して動くこともなければ、努力しても登れそうにない。行く道行く道行き止まりで、頭がどうにかなりそうだった。もう全てを諦めて早く帰りたい。珍しく、そんなネガティヴな気持ちが彩葉を襲った。


「あぁー! これだから迷路って嫌いなのよ!」


とは言いつつも、彩葉はあまり迷路に挑戦したことはない。あったとしても幼少期に数回程度だろう。その頃から面倒臭いことは避けて通る性格だったらしい。


ともかくそんな事を叫びながら、彩葉は己の直感を信じて只管進んでいった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




流星はどこかの誰かのように焦って迷いたくはないので、面倒だが『左手法』を利用して進むことにしていた。


その『左手法』とは、迷路ならば必ず突破できる無敵の方法と言っても過言ではない。しかも、方法はいたって単純で簡単だ。


壁に左手をついて、ひたすら歩き続ける。


ただ、それだけでゴールにたどり着くことができるのだ。だが、その方法にもそれなりのデメリットは存在する。それは、時間がかかるという点だ。運良くゴールが近ければ良いのだが、運悪く遠かった場合はかなり時間を消費してしまう。しかしその点だけ目を瞑れば、ゴールに必ずたどり着くことの出来る必勝法だ。


どれだけ時間を費やそうとも、絶叫している彩葉よりかは早くゴールできるだろう。


それでも長くなりそうだな、と流星は心の底で硬く覚悟を決めた。



……彩葉のように走り回るのだけは愚策だと分かっているから。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



紫音は、順調にゴールを目指していた。


迷路には、必勝法がある。



紫音はポケットからとある箱を取り出すと、その中から色付きのチョークを取り出した。そのチョークをどう使うかなど、聞かなくとも分かるだろう。自分の進んだ足跡を矢印マークをつけて残していく。ヘンゼルとグレーテルが森で迷わないようにパン屑を落としていたのと同じように、紫音も目印をつけながら行ったことのある道を区別していた。


進んだ方向を矢印で示し、行き止まりだったならばそこにばつ印を書き加える。これで正道も誤道も一目瞭然だ。


ヘンゼルとグレーテルが失敗したのは、それは目印が食べ物だったからだ。目印にしていたパンくずは小鳥に食われてしまい、深い森の中で帰り道を見失ってしまったのだ。それに比べ、チョークで書いた矢印は平面図。動物がいても食べられることはないし、滅多なことでは消えはしない。まさに完璧な手段だ。デメリットは無い。この複雑な迷路を愉しみつつ、確実にゴールに向かって歩みを進める事が出来るのだ。


誰かが馬鹿みたいに走り回って踏み荒さなければ……。


紫音は一瞬彩葉の顔を思い浮かべて、あり得るかもしれないな、と笑みを浮かべた。


彼女は今頃何処を走り回っているのでしょうね。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……くっそ、腹立つわね。」


玲羅は再び、行き止まりにの壁に面していた。そこには又もや苛立たしい石版が設置されていた。何語なのかも分からない文字なので読めはしないが、明らかに煽られているであろう事だけは分かった。何語かも分からないことが無性に腹が立つ。せめて煽るなら分かる言葉にしてくれ、と玲羅はその場で軽く地団駄を踏んだ。


玲羅は軽く舌打ちをすると、ここには来たという印を残してその場を立ち去ろうとした。


すると玲羅の進行方向から、いつも以上にイライラモードを発動させた翔がのし歩くようにこちらに向かって来た。怒気を周囲に放ち、とてもだが近寄ることはできそうになかった。旅行部メンバーの中でもある程度彼との付き合いの長い玲羅は、一瞬で「あぁ、向こうは行き止まりだったんだなぁ。」と察することができた。これ以上彼への被害を増やしたくないので、玲羅は翔の前に立って後ろの道を親指で指差し、腕でペケマークを作って意図を示した。


翔もこの先が通行止であることを察したのか、大人しくコクリと頷くと、親指を立てて来た道を引き返していった。


どうして口を開かないのかは分からなかったが、ジェスチャーで伝わったので「まぁいっか」と玲羅は腕を組んで頷いた。


……彼をこれ以上怒らせると何が起こるか分かったものではない。玲羅は地球を救ったような清々しい気持ちで、迷路攻略に再び励むことにした。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


