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ワインの涙  ~他愛も無い日々~  作者: 麻生あきら


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6/7

陶器の微笑み

 そのかすかな音は、私という存在をそこへ向かわせるのに充分なものでした。

 硬質なようで、もしくは羽根の如き軽やかさで、私の肌を撫でたのです。

 こちらからは容易に触れる事も出来ず、ただその滑らかな曲線を目に焼き付けるばかりでした。



 ◆◇◆



「そういやこの前、出るで有名なスタジオで録音したんだけど……」

 意味ありげに黒く長い前髪で顔を隠し、男は振り返る。


「……出る、とは?」

 ゴクリ。と息を呑み、相対する男が金の髪の奥から鋭い視線を返す。


 黒髪の男は一拍置き、確信を持って口にする。

「ゆ……」

「やめろ」

 金の髪の男が言葉を遮る。




「秀之、嫌いじゃないよね? その手の話」

 黒髪の男が首を傾げる。片目だけが髪の間から覗いた。


「自分に被害がない限りは。……鬱陶しいぞ、淳」

 能代秀之は嫌そうに顔を背けた。


 挿絵(By みてみん)


「酷いと思いません? 晴臣ぃ」

 斉川 淳は、それまで部屋の奥のカウンターで作業をしていたもう一人に声をかけた。


 西日すら届かない路地沿いにある小さなショップ。

 壁一面に隙間なく貼られたポスター。

 雑然としつつも、きちんとカテゴリ分けされた雑貨類。

 気づくと何故か集合している三人。


「……で? どうだった?」

 カウンター越しに秀之と淳に視線を送り、橘 晴臣は作業の手を止めた。


「ああ、別に何も。変な音も入らなかったし」

「よし」

 秀之は頷きながら薄い唇を満足気につり上げた。




 カタン。

 店の奥、続きの部屋から音がした。


「何? 今の」

 こわごわと顔を向ける淳。


「……あそこじゃね? 変な祭壇」

 くい、と顎で部屋の隅にある謎の祭壇を示す秀之。


「あー。少し前からねえ……」

 埃よけに装着した手袋を外しながら、晴臣は顔をしかめた。


「え、何? なんか増えたの?」

「買い付けついでに見つけたやつがねえ」

「どれ?」

 晴臣を先頭に、三人はぞろぞろと部屋を移動した。




 血塗られた様な色のカーテン、エリザベス様式のテーブルセット。

 黒い羽だらけの服を着たマネキン。

 最奥には何が祀られているのかわからない祭壇。


 祭壇前で晴臣は両手でそっと包み込むように、それを指し示した。

 ハニーブロンドのビスクドール。

 滑らかな陶器の肌が愛らしさをより一層引き立てている。


 挿絵(By みてみん)


「これ、たまに動くんだよね」


「……いやいやいや、それってどうよ?」

「お祓いする?」

 心情的に否定したい秀之と、ある意味現実的な淳。


「そうだねえ。現地にお戻りいただいた方がいいかな? 不気味可愛いなあと思ったんだけど」

 少し名残惜しそうに晴臣は言う。

  

「あ、丁度いい。旅行だ。遊びに行こう」

「いいねえ」

 淳の唐突な提案に晴臣は乗った。


「待て、ロンドンだろ?」

「予約しようか」

「サクッと」

 秀之が止めにかかるも、二人はウキウキな様子でまるで聞いていない。




「あ、ちょっと待って。もう大丈夫な時間だよな? 朝九時くらいかな」

 ショップのカウンターに晴臣は足を運び、受話器を取った。


「Would it be alright if I dropped by sometime soon?(近いうちに、ちょっと立ち寄ってもよろしいでしょうか?)」

 何やら英語で話し始める。

 営業スマイル全開でお辞儀しそうな勢いだ。

 一通り済んだところで受話器を置き、再度耳に当てる。


「ロンドン、一緒に行かない?」

 今度は日本語だ。

 にっこり笑顔で受話器を置く晴臣。

 足早に淳と秀之のもとに戻った。


「アキのお父様に相談したら、快諾してくれたよ」

「は?」

「お、良かったねえ」


 以前の買い付けで知り合った、雑貨店を経営する清水暁人(アキ)の父。

 快く引き取ってくれると確約を得た。


「で、アキも誘った。丁度あちらで知り合った友人に、久しぶりに会いに行こうと思ってたそうだよ」

「は?」

「いいねえ。ジーンとかって人でしょ? 秀之、会ってみたいって言ってたじゃん」




 それから数日、サクサク進むロンドン行きの話。

 再びショップに集合し、慣れた晴臣が色々手解き。


「では、当日はアキと成田で集合。連絡は順次。パスポート等、忘れ物がないよう確認すること」

「オッケー。駐車場の予約取ったから、秀之、車出してね」

「……はぁ?」


 若干一名を除き、ワクワクでフットワークが軽い男たち。

 安心したように、コトリ。と動くビスクドール。

 気づいた秀之が頬を引きつらせた。




 ヒースロー空港でアキとジーンは再会。

 カオスと化したジーンのフラットにアキが招き入れられる事になるのは、また別の話。

『死の接吻』So What? に続きます。

ご一読いただけると幸いです。

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