21 リアナ 10 それぞれの役割
「ゲイルのクソ野郎め。本当にやりやがったな」
レイヴンが窓から外を眺めて悪態をつく。
「何が起こっているのですか? 知っていることがあるなら教えなさい」
イリスがいつになく険しい表情を浮かべている。前回、瘴気が王都を覆った時もそうだったのかもしれないが、リアナはそのときのイリスを知らない。
レイヴンは何か考えているようで、イリスの問いに答えない。
代わりにリアナがイリスに伝える。
そもそもそれが目的だったのだが、最悪の形で順番が逆になってしまった。
「イリス様、申し上げます。呪具職人のゲイルという人物が、王都の転覆を狙って大量の呪具を発動したのです」
その結果、王都が再び瘴気に汚染され、今はまだ大丈夫だがすぐに魔獣が発生するだろう。
早急に対策を取らないと手遅れになってしまう。
「至急ヴァルドに連絡を取りなさい」
「ヴァルド様にはここに来る途中で、ゲイルの反逆はお伝えしています。すぐに警戒態勢を取ると仰ってくださいました」
魔獣が現れるまでには、騎士の配置も済むだろう。
「助かりました、リアナ様。わたくしは陛下にお伝えしなければ……ですが、なぜ反逆なんか……」
イリスは悔しそうに呟く。
それに答えたのは、考え込んでいたレイヴンだ。
「王族の罪だ。平たく言えば、ゲイルのクソはお前らに恨みがあるんだよ。ま、俺もそれに関しちゃ同意見だがな」
吐き捨てるような物言いに、イリスが反応する。
「貴方も反逆を企てているのですか?」
「んな訳ねぇだろ。俺があいつらを手伝ってたら、今頃あんたの大好きなカタリナは呪具になり果てているだろうよ」
その言葉にカタリナがぶるっと震えた。顔も青ざめている。
「イリス王女殿下、レイヴンの言う通りですわ。ゲイルはわたくしを修道院から連れ去り、呪具の素材にしようとしたのです」
驚愕するイリスに対し、「やっぱり」という感想がリアナの頭に浮かんだ。
ベルクランにあるゲイルの工房で見た、手枷についた血の小さな肉片はカタリナが必死に逃げた証だ。そしておそらくその後でレイヴンに保護された。
「レイヴン、お姉様を助けていただきありがとうございます」
だから、素直に彼に感謝の言葉を述べた。
「聖女サマにそう言ってもらえて光栄だよ。だが、この瘴気をどうにかしねぇことには何の意味もねぇな」
レイヴンが顎で窓の外を示す。
時間が経つごとに少しずつ瘴気が濃くなっているのが分かる。
「何か考えがあるのか?」
ユリウスがレイヴンに尋ねる。まだ警戒を完全に解いたわけではなさそうだ。
「ここには聖女一族が二人もいるだろうが。騎士が魔獣を抑えている間に、カタリナか聖女サマが死ぬ気で聖具を使えばそれで終わりだ」
レイヴンの言っていることは正しい。
ただし、レイヴンが見落としていることがある。見落としというよりは知らないことか。
「私の聖具は完成していません」
「わたくしは……広範囲の浄化をするほど力がないわ……」
リアナとカタリナの言葉に、レイヴンが頭を抱えてしまった。
「マジか……」
ふとイリスがリアナに尋ねる。
「リアナ様、ベルクランまで聖具を作りに行かれたのですよね?」
「はい。ですが、あと少しで完成というところで、ゲイルたちの計画を知ったのです。そちらを優先すべきかと思って、作りかけの聖具だけ持って、王都に帰ってきました。王都の職人に最後の仕上げをしてもらおうと思っていましたけれど……」
リアナの言葉を聞いて、レイヴンが顔を上げた。
「その辺の職人にゃ、聖具は作れねぇよ」
「そんな……」
「だが、良かったな。俺が仕上げてやる」
レイヴンが自信満々に己を指す。
この男は呪具職人だと自分で言った。姉を助けてくれたことには感謝しかないが、それで信用できるかどうかは別だ。
だが、呪具と聖具は本質的に同じものなので、レイヴンなら完成させられる。
「……分かりました。お願いします」
「待て、リアナ。その男は完全には信用できん」
それに待ったをかけるのはユリウスだ。最愛の妻を危険に晒したくない。
リアナがじっとユリウスを見つめて告げる。
「それしか手はありません、ユリウス様」
「そうだぜ、騎士サマ。騎士サマには別の仕事を頼むつもりだ」
挑発的な視線をユリウスに向けるレイヴン。それを正面から受け、ユリウスは先を促す。
「何をさせるつもりだ?」
「俺が聖具を仕上げている間、カタリナを守れ。で、カタリナは呪具を壊して回れ。聖女一族なら呪具の場所がある程度分かるだろ」
「つまり、リアナ様の聖具が完成するまでに、カタリナ様ができるだけ呪具を破壊して瘴気の増加を防ぐということですね」
イリスがレイヴンの言いたいことをまとめた。レイヴンが頷いたので、それで正解ということだ。
ユリウスがリアナに心配そうな視線を送る。
「ユリウス様、私なら平気です。王都を守るためですから」
リアナは笑ってみせた。
本当は不安でいっぱいだ。だが、王都を――ユリウスを守るためなら、不安など飲み込む。
「カタリナはそれでいいか? ここでお前の血を使うのはもったいねぇが、そうも言ってられねぇからな」
「……わたくしもやるわ。やらないと、リアナが……」
真っ青な顔のカタリナが声を震わせながらも、決意を口にした。
「皆様、どうかよろしくお願いいたします。反逆者たちから王都を守ってください」
最後にイリスが頭を下げた。
◆
その後、イリスは国王に事情を説明しに向かい、リアナはレイヴンと、カタリナはユリウスと行動を開始した。
別れ際、リアナはカタリナに声をかけた。
かつては優雅で自信に満ちた姉が身を小さくして震えていたのだ。心配にならないわけがない。
「お姉様、もしお辛いのでしたら、私がすべて――」
「ダメ! それは絶対にダメよ。わたくしはあなたに酷いことをしたけれど……あなたには死んでほしくないの」
リアナには、なぜここで「リアナの死」が出てくるのか理解できなかった。
「……私は死にに行くのではありませんよ」
「違うの……幻視が……王都が瘴気に包まれて、リアナが浄化のために命を捧げる幻視が見えたの」
似たようなことをリアナは経験したことがある。
厳密にはリアナではなく、ユリウスだが。彼はリアナとの口づけを契機に、一周目の世界の顛末を幻視した。
もしかして、それと同じようなことがカタリナにも起こったのだろうか。
「わたくしがしっかりしないと……」
「お姉様、ご無理はしないでください」
もし、カタリナの幻視が起こりうる未来だとしても、それを変えることができるはずだ。
実際に、リアナは一度「破滅の未来」を回避したのだから。
「おい、聖女サマ、行くぞ。さっさとしねぇと魔獣がどんどん増えるぜ」
「は、はい。今行きます。お姉様、後でまたお話ししましょう」
レイヴンに急かされて、イリスの私室を出る。
最後に見た姉の表情には、覚悟が見て取れた気がした。
呪具を破壊する任務を任された姉の負担は大きなものになるだろうが、きっと愛する夫が姉を守ってくれる。
リアナはリアナのすべきことをするだけだ。
そのためには彼女の聖具を完成させる必要がある。
リアナとレイヴンは聖具を加工できる工具がある工房へ急いだ。




