26 カタリナ13 『祭壇の間』の地下
カタリナはユリウス、レイヴンとともに『祭壇の間』を目指す。
先頭はユリウス、次いでカタリナ、一番後ろがレイヴンの順だ。「初代聖女の遺体」を浄化するにあたって、最も重要な人物が彼女だからである。
先ほど降り始めた雨は次第に強くなっている。
リアナの働きで瘴気も魔獣も一時的にしろ浄化されているので、危険は少ない。
(もうリアナには浄化をしないでほしいけれど……)
だが、瘴気事件の主犯であるゲイルの身柄が確保されていないのは懸念される。
再び瘴気が溢れるようなことがあれば、リアナは自らとお腹の子のことを省みず『封印の儀』をやりかねない。妹の自己犠牲精神はある意味カタリナのせいで培われた。
(だからこそ、今度はわたくしが……)
そこまで考えてフッと小さい笑みが漏れる。
数か月前までは己のことしか考えておらず、リアナに対しても「死ね」だの「命を捧げろ」だの暴言を吐いていたというのに、今では彼女のことを第一に心配しているとは。
なんとも不思議な感じがする。
「着いたぞ。入り口を探そう」
カタリナはユリウスの声で我に返った。
『祭壇の間』。
リアナを罠にかけて瘴気の浄化勝負を仕掛けた場所であり、カタリナが漆黒の狼型の魔獣に食い殺されそうになった場所。
そんなカタリナをリアナが命を賭して助けてくれた場所でもある。
あの時から、カタリナは心を入れ替えようと思ったのだった。
リアナに合わせる顔がなくて、黙ってきたの修道院に向かったのが懐かしい。
あの時はまさかこんな事態になるとは思っていなかった。
手分けして地下への入り口を探す。
「あ、ここ……」
台座の周囲の床にこすったような跡がある。台座が動くのかもしれない。
「ユリウス様、レイヴン。ここを見てください」
二人にも確認してもらう。
「レイヴン、押してみるぞ」
「へいへい」
二人の男が台座を力いっぱい押すと、ゴリゴリと嫌な音を立てながらスライドしていった。
現れたのは地下へと続く階段だった。
「はっ、こいつを隠すための台座でもあったってわけか」
レイヴンが手についた石の欠片を払いながら呟く。
ユリウスは神妙な顔で台座を見た。あまり喜ばしくない思い出でもあるようだ。
三人は顔を見合わせてから階段を下りていく。少しずつ瘴気が濃くなっていくのが分かる。
ひんやりとした空気が身を包み、湿った石の香りが鼻につく。壁には苔が生えていた。
「カタリナ、滑らないように気をつけろ」
注意を促すユリウスの声は、リアナに向けるものと違って事務的なものだ。カタリナのことを信じてくれたようだが、過去のことを許したかどうかは別問題で、それも仕方ないと思う。
ユリウスが持つランタンの明かりを頼りに階段を下り切ると、広間に繋がっていた。壁に取り付けられた松明には火がついており、ほんのりと明るい。
先客がいるようだ。
「こんなところがあったなんて……」
訪問者に驚いて逃げていく小動物がいた。広間に突然響いた軽い足音に、カタリナは驚いた。鼠だろうか。
「おい、抱きつくな。離れろ」
「ご、ごめんなさい」
レイヴンが呆れたように言ったが、押しのけようとまではしない。
「これは……誰かが通った形跡がある」
ユリウスが床にランタンを近づけている。
そこにあったのは足跡だ。比較的新しいもので、広間のさらに奥に向かっている。
足跡に沿って歩を進めると、扉があった。施錠されていたようだが、鍵は破壊されている。
向こう側の部屋には一段と濃い瘴気が溜まっていた。
「ここは初代聖女様が閉じ込められた部屋……?」
