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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

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9 カタリナ 1 カタリナの胸中

「カタリナ様のおかげで魔獣被害が減っていると、父から聞きましたわ」


 エルグランド王国の王女であるイリスが誇らしげに、カタリナに話しかける。


 季節の花が咲き誇る王宮の庭園で茶会が催されていた。

 もちろん、主催者はイリスだ。


「それが聖女のお役目ですから。わたくしは当然のことをしているだけです」


 カタリナは優雅な所作で、紅茶を一口含んだ。

 さわやかな風味が鼻を抜けていく。


「まあ。謙遜なさらないでください。そういえば――」


 イリスが話題を変える。


「妹君のリアナ様も最近は明るくなったと耳にしますわ。婚約者のユリウスとも仲良さげに歩いている姿もとてもお似合いだと、メイドたちも話をしているのです」


 それはここ数日、リアナと接してきて、カタリナも感じていたことだ。

 以前はもっと自信がなさげで、自分の意見を述べることもほとんどなかった。それが、聖女就任パレードの日から行動的になった。


 それに、あまり出歩かなかった妹は、連日のように騎士団の訓練場に行っている。

 それも、貴族令嬢ともあろうものが自ら作った弁当を持って。


 さらには、夜、頻回に彼と会っていることも知っている。ユリウスの来訪を許可したのはカタリナ自身だ。

 彼女にとって、ユリウスはお気に入りの騎士だ。

 あの精悍な顔つきや、鍛え抜かれた身体を自分のものにしたいとも思っている。


 だから、リアナが彼の婚約者であることも、彼がアルクエル邸に来る目的がリアナであることも、内心面白くない。


「ええ、わたくしが聖女となったことで、妹も何か考えが変わったのかもしれません」


 表面上は、謙虚な態度を示す。

 だが、心の奥底では昏い感情が渦巻いている。


 思わず、カップを持つ手に力が入り、落としてしまった。

 カップからこぼれた紅茶がカタリナのドレスを汚した。


 火傷をするような温度ではないが、このままでは染みになってしまう。


「まあ、大丈夫ですか、カタリナ様。早くお着替えになられた方が……それに、顔色も優れないようですわ」

「……申し訳ありません、イリス様。すみませんが、今日は家に帰らせていただきます」


 カタリナが頭を下げると、イリスも申し訳なさそうな顔になる。


「そんな……『封印の儀』でお疲れでしょうに、お茶会にお呼びしたわたくしが悪いのです。どうか、ご自愛くださいまし」


 イリスがメイドたちに指示を出し、帰る準備をしてくれる。

 カタリナはそんな王女の様子を見て、密かに口角を上げた。


     ◆


 アルクエル邸の私室に戻ったカタリナは部屋着に着替え、汚れたドレスをメイドに渡した。


 メイドが出ていき、一人になった瞬間――


 カタリナは化粧台にあった香水の瓶を床に叩きつけた。瓶が割れ、中身が絨毯を濡らし、濃厚な香りが漂う。

 あとでメイドに片付けさせないといけない。


 ふと鏡を見ると、憤怒の形相を浮かべた自分が映っていた。


 聖女らしからぬ顔に、我に返ったカタリナはこみ上げる怒りをなんとか抑え込む。

 鏡を覗きこみ、表情を整える。すぐに聖女然としたものに戻った。


 頭の中を整理しなければならない。

 考えるのは、リアナとユリウスのことだ。


 リアナが引っ込み思案のままでいれば、ゆくゆくは婚約を解消させ、自分がユリウスと新たに婚約するつもりでいた。

 以前は、カタリナが微笑みかければ、彼は表情を綻ばせていた。


 だというのに、最近ではリアナのことしか見えていないようだ。

 アルクエル邸を訪れた際も、カタリナには目もくれず、リアナとさっさとガゼボに行ってしまう。


 この流れはよくない。


「半分こ……」


 呟いてから、ハッとする。

 そう、姉妹は幼少時からなんでも半分こにしてきた。


 リアナは婚約者としてユリウスと仲良くなった。

 ならば、自分がユリウスと結婚してこそ、「半分こ」なのではないだろうか。


 そうでなくてはつりあいが取れない。妹だけが幸せになるのは許せない。

 カタリナには聖女としての過酷な役割が待っている。


 先日、『封印の儀』をしたとき、彼女の聖具はほんの少ししか浄化の光を放たなかった。

 つまり、もっと血を捧げなければならないということだ。


 それにたったあれだけの光で、噂になるほど魔獣被害が減るだろうか。


「いいえ、そうは思えないわ」


 カタリナは自答した。

 思い出すのは、聖女就任パレード後の食事会でリアナが「『封印の儀』を手伝う」と言っていたことだ。


「だから、魔獣被害が減ってる? きっと、そうだわ」


 妹は宣言通り、聖女の役割を肩代わりしているということに他ならない。

 そして、浄化の力も妹の方が優れている――


 そこに思い至り、カタリナの中に焦りが生じる。


 イリスから、貧民街の黒斑病の子どもを救った者がいるという話も聞いた。

 水色っぽい銀髪の女性が浄化を施したという噂だ。


 イリスは「カタリナ様がやったのですね。とても慈悲深い方ですわ」と無邪気に褒めてくれた。


 しかし、自分に心当たりはない。

 そもそも貧民街に出向こうとも思わない。


 その銀髪の女性はリアナに間違いない。

 現状、浄化の力を持つ者はアルクエル家の姉妹しかいないのだ。


「もしかしてあの子は……聖女の座を狙ってるのかしら?」


 リアナが『封印の儀』を始めてから、結果的にカタリナの名声も高まっている。

 だが、それだけなのだろうか。


 リアナは裏で、自分のことを見下しているのではないか?


 そんな疑念が頭をよぎった。


「そんなことはさせないわ」


 妹は自分を輝かせるための『聖女の影』で十分だ。それ以上のことなどさせない。

 リアナがユリウスと幸せになり、カタリナを追い落として聖女になるなど許せない。


「わたくしから奪おうとするのなら……ちゃんと『教育』してあげないといけないわね」


 今は、妹が自分を見下して悦に浸っており、一方で自分は不安や焦燥を感じている。

 しかし、将来はそれを逆転させてやる。


 それでこそ「半分こ」。


 自分を妄信しているイリスは使える。

 リアナを『聖女の影』で居続けさせるための策を考えなければならない。


 カタリナは自身の歪んだ思考に気づくことなく、昏く笑った。

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