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ワインの涙  ~他愛も無い日々~  作者: 麻生あきら


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4/5

Olive

「俺はお前のような女と結婚するつもりはない!」

 金髪を揺らし男が叫ぶ。

 

「私の方こそあんたみたいな男と結婚するなんてありえないわ!」

 受ける側の女も顔を上げ、堂々と叫ぶ。

 

 睨み合う男女。

 間に立つ白髪交じりの男は二人を交互に見る。

 

「父も母も、そちらのご両親も、ずっと楽しみにしてたのに。いったい何がそんなに嫌なんだい?」

 

「こんな馬鹿な奴と結婚出来るか!」

「こんな馬鹿な奴と結婚出来ないわ!」

 

 同時に叫ぶ。

 

「息ぴったりじゃないか。お似合いだよ?」

 

 

 

「早く開けろ!」

 絶え間なく押されるインターホン。

 

「何で来るたび連打すんだよ!」

 ドカリと音を立てんばかりに開かれる玄関ドア。

 

 毎度おなじみ能代秀之のインターホン連打。

 斉川 淳はドアを開けるなり秀之の手を叩いた。

 

「⋯⋯また今日はずいぶん機嫌が悪そうだねえ?」

 仏頂面の秀之に呆れる淳。

 

「うるせえ」

 グイグイと淳を押しのけ中に入る。

 

 

 

「そんで、今日は何をそんなにお怒りなのかな?」

 

 勝手知ったる淳の家。

 秀之は乱暴にソファベッドを引っ張り出した。

 淳は缶ビールを秀之に差し出す。

  

「親が結婚しろって五月蠅い」

 

「⋯⋯はあ、結婚? お前が?」

 橘 晴臣がテーブルに肘を付きながら秀之を見やる。

 いささか口の端が笑いを堪えた様子だ。

 

「うえっ。なんで、晴臣がいる?」

 今気づいたといった感じで、声がした方に目を向ける。

 

「いいじゃん。一緒に呑んでそのままうちに来た。で、結婚すんの?」

 ニヤニヤが止まらない淳。

 

「しねえよ。誰があんなのとすんだよ!」

 ぐい、とビールを煽る。

 

「話が見えないんだが、誰と?」

 

「晴臣は知らないか。こいつねえ、婚約者いるの。ブフッ」

 堪え切れずに淳が噴き出す。

 

「はあ? マジで? いいとこ育ちは違うねえ。ククククク」

 身を捩りながら笑う晴臣。

  

「しねえぞ。親が勝手に決めてんだよ」

 

 お相手はピアニストの紗綾。

 近頃バラエティーなどのテレビ番組で人気が出だした女性だ。

 ルアードの楽曲に参加した事もある。クレジットにも記載されている。

 

「淳は会った事あるの?」

「俺はほら、こいつんちのピアノ教室行ってたから。な、秀之」


 紗綾もピアノを秀之の母に師事した後、ドイツへ留学した。 


「⋯⋯」

 淳が話を振るも、むっつりと黙ったままの秀之。

 

「ああ、そうなんだ。彼女、美人だよねえ。⋯⋯ちょっと気が強そうかな?」

 テレビで観た感想をそのまま口にする晴臣。

 かなりストレートな物言いを披露する女性で有名になりつつある。

  

「気が強いどころじゃねえ! あれはうるさいし、乱暴だし、馬鹿だ!」

 

「⋯⋯お似合いじゃん? そっくりだろ」

「俺もそう思うなあ」

 頷きあう晴臣と淳。

 

 

 

「ふっ、ふざけんな」

 

 慎ましやかな女性が好きだ。などと大声で秀之が否定するも、

 身の程知らずだ。

 合う訳ないだろ。

 そんな声が淳と晴臣から上がる。

 

「あれ? ⋯⋯ファンの子に手を出さなかったのって、そういう事?」

 ふと、晴臣が気付く。

 

「そうだよねえ? いつも紗綾さん、関係者席に来てたよねえ」

「なっ。何探してんだよ。⋯⋯くそう、おまえが女だったら、適当に入籍してほっとくのに」

「なにそれ、気持ちわりい。って、扱い酷いな!?」

 

「淳、今こいつに何言っても無駄だよ。何言ってるかもわかってないぞ、きっと」

 まあまあ、と淳の肩に手を置く。

 

「がああ、うるせえ。⋯⋯寝る」

 ソファベッドに勢いよく寝転がり、二人から背を向けた。

  

「はあああ? 自分ち帰れよ」

 ビシリと秀之の頭を叩く淳だが、秀之は無反応のままだ。

 