カタリナが駆け出しそうになるのをレイヴンが肩を掴んで止めた。
「先走るな、危ねぇぞ」
彼はユリウスに先に行くよう促す。武器を持っているユリウスなら、多少のことがあっても対処できる。
ゆっくりと扉の向こうにユリウスが行こうとしたところで、
「誰だ!」
怒声とともに、死角の位置からユリウスに向かって剣が振り下ろされた。
咄嗟に反応できたのは、さすがは騎士団の分隊長だ。
ユリウスは相手の腕を右腕で弾くと、すかさず蹴り飛ばした。
「ぐぇ――」
「ひゅ~、やるねぇ、騎士サマ」
室内に入ったレイヴンが口笛を吹き、彼に続いたカタリナは蹴り飛ばされた相手を見て驚愕した。
「ゲイル……!」
ベルクランでカタリナに酷い仕打ちをしようとした男。そして今回の事件の首謀者。
まさか、地下に隠れているとは思っていなかった。
「クソが……その様子じゃ、上の奴らは失敗したみてぇだな」
ゲイルは立ち上がりながら、天井を見上げた。痛そうに腹をさすっている。
「お前がゲイルか。他の反逆者は全員捕らえている。あとはお前だけだ」
ユリウスが静かに告げる。
「そうだぜ、クソ野郎。呪具を使ったお前の作戦は失敗したんだ。残念だったな」
レイヴンは小馬鹿にしたように言う。
だが、ゲイルは不敵に笑った。
「くくく、あっちは陽動だ。成功しても失敗してもどっちでもいい」
まだ終わっていない、とでも言いたげだ。
「まあ、うまくいくに越したことはなかったが……まさか元聖女が来るとは思わなかった。お前のご先祖サマのことを知ったのか?」
カタリナに語り掛けるゲイル。
彼女は首を縦に振った。
「だったら、ご先祖サマの無念は分かるだろ? 王族のクソどものせいで初代聖女様は死んだんだ。今こそ恨みを晴らす時だと思わねぇか?」
王族がしでかしたことは確かに非道だが、カタリナ自身が恨みを持つのは違う。
それに、そもそもだ。
「わたくしを呪具にしようとしたくせに何を言っているの?」
「くくく、王族を皆殺しにするのに貢献できるんだ。今からでも遅くねぇぜ。嬉しいだろう?」
狂っている。そうとしか思えない。
「カタリナ、話すだけ無駄だ。俺も人のことは言えねぇが、ゲイルのクソ野郎は他人のことなど道具としか思ってねぇ」
「黙れ、レイヴン。俺は初代聖女様を解放してやるんだ。いつまでも地下に閉じ込められたままじゃ可哀想だろうが」
それはそうかもしれない。
レイヴンはゲイルの言葉を無視して、ユリウスにちらりと視線を向ける。
「あいつがヤバいことをする前に捕まえるぞ」
「ヤバいこと? 何をするつもりか分かるのか?」
「あらかた『初代聖女の遺体』と呪具として発動するつもりだろうよ。ただでさえ瘴気が滲み出てるってのに、呪具として発動したら、どれほどの瘴気が発生することやら」
肩を竦めてこともなげに話すレイヴンだが、実行されたら大変なことになるのは目に見えている。
カタリナは血の気が引くのを感じた。そんな蛮行を実行させるわけにはいかない。
「ユリウス様、お願いします!」
「言われるまでもない」
ユリウスがゲイルに向かって駆けるが、ゲイルは持っていた険をユリウスに向かって投げつけた。
咄嗟に抜剣して飛来する剣を弾いたユリウスだが、ゲイルはいつの間にか干からびた何かを手にしていた。
『初代聖女の遺体』だ。
百年以上前の衣類はボロボロで、じわじわと瘴気が滲んでいる。
「やめろ!」
「うるせぇ! 俺が解放するんだ! 初代聖女様を!」
次の瞬間――
視界を塞ぎ、むせかえるほどの大量の瘴気が部屋を包み込んだ。