翔は、かなり苛立っていた。


何故かはもう、皆分かっている事だろう。


この迷路には行き止まりが多いのだ。

何処もかしこも馬鹿みたいに壁が行く手を阻んでくる。最早何かの嫌がらせだと疑っても良いくらいだ。いや、迷路なのだから仕方がない事なのだが。そうだとしてももう少し順調に進めてもいいと翔は思っていた。そして行き止まりには必ず石板が設置されている。何と書かれているのかは分からないが、絶対に馬鹿にされている事は理解できた。その石板を見るたびに、翔の怒りもどんどんと蓄積されていった。遂には、何とかして引き剥がしたくらいだ。


今はその戦利品とも言える石板を引きずりながら、この迷路を当てもなく徘徊している途中だった。


自分がこの世界に来たいと言い出した手前、最下位だけは避けたいところだ。それに、“スカした事を言う”という罰ゲームは年頃の高校生にとってはかなり恥ずかしい事だ。この先、一生そのネタでいじられる事になるのかも知れない。何としてでも罰ゲームだけは回避したい。その一心で、翔は何処にあるかも分からないゴールを目指して歩くのをやめなかった。


……一人のどうしようもない馬鹿が迷路のドツボにはまっている事を期待しながら、翔は先へ先へと進んでいった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




それから何十分ーーーいや、何時間か経過し、漸く全員が迷路を抜け出すことに成功した。


「さて、全員揃ったか?」


どういう訳か、1番最初にゴールを果たした翔は部員全員がいることを確認した。


「……何とかね。」


玲羅は壁に凭れかかりながら溜息をついた。玲羅は最後から2番目に生還を果たした攻略者だ。彼女自身でさえ一体この迷路に何時間かかったのかは分からないが、とにかくとても時間が過ぎたのは理解していた。


「紫音ちゃんの残したあの矢印がなかったら私はゴールできなかったよ……」


彩葉は憔悴しきったような表情で言った。当然、彩葉の順位は最下位だ。それも、最終的には大声で助けを喚き求め、皆んなから有難いヒントを授かってやっと迷路から抜け出す事ができた。その様はいつも以上にトラブルメーカーだった。


「これ絶対明日筋肉痛だわ。」


玲羅は愚痴を漏らすように呟いた。


「まぁ、ゴールできてよかったね。」


そんな負のオーラに包まれた彼女たちを慰めるように、流星は屈託のない笑顔を浮かべた。そんな流星も結果は3位だ。運が悪かったのか、ゴールまでかなり歩く羽目になってしまった。もし左手を右手に変えていたならば、もう少し早くゴールにたどり着く事が出来たのかもしれない。が、終わってしまったことを落ち込むことはしなかった。


「結局、一位が翔。二位が紫音ちゃんで、三位が流星くん。四位が玲羅ちゃんで、最下位が私って事でいいのかな?」


「その通りよ。」


「最下位の罰ゲームのこと、わすれてないよね?」


「…………。」


その話題が登場した瞬間、彩葉は固まったように動きを止めた。


「スカした格好いい台詞。クラスメイトの誰にでもいいから。」


「ちゃんと録音しておいてよね? 後でちゃんと聞いて確認するから。」


地獄で罪人を嘲笑う鬼のような発言に、彩葉は完全に体が固まっていた。帰ると社会的に殺される。でも早く帰りたい。そんな葛藤が彩葉の中で展開されているとも知らず、流星はとても愉しげに喜んだ。


「それじゃあ、全員無事にゴールできたことを祝して、バンザイ‼︎」


「バンザーイ‼︎」


この空間に、彼女達の手を鳴らす音がこだました。それはまさに、祝福の音だった。全員で合奏する、歓喜の音色だった。


ただ一人、現実を知る彼を除いて……。




「……喜んでるとこ悪いけど、まだゴールじゃないぞ。」


翔の発した絶望的な言葉が、彩葉と玲羅に鋭く突き刺さった。


「……今……なんて?」


翔は簡潔に告げたつもりなのに、理解できない馬鹿が二人もいたことに驚き呆れつつ溜息をついた。


「だから、まだ迷路は続いている。と言ってるんだ馬鹿共。」


翔が親指で指した方を見ると、建物の中へと続く扉があった。重厚な鉄製の扉だ。恐らくここが、その宮殿の正面玄関なのだろう。彩葉と玲羅は何かを察したようにお互いの顔を見つめると、恐る恐るその扉を開けた。


すると扉の隙間から光が差し込み、暗闇の世界が露わとなり始める。

同時に、中から特有のひんやりとした空気が漂ってきた。


中は燭台に立っている蝋燭と、所々に開けられた窓から飛び込む光だけで頼りなく照らされていた。ただ、恐れるのは暗い宮中だけではない。夥しい量の階段や廊下、そして扉が五人の前に立ちはだかっている。その様はまるで立体迷宮だった。


