24 リアナ 12 リアナの離脱
瘴気事件は一段落した。
リアナたちは王宮のイリスの私室に集まっていた。
国王や騎士団長は緊急会議を開いているらしい。リアナとユリウスもそちらに顔を出すように言われたが、リアナは体調不良のため、ユリウスは彼女を支えるために不参加となった。
後で呼ばれるかもしれないが。
「リアナ、体調は大丈夫か?」
ユリウスは愛する妻に会うなり、抱きしめてからそう尋ねた。
「はい。新しい聖具は少しの血でも効果が大きくて、負担が少なかったです」
「その割には顔色が優れないが……」
聖具に血を捧げたのは久しぶりだったので、血液量は回復しているはずだ。ここ最近、食事があまり摂れていないせいかもしれない。
「仲睦まじいところ、申し訳ありません」
二人の世界に入ろうとするリアナとユリウスに割って入ったのはイリスだ。
「は、はい。すみません……」
「ヴァルドからの報告を共有しておこうと思ったのです」
騎士団の働きによって、ゲイルの手下が捕縛されたらしい。
レイヴンが言っていたように、騎士の尋問によって呪具を設置した場所が判明し、回収されたとのことだった。
回収された呪具は既に瘴気を発している状態ではなく、今は保管庫で厳重に管理されているようだ。
「捕らえた奴の人数は?」
レイヴンが口を挟んだ。
「十二名と聞いています」
「……一人足りねぇ。おそらくゲイルの奴がどこかに隠れてやがるな」
「すぐに探させます」
こればかりは焦っても仕方がない。
問題はゲイルだけではない。レイヴンに聞かされた「初代聖女の遺体」という言葉がリアナの耳から離れないのだ。
ユリウスやカタリナもいるこの場でそのことについて尋ねるのがいいだろう。
レイヴンがリアナたちの知らないことを知っていることは確かだ。
リアナが口を開こうとしたところで、クゥゥゥと可愛らしい音がリアナの腹部から聞こえた。
思わず顔を赤らめてしまう。
「軽く食事でも持ってこさせましょう」
イリスが苦笑しつつ、そう提案してくれた。
ただでさえ、あまり食事を摂れていないのに、工房を探して走り回ったのだ。空腹になるのは仕方がない。
それは他の者にも当てはまるので、イリスの提案に反対する者はいなかった。
とはいえ、現在王宮内は慌ただしくなっているので、本当に軽くつまめるものだ。
イリスがメイドに指示を出し、しばらくしてサンドイッチが運ばれてきた。具材は野菜に肉、潰した卵などいろいろだ。
これなら今後の話し合いをしながらでも食べることができる。
リアナは卵が挟まったサンドイッチを手に取った。
良い香りが鼻腔をくすぐるが、そこで異変が起こった。
「う……」
急に吐き気を催したのだ。
これだ。これのせいで、リアナは最近食事を摂れないのだ。お腹が空いて食べたいのに食べられない。
「リアナ?」
「……ごめんなさい、気分が……」
ユリウスがリアナの背中をさする。心配そうに覗き込むユリウスに、無理をして微笑みを返した。
確かに先ほどそれなりの量の血を聖具に捧げたが、ここまで具合が悪くなるほどではなかったはずだ。
他の人たちは普通にサンドイッチを食べているので、毒の類でもないだろう。
リアナの様子を見ていたカタリナが、ハッとしてリアナのもとに来た。
「お姉様……」
「リアナ。あなた、もしかして……月のものは?」
カタリナが小声で問いかけると、リアナは少し考えてから答えた。
「そ、そういえば……最後はいつだったでしょうか……」
その言葉を聞いたカタリナが今度はイリスのもとに行き、耳打ちをする。
聞いていたイリスは目を見開き、すぐに立ち上がった。
「リアナ様、宮廷医のもとに行きますわ」
「え……?」
ただ気分が悪いだけで宮廷医にかかるなど、とんでもないと思うリアナ。
だが、よく考えると聖女である彼女は王国の重鎮なので、宮廷医に診てもらうことに何の問題もない。
現状、王宮内ではカタリナに悪感情を抱いている者が多いので、王女自らリアナに付き添って退室していった。
◆
リアナはしばらくしてイリスの私室に戻ってきた。嬉しいような、焦っているような複雑な表情を浮かべている。
「リアナ、どうだった?」
ユリウスが真っ先に心配する。
「あの……その……」
「リアナ様、ご自身の口で仰った方が良いですよ」
イリスが優しく微笑みかけ、リアナはこくんと頷いた。
「あの、ユリウス様……」
「ああ」
「……おめでただと言われました」
一瞬、場が静まり返る。そして、ユリウスが声を上げた。
「本当か! 俺が父親になるのか。実感が湧かないが、ありがとう、リアナ!」
カタリナは「やっぱり」と小さく呟き、穏やかな表情でリアナを見ている。あんな姉の顔は本当に久しぶりだ。聖女だった頃の張りついた笑みでも、死に瀕して恐怖に歪んだ顔でも、再会してからずっと浮かべていた諦めにも似た表情でもない。
レイヴンは「俺の知ったことじゃねぇ」とばかりに、食事を摂っている。彼からするとまったくの無関係なので、その反応も当然だ。
ユリウスは歓喜していたが、ふと我に返って厳しい顔つきになる。
「リアナ、子どもができたことは素直に嬉しい。だからこそ、聖具に血を捧げるのをやめてほしい」
今日、妊娠が発覚したということは、少し前から妊娠していたということだ。
その間にも『封印の儀』はしたし、新しい聖具を作るために大量の血を提供した。それだけでも妊娠の継続に支障が出てもおかしくなかったのに、これ以上血を流させるわけにはいかない。
リアナ自身、そのことを痛感しているからこそ、純粋に喜ぶことができなかったのだ。
レイヴンが言っていた「最大の呪具」、つまり「初代聖女の遺体」の問題が残っている。これを浄化するには大量の血が必要になるだろう。
それを実行すると、腹にいる子はどうなるだろう。想像するのも恐ろしい。
なぜ、このタイミングで、と思ってしまう。
今でなければ、諸手を挙げて喜ぶことができたのに。
「いいな、リアナ。もう、『血の奉納』はやめてくれ。魔獣との戦いの前線に立つのも駄目だ」
「……分かっています」
だが、地面から湧き出る瘴気の浄化はどうなる?
姉の負担が増して、最悪の場合、回避したはずの一周目の世界の結末が再来するのではないだろうか。
「リアナ、あなたは一人で頑張りすぎよ」
優しく語りかけたのはカタリナだ。
「わたくしがしてきたことは取り消せないけれど……信じてもらえないでしょうけれど」
「お姉様、そんなことは……」
「今度はわたくしが『聖女の影』としてあなたを支えるわ」
姉の顔には覚悟が滲んでいる。
かつての傲慢な姉はどこにもいない。ただ妹を案ずる姉がいるだけだ。
「はい……よろしくお願いします、お姉様」
「任せなさい。リアナはあなた自身とお腹の子を最優先に考えなさい」
これほどの姉の優しさに触れたのはいつぶりだろうか。
思い出せない程度には、昔のことだ。
リアナはこぼれる涙を拭って頷いた。
落ち着いたところで、リアナはレイヴンに話しかける。
ここからが本題だ。ユリウスと約束したリアナは聖具に血を捧げることはできないが、それでも知るべきことがある。
「レイヴン、『初代聖女の遺体』について教えてください」
呼ばれたレイヴンは挑発するように口角を上げた。




