25 リアナ 13 初代聖女
イリスの私室の窓から覗く空はすでに暗くなっている。
星一つ見えない曇天が広がっており、一雨くるかもしれない。
「なぁイリス=エルグランド王女殿下。お前は本当に『王家の罪』を知らねぇのか?」
レイヴンは「初代聖女の遺体」について話す前に、イリスに尋ねた。
だが、彼女は首を横に振る。
「王家にどのような罪があると言うのですか? そのことと初代聖女様のご遺体に何か関係が?」
本当に心当たりがないというイリスの様子に、レイヴンは舌打ちをした。
王族を前にして、不快感を隠そうともしていない。
「加害者側は忘れちまったってか? ま、俺も被害者ってわけじゃねぇが」
「レイヴン、どういうこと? わたくしもまだ詳しいことは聞いていないわ」
肩を竦めるレイヴンに、カタリナが問う。
リアナとユリウスの顔にも疑問が浮かんでいる。
聖女一族も王族も知らない秘密が一体何なのか。
「もったいぶらないで教えてください、レイヴン。『初代聖女の遺体』とはどういうことなのですか?」
リアナがもう一度尋ねる。
「いいぜ、教えてやるよ。『初代聖女の遺体』は王都の地面から滲み出る瘴気の大元だよ」
それが事実なら、とんでもないことだ。
これまで瘴気が湧く理由は不明とされてきた。何故かエルグランド王国の王都でだけ瘴気がじわじわと湧く仕組みは解明されていないのだ。
不意に雨が窓を叩き始めた。
「『初代聖女の遺体』が『最大の呪具』っつーのはそういう意味だ」
「……では『王家の罪』とは何なのですか?」
レイヴンが盛大に溜め息をつく。
「ここまで話せば想像くらいつくだろうが。初代聖女を殺したのはお前のご先祖サマだ」
「不敬だぞ。さすがに今の言葉は聞き逃せんな」
ユリウスが剣の柄に触れ、レイヴンを睨みつける。
リアナは内心ではらはらするが、当の褐色肌の男は怯む様子をまったく見せない。それどころか、逆にユリウスを睨み返す。
「騎士サマの忠義は立派なものだが、王家を妄信してんじゃねぇよ」
妄信。
それはかつてユリウスが騎士団長ヴァルドに言った言葉らしい。そんな話をリアナは彼から聞いた覚えがある。
王国の騎士であれば、王族を信じ、王国を守ることは義務だが、レイヴンはそれを否定している。
「……」
「初代聖女を殺して、どっかに埋めたんだろうよ。呪具の作り方はもう知っているんだろう?」
この場ではイリスだけが知らないことだ。彼女は聖具の素材に聖女一族の血肉が必要であることも知らないだろう。
「簡単に言えば、聖女を苦しめて殺せば呪具の材料になるわけだ。で、呪具は瘴気を撒き散らす。それと同じことが王都で起きてるってことだ」
レイヴンが吐き捨てるように言った。
にわかには信じがたいことだが、リアナには彼が嘘をついているようには見えなかった。
「しょ、証拠はあるのですか?」
だが、イリスは信じられないようだ。自分の先祖が聖女を殺したなど、信じたくないに決まっている。
「聖具やら呪具やらを作る俺らに口伝で伝わっていることだからな。どっかで曲がって伝わった可能性はあるだろうよ」
だがもし真実だったら、王都の瘴気を根本から解決できるかもしれない。
自然と発生する瘴気は対処のしようがないが、王都の瘴気が人為的なものなら対処できるはずだ。
「……レイヴン、あなたが言っていた『大義』って、その『初代聖女の遺体』を浄化することなの?」
カタリナがぽつりと呟いた。
「まぁな。代々の呪具職人の悲願ってわけだ。ゲイルのクソ野郎はそこを履き違えて、王家の転覆を画策してたがな」
「そのためにわたくしを必要としていたのね」
「ご明察。で、証拠だったか?」
レイヴンが再びイリスに視線を向けて、言葉を続ける。
「知らねぇよ。信じたくねぇならそれでも構わん。だが、そうだな……禁書庫に行けば、当時の記録があるかもな」
「禁書庫……」
リアナも入ったことがない部屋だ。王族でさえほとんど立ち入ることのない場所で、その名の通り禁じられた書物や資料があるらしい。
「なあ、王女サマよ。気になるなら、禁書庫に行ってみろよ」
なおも挑発するレイヴン。
「……分かりました。わたくしの権限で禁書庫に行きましょう。ユリウス、レイヴンが少しでもおかしな動きをしたら、彼を取り押さえてください」
「はっ」
この場で最も指揮系統が上位にあるイリスの命令に、ユリウスは良い返事をしてから、リアナに向き直った。
「リアナ。気分が悪いなら、待っていた方が――」
「いいえ、私も行きます。私の……先祖のことですから、ちゃんと知っておかないと」
リアナは以前にも増して、自分の意見を述べるようになっていた。一周目の世界の彼女とはもはや別物だ。
運命の塗り替えに成功したことが自信に繋がったのかもしれないし、母となるからかもしれない。