「……これ、どうするの?」


「心配しないで。」


紫音は膝から無残にも崩れ落ちた彩葉を慰めるようにして言った。


「あなた達も見ていたでしょ? 最初に私達が飛び込んだ迷路は、扉のあった場所から階段で降りた場所。そして、この宮殿はその最初の迷路を取り囲むような構造だった。」


だったらどういう事よ? と言いたげな眼差しを玲羅は紫音に浴びせた。


「つまり最初の迷路はただの迷宮の庭。そしてこの迷宮のゴールは恐らく二階にある。」


「なるほどぉ‼︎」


希望の光が一筋見えた、と言わんばかりに彩葉と玲羅は抱き合って喜んだ。


まぁ、ゴールの場所は分かっていても、どう通ればたどり着くのかは一切知らないのだが。


紫音はそう小さく呟き、それに吊られるようにして翔も意地の悪い笑みを浮かべた。


「…相変わらず、人をやる気にさせるのが上手いんだね。」


流星は相変わらず無垢な笑顔で、その様子を見守っていた。そして、各々の感情がひと段落ついたところで、紫音は彼女達にとってとても有り難い提案をした。


「……さすがにここからは全員で進みましょ?」


彩葉もそれには同意せざるを得なかった、


「……次逸れたら二度と出会えない気がするよ。」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「もうやだー、帰りたい。」


迷宮探索を開始して僅か十分。ゴールへ辿り着くのに階層を行ったり来たりしなければならない事に気付いたメンバーは、面倒だといった表情を顕著に表していた。その中でも、精神年齢の低い彩葉は駄々をこねるようにして休息を強請った。


「ちょっと休もうよー。」


「そんな事言ってる暇があったらさっさと歩け。」


そんな彩葉を、翔は厳しく叱責した。

翔の声音には、生きて帰りたくば足を止めるな、と言った強い意味が込められているように感じた。そう感じただけで、実際はきっとただ怒っただけなのだろうが。だが、如実死ぬ気で歩かなければゴールにたどり着くなど夢のまた夢だ。この立体迷路には左手方は通用しない。唯一役に立っているのは、紫音の所持している色付きチョークのみだった。


このまま地道に進むのは、カタツムリが地球を一周するくらいの時間を費やしそうでならない。しかし、焦らずにのろりそろりとゴールを目指す以外、最短方法は存在しないのだ。それが分かっているからこそ、彩葉は途轍もない疲労感に襲われているのだ。後どのくらい時間がかかるのだろうか。それを考えるだけで頭が痛くなるのだ。


「また階段だよー。」


疲れ果てる彩葉を気遣うどころか、流星は部員全員を苦の境地へと追い詰める発言をした。


「えー? さっき登ったばっかりじゃん!」


「知るか、さっき登った場所からここまでは一本道だ。曲がる場所もねぇし、このまま進んで見るしかねぇよ。」


翔は既にボサボサになった髪をさらに掻き回し、止まらぬ勢いで舌打ちを繰り返した。


「あ、ここに印つけるの忘れないでね?」


「ええ。分かっているわ。」


翔の苛立ちメーターと彩葉と玲羅のお疲れメーターの数値が着実にと上がって行くなか、流星と紫音だけは呑気にこの迷宮攻略を楽しんでいた。


「さ、どんどん行こ?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ーーこの壁画面白いね。」


あれから更に数十分。ひたすら歩き続けた彼らは今、この迷宮の恐らく最深部……だと思いたい地下の階層を進んでいた。そんな薄暗い通路にて彩葉が見つけたのは、石造りの壁に描かれた奇妙な壁画だった。無彩色で、黒と白だけで描かれたシンプルな壁画だった。その絵画の内容は、こんな物だった。




ーー五人の原住民らしき人々が、其処には立っていた。なんとも平面的で、教科書で見たことがあるような“洞窟の壁画”といったような描き方だった。その五人はそれぞれ何かを手に持っており、祭壇らしきところにそれらを並べている。それは恐らく、神に捧げるような宝具のような物だろう。次に続く壁画には、それらの五つの宝を卓上に並べ、儀式をしている様子が抽象的に描かれている。そして最後の壁画には、その祭壇らしき場所から、虹の柱が上空へと立ち昇っているのが描かれていた。何かの暗示だろうか。それとも、実際にこのような出来事が起こるのだろうか。この世界では何が起きても不思議だとは思わない。だがそれよりも、何かの神話的な壁画の類なのではないか、と感じてしまう程、何やら神秘的な印象を其処から受けた。



