27 リアナ 14 昔のカタリナ
カタリナたちが『祭壇の間』の地下でゲイルと対峙していた頃、リアナは重い雰囲気の中、イリスと過ごしていた。
愛する夫と姉が心配で仕方がない。
自分の懐妊は喜ばしいが、この緊急時に何もできないというのも忸怩たる思いがある。
お腹の子を最優先すべきだと分かってはいる。
分かってはいるのだが、何かできることはないのか。どうしてもそう考えてしまう。
これまでに培われた自己犠牲精神の悪い面だ。
「はぁ……」
リアナは溜め息を漏らし、窓から外を眺める。
天気の良い日中であれば『祭壇の間』を望むことができるが、あいにくの夜雨は視界を不良にしている。
「リアナ様」
イリスが声をかける。振り向くと、彼女の顔にも緊張が張り付いていた。
イリスはイリスで王族の罪を思い知らされることとなり、かなり複雑な心境だろう。初代聖女の無意味な犠牲に加え、聖女一族の生き方さえ制限してきたのだ。
先祖がやったこととはいえ、今を生きる王族が過去の過ちを忘れ去っていたのは無責任が過ぎる。
「はい、何でしょうか、イリス様」
もしかしたら、謝罪や懺悔の言葉が出てくるのだろうか。
リアナとしては謝られたところでどうしようもない。自分にとっての生き方は聖女一族として瘴気を浄化することだ。程度の差こそあれ、一周目の世界でも二周目の世界でもそれは変わらない。
「……カタリナ様は、昔はお優しかったのです」
しかしまったく別の話題だった。
「転んで怪我をしたわたくしの手当てをしてくださったこともありました」
幼い頃のカタリナが優しかったことはリアナももちろん知っている。
リアナの嫌いな野菜を姉がこっそり食べてくれたことがある。逆に姉が苦手な食べ物をリアナがもらうこともあった。
そんな時、姉はよく「嫌なことは半分こね」と言っていた。
なんだか懐かしい。
そんな姉が変わってしまったのはいつからだろうか。
今日再会した姉は、かつての姉のようだった。だが、数か月前のカタリナのリアナに対する悪意も本物だった。
ユリウスを奪い取ろうとしたこと、「痛い目を見せてあげる」と脅されたこと、「死ね」と暴言を吐かれたこと……
それらの記憶を消すことはできない。姉は大切な家族だが、そのことを思い出すと身の毛がよだつのも確かだ。
何が彼女をそんなふうにしてしまったのだろうか。
考え込んだリアナにイリスは話を続ける。
「今にして思えば、カタリナ様に変化が現れたのは、リアナ様が『封印の儀』をするようになってからだと思います」
リアナがある程度成長してから、聖具に血を馴染ませるために少しずつ儀式を始めた。
当時存命だった母親と同じことができたと手放しに喜んだ記憶がある。
「どういうことでしょうか?」
なぜそれで姉がリアナに対して敵意を抱くようになるのか分からない。
おそらく、元来お人好しな性格のリアナには一生理解できない感覚かもしれない。
「その時から、カタリナ様の浄化よりもリアナ様の浄化のほうが優れていたのです。自分よりも幼い妹が自分よりもうまく浄化できる――そのことで嫉妬していたのかもしれません」
「嫉妬、ですか……」
イリスは首を縦に振った。
「ご本人に直接聞いたわけではありませんが、アルクエル家の長女として聖女を継ぐのは自分だと思っていたのかもしれません。カタリナ様はよく『妹には負けられませんわ』と仰っていました。幼かったわたくしは姉妹で互いに切磋琢磨していたのだと解釈していましたけれど、カタリナ様はリアナ様がいれば聖女になれないと思っていたのかもしれません」
リアナにはやはりよく分からない。
浄化の力でカタリナより優れていると思ったことはないし、そもそも聖女になりたいと思ったこともない。特に二周目の世界では姉を影から支えられたら、と考えていたのだ。
何の因果か、現聖女を拝することになったが。
しかし、言われてみるとカタリナの変化に思い当たることもある。
「……お姉様がご自身が嫌なことを私に回すようになったのも、その頃かもしれません」
姉が言う「半分こ」の意味合いが変わってきた時期と一致する。
少しずつ変わった「半分こ」はやがて、「良いところはカタリナに、悪いところはリアナに」となっていた気がする。
「貴女がきっと眩しかったのです。カタリナ様はきっとご自身の居場所を守るために必死だったのでしょう」
「……」
「だからと言って、リアナ様に対する行いはとても看過されるべきことではありませんけれど。事が大きくなるまで彼女を妄信していたわたくしの非も大きなものです。本来、彼女を諫める立場にあるわたくしがその責務を全うしなかったのですから……」
イリスが語るカタリナの想いが真実かどうか、リアナには判断できない。
それでも、今となってはリアナよりもイリスの方がカタリナと長い時間を過ごしている。きっと目の前の王女が話したことは的を射ていると思う。
「頭を上げてください。イリス様の謝罪は以前にいただいていますから……それよりも、お姉様が元のお姉様に戻ってくれたことを喜びましょう」
「ええ、そうですね」
現在の状況は芳しいものではないが、憂いてばかりいても前を向けない。
その姉が今は「初代聖女の遺体」の浄化に向かっている。
カタリナは「帰ってきたらいっぱいお話ししましょう」と言った。話したいことはたくさんある。大半はユリウスとの惚気話になって、苦笑されそうだが。
彼女がそう言ったのだから、ちゃんと戻ってくるはずだ。
それなのに、リアナの胸はざわつく。
なんだか嫌な予感がする。
リアナはもう一度、窓から『祭壇の間』に目を向けた。
雨はだんだんとその勢いを増している。
明日は一気にラストまで投稿します。




