Olive
「俺はお前のような女と結婚するつもりはない!」
金髪を揺らし男が叫ぶ。
「私の方こそあんたみたいな男と結婚するなんてありえないわ!」
受ける側の女も顔を上げ、堂々と叫ぶ。
睨み合う男女。
間に立つ白髪交じりの男は二人を交互に見る。
「父も母も、そちらのご両親も、ずっと楽しみにしてたのに。いったい何がそんなに嫌なんだい?」
「こんな馬鹿な奴と結婚出来るか!」
「こんな馬鹿な奴と結婚出来ないわ!」
同時に叫ぶ。
「息ぴったりじゃないか。お似合いだよ?」
「早く開けろ!」
絶え間なく押されるインターホン。
「何で来るたび連打すんだよ!」
ドカリと音を立てんばかりに開かれる玄関ドア。
毎度おなじみ能代秀之のインターホン連打。
斉川 淳はドアを開けるなり秀之の手を叩いた。
「⋯⋯また今日はずいぶん機嫌が悪そうだねえ?」
仏頂面の秀之に呆れる淳。
「うるせえ」
グイグイと淳を押しのけ中に入る。
「そんで、今日は何をそんなにお怒りなのかな?」
勝手知ったる淳の家。
秀之は乱暴にソファベッドを引っ張り出した。
淳は缶ビールを秀之に差し出す。
「親が結婚しろって五月蠅い」
「⋯⋯はあ、結婚? お前が?」
橘 晴臣がテーブルに肘を付きながら秀之を見やる。
いささか口の端が笑いを堪えた様子だ。
「うえっ。なんで、晴臣がいる?」
今気づいたといった感じで、声がした方に目を向ける。
「いいじゃん。一緒に呑んでそのままうちに来た。で、結婚すんの?」
ニヤニヤが止まらない淳。
「しねえよ。誰があんなのとすんだよ!」
ぐい、とビールを煽る。
「話が見えないんだが、誰と?」
「晴臣は知らないか。こいつねえ、婚約者いるの。ブフッ」
堪え切れずに淳が噴き出す。
「はあ? マジで? いいとこ育ちは違うねえ。ククククク」
身を捩りながら笑う晴臣。
「しねえぞ。親が勝手に決めてんだよ」
お相手はピアニストの紗綾。
近頃バラエティーなどのテレビ番組で人気が出だした女性だ。
ルアードの楽曲に参加した事もある。クレジットにも記載されている。
「淳は会った事あるの?」
「俺はほら、こいつんちのピアノ教室行ってたから。な、秀之」
紗綾もピアノを秀之の母に師事した後、ドイツへ留学した。
「⋯⋯」
淳が話を振るも、むっつりと黙ったままの秀之。
「ああ、そうなんだ。彼女、美人だよねえ。⋯⋯ちょっと気が強そうかな?」
テレビで観た感想をそのまま口にする晴臣。
かなりストレートな物言いを披露する女性で有名になりつつある。
「気が強いどころじゃねえ! あれはうるさいし、乱暴だし、馬鹿だ!」
「⋯⋯お似合いじゃん? そっくりだろ」
「俺もそう思うなあ」
頷きあう晴臣と淳。
「ふっ、ふざけんな」
慎ましやかな女性が好きだ。などと大声で秀之が否定するも、
身の程知らずだ。
合う訳ないだろ。
そんな声が淳と晴臣から上がる。
「あれ? ⋯⋯ファンの子に手を出さなかったのって、そういう事?」
ふと、晴臣が気付く。
「そうだよねえ? いつも紗綾さん、関係者席に来てたよねえ」
「なっ。何探してんだよ。⋯⋯くそう、おまえが女だったら、適当に入籍してほっとくのに」
「なにそれ、気持ちわりい。って、扱い酷いな!?」
「淳、今こいつに何言っても無駄だよ。何言ってるかもわかってないぞ、きっと」
まあまあ、と淳の肩に手を置く。
「がああ、うるせえ。⋯⋯寝る」
ソファベッドに勢いよく寝転がり、二人から背を向けた。
「はあああ? 自分ち帰れよ」
ビシリと秀之の頭を叩く淳だが、秀之は無反応のままだ。
そっと晴臣が淳の服を引っ張り小声で訊いた。
「で、紗彩さんて、どんな感じなの?」
ニヤニヤが再び淳の顔に浮かび、晴臣に顔を寄せて囁く。
「えーと、ねえ。溌剌としてて、俺には優しい⋯⋯」
「うるせえ! 黙れ!」
「⋯⋯グフッ」
「いやあ、酒が美味いなあ」
「あら、一晩どこ行ってたの? 秀之。紗綾ちゃん帰っちゃったわよ」
秀之は一晩無理やり淳の家で過ごし、しぶしぶ実家へ足を運んだ。
黒髪を緩く結い上げた切れ長の瞳の女性がリビングで出迎えた。
マダム、という表現が最適。
「⋯⋯結婚なんてしねえぞ」
開口一番がそれ。
「もう、やあねえ。それ、わざわざ言いに来たの? 電話で良くない?