「こういうのエジプトで見たことあるよ。」


「確かあんたエジプト行ったことないでしょ?」


「あれ? 教科書にはエジプトって書いてあったよ?」


「あ、そうなの? それなら仕方ないね。」


「あ、ごめん違うわ。見たのピラミッドだった。」


「……それだ!」


疲れのせいか、彩葉と玲羅は支離滅裂な会話を只管続けていた。あまりにも会話のキャッチボールが出来ていない彼女達を見て、紫音と流星は笑いを堪えるのに必死だった。最早彼女達の会話はドッヂボールと化していた。受け取らせる気はなく、完全に本気で当てにいっている。その不可思議な会話はまだ終わりを見せなかった。


「また階段だー。」


「あぁー、階段で思い出したんだけど……。階段って世界で上りの方が数が多いらしいねー。」


「えぇー、うっそだー。」


「本当だってー。今度数えてみなよー。」


「うーん、信じる。」



上り坂、下り坂の法則と同じように「どっちも同じ数だ。」と突っ込んだら負けな気がした翔は、二人の会話の行く末に本日何十回目かの溜息をついた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あれ? ここさっきも通らなかった?」


ひたすら印をつけながら行ったり来たりする彼らは、再び大きな吹き抜けへと足を踏み入れた。ここは下から上まで全ての階層を貫き、唯一自身の居場所を確認できる場所だ。


それと同時に、同じような景色に翻弄される場所でもある。玲羅はふと、そのような疑問を口にした。


「いや、それは一階下の部分だ。よく見てみろ、この廊下には印はない。」


「……本当だ。」


玲羅は指で壁をなぞりながら、目印を探したが見当たらなかった。決して消えたわけではない。まだこの道を通っていないという証拠だ。


「だが、ここはどうやら最上階のようだ。道は下りしかない。」


翔は下を見下ろしながら、そう告げた。


「きっともう少しでゴールな気がするよ!」


流星は何の根拠もない自信を持って言い切った。それに答えるように、紫音も「そうね。」と言った。


そんな彼と彼女とは裏腹に、そんな甘い言葉に騙されるもんか、と彩葉と玲羅は更に気合いを入れ直した。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



しかし最後というものは呆気のないもので、この後何度か階段を上り下りしていると、眩い光が差し込む開いた扉を彼らは見つけた。

まず最初に駆け出したのは彩葉だった。


彼女がその光を潜り抜けると、ついに宮殿の外へと飛び出すことに成功した。


久しぶりに見た天道様の光は、彩葉の目を焼き付けた。彩葉は手で影を作り、周りの世界を見渡した。そして、喜びが心の奥底から込み上げて溢れ出す。



「やっとゴールできたーーー!」


「やったあああああ!」


長かった旅路を終えたような達成感を、彩葉は叫び声にして体の底から吐き出した。その喜びを皆噛み締め、各々歓喜の声をあげた。


しかし、一通り喜び終えると次に襲いかかるのは筆舌に尽くしがたいほどの疲労感だった。単純な運動後の疲労も、長い地獄を歩み続けた精神的な苦痛も、通過した道を暗記する頭を使用した疲れも全て一気に体を蝕んだ。


壁を背にして座り込んだ彼らは、ようやく元の世界に帰れる喜びを噛み締めた。もう二度と来たくねぇ。それがきっと、一部を除いた人々の脳裏に浮かんだ感想と共に歪まぬ意志となった。その中でも最もその念を抱いたのは翔だったに違いない。



「……持って帰るものは、既に俺が剥ぎ取ってきた。」


「あぁ、さっきからずっとその手に苛だたしげに持ってるそれね。」


翔が部員たちの目の前に掲げたのは、行き止まりにあった鬱陶しい煽り文の彫られているであろう石版だった。そこにはこの世界の言葉なのか、よく分からない紋様が刻まれていたら。