イリスを先頭に、一同は禁書庫に向かった。
◆
禁書庫は王宮の奥にあった。
もう何年も人が出入りしていないのだろう。書庫内は埃とカビの臭いが充満していた。
灯りをつけて中に入ると、ふわっと埃が宙を舞う。
それでも最後にここを使った王族は几帳面だったのか、書物はきちんと整理されていた。
年代順に並んでいる。ここ数十年は新しく禁書に認定されたものはないようだ。
時代を遡り、初代聖女が生きていたころの文書に行きつく。
「……これでしょうか」
イリスが一冊の書物を手に取り、溜まっている埃を払った。書物というよりは日記のように見える。
レイヴンが悪態をつく。
「はっ、燃やしてなかったんだな。当時の王族にも罪の意識があったってことか?」
順番に内容に目を通していく。
リアナはそこに書かれていたことに驚愕し、胸が苦しくなった。
初代聖女が生きていたころ、長く続いた日照りのせいで干ばつに陥った。
干ばつを打破すべく当時の王族が目をつけたのが、瘴気を癒やす力を持った初代聖女だった。片田舎でほそぼそと暮らしていた彼女は、「聖女」と呼ばれ、王都に連れていかれた。
癒やしの力があるのなら、天災を防ぐこともできるに違いない。そう判断したらしい。
(そんなわけない……私たちができるのは瘴気を消すことだけなのに)
王都に連行された初代聖女は幼かった子どもと引き離され、天災を終わらせるための供物とされた。
地下に閉じ込められたのだ。それもたった一人で。
やがて干ばつは収まった。だがそれは初代聖女の死とは何の関係もないものだった。
王都に瘴気が溜まり始めたのはそれからしばらくしてからだった。
日記の筆者は「初代聖女の呪い」と称していた。後悔と懺悔の言葉が最後に綴られている。
初代聖女は絶望と苦しみを感じながら、孤独の中、恨みを抱いて亡くなったのだろう。
(呪具の作り方と同じ……ひどい)
リアナはちらりとイリスを見た。彼女が悪いわけではない。
先に日記を読んでいたイリスは先祖の行った非道に、身を震わせていた。結果から言えば、一人の人間を無駄に死なせた上に、王都に滲む瘴気の原因を作ったのだ。
それだけではない。
徐々に増える瘴気を浄化するために、母から無理やり離されたその娘を利用してきた。それも代々にわたって、現在まで連綿と「聖女」という肩書を与え、王家の尻拭いをさせてきたわけだ。
リアナは気づけば、自分の腹部を撫でていた。
(この子にも同じことをさせないといけないの……?)
そう考えると、呼吸が浅くなって胸が苦しくなる。
お腹の子を守るためには、『初代聖女の遺体』を浄化するほかに手立てはない。
「イリス様、私が――」
「駄目だ」
「駄目よ」
ユリウスとカタリナがリアナの言葉を遮った。二人ともリアナが何を言い出すか分かっていたのだろう。
「だな。悪いが聖女サマはお呼びじゃねぇんだよ。なんのためにカタリナを連れてきたと思ってんだ」
言葉は悪いが、レイヴンもどうやらリアナのことを心配してくれているようだ。
リアナの返事を待たずに、彼らは話し合いを始めた。
「この日記のおかげで『遺体』の場所は分かったぜ」
レイヴンがポンと日記を叩くと、ユリウスが小さく頷いた。
「まさか『祭壇の間』の地下がそんなふうになっていたとは思わなかったな」
「入り口の場所も分かりましたわ」
カタリナの言うように、地下への隠し階段の場所も書かれていた。
このままではカタリナがかなりの無理をすることになる。
「お姉様……」
何十年――百年以上、瘴気を発し続けている『初代聖女の遺体』を浄化するなど、姉一人では荷が重すぎるのではないだろうか。
せっかく、和解できたと思ったのに、また別れることになるのではなかろうか。
そう思い、カタリナに向かって手を伸ばす。
「リアナ様」
その手を止めたのはイリスだった。
「諸悪の根源である王族の末裔であるわたくしが言えた義理はありませんが……カタリナ様を信じましょう」
「あ……」
こうしている間にもユリウス、カタリナ、レイヴンは話し合いを終え、行動に移る。
これから『祭壇の間』の地下に向かう。
「リアナ、君はイリス殿下と一緒に待っていてくれ」
ユリウスが諭すようにリアナに言う。有無を言わさない雰囲気だ。
愛する夫にそこまで言われたら、従うしかない。だが、リアナはユリウスに駆け寄る。
「無事に戻ってきてくださいね、ユリウス様。それと……お姉様をお願いします」
そう言ってキスをした。
「熱いねぇ」
「レイヴン」
カタリナは茶化すレイヴンに注意してからリアナに顔を向ける。
「リアナ、帰ってきたらいっぱいお話ししましょう」
姉の笑顔はまさに「聖女の微笑み」のように見えた。
イリスとともに残ることになったリアナは、三人を見送ることしかできなかった。