仲良しなのに。お父さんもお母さんも楽しみにしてるのにぃ」
残念だわあ。
そういって頬に手を添え、首を傾げる。
秀之が紗綾も嫌がってると、まくし立てる。
「そうかしら? だってチケット渡すとちゃんと来てくれるじゃない」
首を傾げつつ、上目使いで秀之を覗き込む母。
「なんで渡してんだよ」
「あなたが3枚寄越すんだもの、紗綾ちゃんの分だと思うじゃない」
メジャーデビュー公演に3枚欲しいと言われた秀之。
それ以来、何も聞かず律儀に3枚渡し続けていた。
「あああ。もういい。用がないなら帰る」
「たまには泊っていきなさいよ」
「うっさい。帰る」
「あっ! やっと来た! 遅い!」
ぐったりと自宅マンションに着いた途端、ドア前の人影から怒声を浴びた。
秀之の母から連絡が来た紗綾が待ち構えていたのだ。
「何だよ。誰かに見られたらどうすんだよ。困るのお前だろ」
「ここをどこだと思ってんのよ。マンションのオーナーはうちよ。セキュリティしっかりしてるに決まってるでしょ」
小ぶりなマンション。それ自体、紗綾の親がオーナーだ。
ごく少数の厳選された者たちしか入居出来ない事になっている。
秀之の上階、最上階に紗綾の部屋はある。
「はいはい」
「ほら、鍵開けて」
「お前、男の家に気軽に入るなよ」
眉間にしわを寄せる秀之に、
「はあ? 今更?」
と片眉を上げる紗綾。
お構いなしにズカズカと入り込み、「片付いてるわねえ」と部屋をぐるりと見回す。
自力での掃除はあまり得意でない秀之は、時々清掃業者を入れている。
淳と晴臣が来た時は、二人がさり気なく片付けていったりもする。
「あの話なんだけど!」
勢いよく振り返る紗綾の髪が秀之の胸元で風を切る。
秀之は慌てて立ち止まり、前髪をかき上げる。
「私はまだ結婚なんて考えられないわ。相手があんただからとかそんなんじゃなくて」
「ああ、俺だってそうだよ」
それどころではない。
ヴォーカルの京也がルアードから抜けてソロになる、という話が上がっている。
結婚がどうとか言っている場合じゃない。
そう告げると、ルアードは勿論、京也も知っている紗綾は残念がった。
「なら、あの話はなしね」
「当然だ。それどころじゃないし、俺は! 慎ましやかな女性が好みなんだ!」
再び力説する秀之。
「⋯⋯無茶言うわね」
脱力気味に額に手をやる紗綾。
「くそう、おまえもか」
「とにかくね、私はまだ海外でやりたいの。こっちに落ち着きたくないわ。⋯⋯あんたと結婚するしない別で」
「ああ。いいんじゃね? おまえにはその実力があるんだから、やればいい。やってこい。自分で満足するまでやればいいよ。応援するし」
正面から真顔で返答する秀之に呆気にとられる。
「⋯⋯。あ、ありがとう」
──そういえば、こいつはこういう男だったな。
「ん、じゃあ、もう帰れ。上の階に」
手で軽く追い返す秀之にちょっとムカつきながらも、悪い気はしない紗綾。
「はいはい。じゃあね。秀之。またね」
「ああ、またな」
小さく手を振り、秀之は玄関ドアを閉めた。




