22 カタリナ 12 呪具の破壊
カタリナは呪具の気配を探りながら、王都を走る。
呪具そのものというより、瘴気が特に濃い場所を探している。仮にも聖女一族なので、そうでないものよりは瘴気に敏感だ。
王都の住民は騎士の誘導で、屋内に避難していた。閉めきった窓から不安そうに覗いている者も少なくない。
「ユリウス様、こちらですわ」
「……ああ」
ユリウスはリアナに頼まれたからカタリナを守るために彼女についているが、まだ完全に信用したわけではないのだろう。
どこかよそよそしい雰囲気がある。
カタリナが以前、リアナとユリウスにしてきたことを考えると致し方ないと分かっている。
剣を向けられたり、罵声を浴びせられたりしないだけましだと思うしかない。
心を入れ替えたと信じてもらうには、これからの態度と行動で示すほかないのだ。
カタリナは瘴気が濃い方に進んでいく。
「あ、あそこにあります」
発動したまま放置された呪具がぽつんと地面に落ちている。あれを使ったゲイルの手下は瘴気に巻き込まれないように逃亡したようだ。
どこかで騎士に捕らえられていればいいが、今すべきなのは呪具を破壊することだ。
この周辺にはまだ魔獣が発生していないのが、せめてもの救いだろう。
別の場所から魔獣の咆哮が聞こえてくるので、急ぐ必要はあるが。
「ユリウス様、周囲をお願いします」
「分かった」
頼れる騎士が周囲を警戒する中、カタリナは自分の聖具を取り出した。
以前の彼女なら自傷行為と何ら変わらない『血の奉納』を躊躇っただろうが、今の彼女に躊躇いはない。
ナイフでスパッと掌を切って、聖具に血を捧げる。
痛くないわけではないが、ゲイルの工房で手枷から手を引き抜いたことに比べると軽いものだ。
まして、浄化のために命を懸けたリアナの痛みとは比べるべくもない。
聖具から浄化の光が迸り、辺りに広がる瘴気が消えていく。浄化の力に負けた呪具がパキッと割れた。新たな瘴気を発することもない。
「ふぅ……一つ目、壊しましたわ」
全ての呪具をカタリナ一人で壊すことは不可能だ。彼女がしていることは時間稼ぎでしかない。
リアナの聖具が完成するまでに、少しでも瘴気を減らすのがカタリナの任務だ。
あの妹なら、新しい聖具で王都全域を浄化できるに違いない。
それはリアナに負担を強いることであり、申し訳ない気持ちが湧いてくる。
ユリウスに対しても同様の気持ちを抱いている。次の呪具を探しつつ、ユリウスに話しかける。
「リアナを守りたかったでしょうに、申し訳ありません」
「いや……彼女にはマーサをつけているから大丈夫だ。レイヴンとやらがリアナに害を成そうとも阻止してくれる」
マーサというのはユリウスのメイドだったと記憶している。会ったことはないが、頼れる女性のようだ。
ユリウスが「それにしても」と話を続ける。
「……お前は本当にあのカタリナなのか?」
彼にとって、カタリナは保身しか考えていない人物だ。そんな彼女が聖具に血を捧げることが信じられないようだ。
「そう、ですわね。今のわたくしは元聖女の罪人でしかありません」
「……本当に変わったみたいだな」
「どうでしょうか……急ぎましょう」
カタリナは苦笑してから、表情を引き締めた。
ところどころで魔獣と衝突している騎士の小隊が見える。彼らのためにも呪具を破壊する必要がある。瘴気の発生が収まれば、魔獣が弱体化するからだ。
次の呪具の場所にあたりをつけて向かっていた時だった。
「カタリナ=アルクエル! この騒ぎもお前のせいか!」
そんな声が聞こえてきた。
ぎょっとして見てみると、身を潜めようとした田舎町で遭遇した女性騎士レオナだった。
彼女は逃げ遅れた住民の避難誘導をしていたが、部下に任せてカタリナに向かってくる。
「違いますわ。わたくしは――」
「問答無用! 連行する」
レオナがカタリナに手を伸ばすが、ユリウスがその手を掴んだ。
「レオナ、落ち着け」
「ユリウス分隊長? なぜここに?」
ユリウスが事情を説明したが、レオナは納得できないようだ。
「貴方はこの女を信用できるのですか? 貴方と奥方を陥れたのですよ」
「大局を見誤るな。今はカタリナの力が必要なんだ。聖女一族の力がなければ呪具は破壊できないからな」
「しかし……!」
ユリウスとレオナが言い争う中、カタリナは見てしまった。
魔獣が逃げ遅れた子どもに襲いかかろうとしている。
騎士たちは他の住民に気を取られていて、子どもに気づいていない。
(助けに行かないと……でも――)
その魔獣は漆黒の狼型――かつてカタリナを食い殺そうとした魔獣と同じタイプだ。
あの恐怖が蘇り、体が震える。足が竦んでしまう。
だが、今ここで動かなければ、あの子どもは助からない。
強張る体を奮い立たせ、なんとか動かして、子どもに向かって駆ける。
魔獣が前脚で子どもを弾き飛ばそうとする直前で、子どもを押しのけることができた。
だが、魔獣の鋭い爪で背中を削られた。
「ううぅぅ……大丈夫? 早く逃げなさい」
痛みを我慢して子どもに微笑む。
魔獣は攻撃する対象として、聖女一族を最優先とする。これで子どもも助かるはずだ。
その代わりに、カタリナが窮地に陥る。
「グルルルル……」
狼型魔獣の口から涎がぽたぽたと落ちる。そして、倒れているカタリナにその口を大きく広げた。
「ひ……」
今度こそ食い殺されるかもしれない。
「カタリナ!」
だが今ここには魔獣を一人で討伐できる腕前の騎士がいる。カタリナの勇敢な行動に気づいたユリウスがレオナとの言い争いをやめて、すぐに駆けつけたのだ。
カタリナには、彼がいつ抜剣したのか分からなかった。
ただ、大きく口を開いた魔獣の首がそのままゴトッと落ちて、黒い靄となって霧散した。
「無事か?」
「あ、ありがとうございます……」
ユリウスが差し出した手を取ると、グイッと力強く引っ張られて立ち上がった。
「大罪人のカタリナ=アルクエルが子どもを助けた……?」
レオナはカタリナの行動を信じられないようで、ぼーっとしている。
「おい、レオナ。呆けてないで、カタリナの背中に薬を塗ってやれ」
「は、はい!」
レオナはすぐにユリウスの指示に従い、魔獣に傷つけられたカタリナの背中に傷薬を塗った。
「カタリナ=アルクエル、すまない。私はお前のことを勘違いしていたのかもしれない」
「わたくしが罪を犯したことは間違いありませんわ。ですが、今はどうかご容赦を」
カタリナにとって、自分を敵視する人は正直に言ってありがたい存在だ。自分の罪を忘れずに済むからだ。
治療を終え、彼女はユリウスに向き直った。
「もう大丈夫ですわ。呪具を壊しに行きます」
「ああ。レオナ、逃げ遅れた住民の保護と魔獣の対処を引き続き頼んだ」
「承知いたしました!」
すでにこの周辺の瘴気はかなり濃い。近くに呪具があるはずだ。
すぐに見つけることができた。
先ほどと同じように、血を聖具に捧げて、周囲の瘴気ごと呪具を浄化した。
手も背中もジンジンと痛む。
それでも彼女は立ち上がった。
「次の呪具を壊しましょう!」