その石板から目線を写すようにふと翔の顔を見ると、その表情は未だに根に持ったように怒りに満ち満ちていた。





「いやぁ、それにしてもこの世界には謎が多いねぇ。」


「謎って?」


彩葉の発言に、玲羅は首を傾げて聞き返した。


「いやぁ、色々あるじゃない? あの壁画の謎もそうだし、元いた世界に帰ると入った時と同じ時間だったりとか。」


得意げにペラペラと話す彩葉に、翔は

「別に、別次元の世界だから時間の流れが違う、とかよく有りがちな設定じゃねぇの?」と冷たく返した。それに対して彩葉は、


「もぉー、夢がないなあ。」


と頬を膨らませて言い返した。

そして、謎テンションに陥っている彩葉は、更に感情を昂ぶらせて立ち上がった。


「よし、私達で解き明かしちゃおうよ! この世界の謎!」


その発言には、玲羅や翔はおろか、流石の紫音や流星でも口を間抜けに開いてしまっていた。まるでスケールの違いという物を彼女は分かっていない。この世界は人智を超えた別次元の世界だ。その謎をただの女子高生が追っても到底理解できる代物ではないだろう。


「いや、そもそも謎っていうか……。それがこの世界では当たり前なのかもしれないし……。」


謎なんていう謎は無いんじゃないか、と流星はテンションが上がりきった彩葉を宥める。それでも彩葉は燃え上がっていた。こうなってしまってはもう鎮静の仕様がない。翔は仕方なく、頭を抱えながら面倒そうに吐き捨てた。


「まぁ……その話はまた後でいい。取り敢えず今日はさっさと帰るぞ。もう疲れた。」


そう言うと翔は疲労の溜まった足を動かし、そそくさと扉のドアノブを捻ろうとした。その様子を見て、玲羅は思わず苦笑いを浮かべた。


「……自分でこの世界を提案しといて、一番イラついてたもんねー。夢だとかなんだとか言ってた割には。」


「………。」


玲羅の鋭い言葉に、翔は言い返す事も出来ずに扉を開けた。すると、再び世界は白色の光に包まれた。まだ休息を取るように座り込んでいた残りの部員達も、急いで立ち上がった。


「あ、ちょっと待ってよ!」


「翔‼︎」


一人で扉を閉じようとした彼を追いかけるようにして、彩葉達は元の世界へと帰還を果たした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



………その数日後。


五人の部員達は紫音の一声によって部室に召集させられた。


理由は、罰ゲームの執行が完了されたという事だ。既にその存在を皆忘れているかのように思ったが、紫音はしっかりとそのことを覚えていた。それが逆に彩葉を苦しめることになった。


全員が集まった部室の中では、彩葉が腕枕に顔を埋めながら、ひどく落ち込んだ様子を見せていた。いや、どちらかと言うと恥ずかしさから顔を上げられない方が強かったのかも知れない。


「それじゃ、公開処刑を始めます。」


そう玲羅が宣言すると、流星はどこからか洒落たノートパソコンを取り出した。どうやら録音された音声データは、流星の持ってきたノートパソコンに移されているようだ。


そして、流星は器用にファイルを開けていくと、一つの音声データに辿り着いた。そして流星は、無慈悲にもその再生ボタンをクリックした。



『……守ってあげなよ。彼を。』



その部室内に、彩葉のスカしたセリフが痛々しい程に響いた。彩葉は思わず耳を塞ぎ、先ほど以上に顔を隠した。


これは、彩葉の友人の女子生徒との会話の一部である。彼女と普段仲良くしている男子生徒が不運なことに交通事故に遭ったらしく、全身に包帯を巻いているような状態になっていた。その時に、彩葉が彼女に向けて発した言葉だった。


しかもその後に笑うでもなく、彼女が普通に言葉を返したことがさらに彩葉の羞恥心を倍増させていた。一層の事「何いってんの?」みたいな反応があった方がまだマシだった。


「いやぁ、かっこいいね。まるでドラマの台詞のようだね!」


更に、流星のこのわざとなのか、わざとじゃないのか分からないような反応が更に彩葉の心を抉った。


翔は珍しく人が変わった様にゲラゲラと笑い、玲羅と紫音も笑ってはいけないと口を押さえているものの、肩を震わせて失笑していた。


「もう勘弁してよっ!」


彩葉は顔を伏せながら、彼らに必死に懇願した。その意図を察したのか、流星はノートパソコンを閉じ、紫音は頑張って笑いを沈めて宣言した。





「……これにて、公開処刑を終了します。解散。」




一人、耳まで真っ赤に染まった彩葉を置いて、メンバーは散り散りに教室から去っていった。


「競争しよう!」なんて言い出すもんじゃなかったな。とこれまた珍しく、彩葉は自身の軽はずみな発言に対して深く後悔をしていた。口は災いの元、と昔の人はよく言ったものだ。


次からはこういった発言に気を付けよう。

彩葉は、心にそう固く誓ったのであった。


彩葉の罰ゲーム会話については、同時進行で投稿している『12個の宝石』の36話をご参照下さい^_^

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