 そっと晴臣が淳の服を引っ張り小声で訊いた。 

「で、紗彩さんて、どんな感じなの?」

 

 ニヤニヤが再び淳の顔に浮かび、晴臣に顔を寄せて囁く。

「えーと、ねえ。溌剌としてて、俺には優しい⋯⋯」

 

「うるせえ! 黙れ!」

 

「⋯⋯グフッ」

 

「いやあ、酒が美味いなあ」

 

挿絵(By みてみん)


 

 

「あら、一晩どこ行ってたの? 秀之。紗綾ちゃん帰っちゃったわよ」

 秀之は一晩無理やり淳の家で過ごし、しぶしぶ実家へ足を運んだ。

 黒髪を緩く結い上げた切れ長の瞳の女性がリビングで出迎えた。

 マダム、という表現が最適。

 

「⋯⋯結婚なんてしねえぞ」

 開口一番がそれ。

 

「もう、やあねえ。それ、わざわざ言いに来たの? 電話で良くない?

 仲良しなのに。お父さんもお母さんも楽しみにしてるのにぃ」

 

 残念だわあ。

 そういって頬に手を添え、首を傾げる。

 

 秀之が紗綾も嫌がってると、まくし立てる。

 

「そうかしら? だってチケット渡すとちゃんと来てくれるじゃない」

 首を傾げつつ、上目使いで秀之を覗き込む母。

 

「なんで渡してんだよ」

「あなたが3枚寄越すんだもの、紗綾ちゃんの分だと思うじゃない」

 

 メジャーデビュー公演に3枚欲しいと言われた秀之。

 それ以来、何も聞かず律儀に3枚渡し続けていた。

 

「あああ。もういい。用がないなら帰る」

「たまには泊っていきなさいよ」

「うっさい。帰る」

 

 

 

「あっ! やっと来た! 遅い!」

 

 ぐったりと自宅マンションに着いた途端、ドア前の人影から怒声を浴びた。

 秀之の母から連絡が来た紗綾が待ち構えていたのだ。

  

「何だよ。誰かに見られたらどうすんだよ。困るのお前だろ」

「ここをどこだと思ってんのよ。マンションのオーナーはうちよ。セキュリティしっかりしてるに決まってるでしょ」

 

 小ぶりなマンション。それ自体、紗綾の親がオーナーだ。

 ごく少数の厳選された者たちしか入居出来ない事になっている。

 秀之の上階、最上階に紗綾の部屋はある。

  

「はいはい」

「ほら、鍵開けて」

「お前、男の家に気軽に入るなよ」

 

 眉間にしわを寄せる秀之に、

「はあ? 今更?」

 と片眉を上げる紗綾。

 

 お構いなしにズカズカと入り込み、「片付いてるわねえ」と部屋をぐるりと見回す。

 自力での掃除はあまり得意でない秀之は、時々清掃業者を入れている。

 淳と晴臣が来た時は、二人がさり気なく片付けていったりもする。

 

 

「あの話なんだけど!」

 勢いよく振り返る紗綾の髪が秀之の胸元で風を切る。

 秀之は慌てて立ち止まり、前髪をかき上げる。

 

「私はまだ結婚なんて考えられないわ。相手があんただからとかそんなんじゃなくて」

 

「ああ、俺だってそうだよ」

 それどころではない。

 ヴォーカルの京也がルアードから抜けてソロになる、という話が上がっている。

 結婚がどうとか言っている場合じゃない。

 

 そう告げると、ルアードは勿論、京也も知っている紗綾は残念がった。 

「なら、あの話はなしね」

 

「当然だ。それどころじゃないし、俺は! 慎ましやかな女性が好みなんだ!」

 再び力説する秀之。

  

「⋯⋯無茶言うわね」

 脱力気味に額に手をやる紗綾。

 

「くそう、おまえもか」

 

 

 

「とにかくね、私はまだ海外でやりたいの。こっちに落ち着きたくないわ。⋯⋯あんたと結婚するしない別で」

 

「ああ。いいんじゃね? おまえにはその実力があるんだから、やればいい。やってこい。自分で満足するまでやればいいよ。応援するし」

 

 正面から真顔で返答する秀之に呆気にとられる。

 

「⋯⋯。あ、ありがとう」

 ──そういえば、こいつはこういう男だったな。

  

「ん、じゃあ、もう帰れ。上の階に」

 

 手で軽く追い返す秀之にちょっとムカつきながらも、悪い気はしない紗綾。

「はいはい。じゃあね。秀之。またね」

 

「ああ、またな」

 小さく手を振り、秀之は玄関ドアを閉めた。

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