20 リアナ 9 姉妹の再会
ベルクラン工房の工房長が別れ際にゲイルの計画について教えてくれた。
王都の複数箇所で呪具を同時に発動して、魔獣による混乱を隠れ蓑に王族を暗殺するというものらしい。
その話の中で、「初代聖女」という言葉が出てきたが、詳しくは王族に聞くように言われた。
その後、マーサと合流して早馬で王都に急行した。
ベルクランに来たときは馬車だったので、荷物がそれなりに多い。荷物の内容は食糧や衣類がほとんどで、そんなものよりも王都に行くことが優先された。
ユリウスが早馬を手配している間に、マーサは持ってきていた荷物を売った。必要な物は王都で買い足せばいいとの判断だ。
そうして馬を休憩させながら、王都に向かったのだった。
王都の空気は、地面から滲み出る瘴気が少し溜まっているものの、黒斑病が発生するほどではない。
ゲイルたちは大量の呪具を載せた馬車で王都に来ているので、先回りができたようだ。
そのことに安堵したが、安心できるものではない。問題が解決したわけではないのだ。
王都入りしてすぐに王宮を目指す。
少しでも早く国王に事態の説明をする必要がある。
いくら聖女といえど、簡単に国王に謁見できるものではない。幾分敷居が低いイリスに説明して、彼女から国王に伝えてもらうのがいいだろう。
そう判断したリアナはイリスの私室に向かった。やけに騎士が多い気がする。
その途中で騎士団長ヴァルド=グライムに会うことができた。
先に彼に教えておけば、騎士の配置がスムーズに行くはずだ。
「ヴァルド様、少し良いでしょうか」
弾んだ息を整えながら、声をかける。
ヴァルドはヴァルドで忙しそうにしていた。
「何でしょうか、聖女様。現在、王宮に賊が侵入して忙しいのです」
聞けば、文官と侍女の服を奪い取った賊が王宮内にいるらしい。騎士の威信にも関わる重要な案件であることは分かる。
「それで騎士の方が多いのですね。ですが、それと同じくらい……いえ、もっと重要かもしれません」
「……伺いましょう」
カタリナが聖女をしていた頃は、リアナの話など聞く耳も持たなかったヴァルドだったが、今ではちゃんと耳を傾けてくれる。
「一部の呪具職人が王国の転覆を画策しています」
「なん、だと……?」
あまりの情報の重さに、ヴァルドは敬語を忘れていた。
「いや、失礼。それは真ですか?」
リアナは真剣な表情で頷いた。ユリウスが補足をする。
「ベルクランで隠し持っていた大量の呪具を王都に運んでいるという情報を得ています。ヴァルド団長、取り急ぎ王都全域の警戒態勢をお願いします」
まだヴァルドは半信半疑といった様子だ。それでも首を縦に振ってくれた。
前回、王都が瘴気に包まれた時の英雄でもある二人のことを信じたのだ。
「イリス王女殿下を通じて、国王陛下にも進言するつもりです」
「分かった。急げ、ユリウス。こちらも万が一に備えて騎士の配置を再考しておく」
ヴァルドはリアナに対して敬礼をしてから、踵を返した。
「イリス様のもとに」
「ああ、急ごう」
リアナはカタリナほど頻繁に王宮に立ち入っていたわけではないが、主要な部屋は覚えている。最短の経路でイリスの私室に向かった。
息を切らしたまま、扉をノックすると少し間があって返事が返ってきた。
「どうぞ」
イリスの声だが、緊張が滲んでいる。
既に呪具職人の話が伝わっているのかとも思ったが、それにしては早過ぎる。何か別の問題が起こっているのだろうか。
「失礼します」
中に入ると、イリスが一人で立っていた。どこか不自然な印象を受ける。
「ど、どうされたのですか、リアナ様?」
「国王陛下にお伝え――」
「リアナ、待て」
イリスに事情を説明しようとしたところで、ユリウスが遮った。何かを警戒しているようだ。彼はイリスに問う。
「イリス殿下、誰かが部屋にいませんか? もしかして脅されていたり?」
リアナにはまったく分からなかったが、ユリウスは何者かの気配を感じ取ったらしい。
「ユリウス、そのようなことはありませんわ」
「俺は騎士です。信じてください」
イリスの目が泳いだ。
「ヴァルド団長が言っていた賊ですね」
「ちっ、勘のいい奴だ!」
ソファの陰から褐色肌の男が飛び出て、リアナに手を伸ばす。人質にするつもりだ。
「やはりいたか」
だが、ユリウスの方が早い。男の手を掴むと勢いに任せて床に組み伏せた。
「ぐっ……だが、甘い!」
男が反対の手で腰に差している短剣を取ろうとして、
「お前がな」
ユリウスがその短剣を先に抜いて、壁際まで投げた。リアナにはその短剣が呪具であることが一目で分かり、戦慄した。
ゲイルの手下が既に王宮内に入っていたのかと疑ったが、男の顔に見覚えがある。
「ゲイルの手下か?」
「あ? 誰がクソ野郎の手下だと? 痛ぇな、離せよ!」
「賊を捕らえるのも騎士の仕事だ。リアナ、すまないが別の騎士を連れてきてくれないか?」
褐色の肌に鋭い目つき。
リアナは記憶を辿り、ようやく思い出す。
「レイヴン、でしたか?」
「……なんで俺の名前を知ってやがる?」
ベルクランでカタリナの手を引いて逃げていった男だ。
リアナはレイヴンの質問には答えず、問い詰める。
「お姉様をどうしたのですか? 貴方が修道院から連れ出したのですか? 今、お姉様はどこにいらっしゃるのですか?」
「お前、聖女か。カタリナなら――ぐぁ……」
ユリウスが関節を極めている腕に力を込める。
「リアナ、騎士に引き渡してから聞き出せばいいことだ」
「そうですね。すぐにお呼びしてきます」
律儀にイリスに一礼してから、部屋を出ようとしたところで、別の声がかかった。
「待って、リアナ」
聞き覚えのある声の主を振り返る。
柱の陰から現れたのは、青銀の長い髪に整った顔立ちの美女だ。覚えている姿よりも痩せてしまっているが、確かに姉カタリナだった。
「お姉様……!」
姉の表情は曇っている。リアナと視線を合わせようとしない。
「リアナ、ごめんなさい。これには事情があって――きゃっ」
リアナがカタリナに駆け寄り、抱きついた。
「お姉様! 心配したのですよ!」
極寒の修道院まで探しに行き、ベルクランですれ違ったことを思い出す。
レイヴンに何かされたのではないかと不安だったが、目の前の姉は痩せた以外は無事なようで安心した。
「あなたもイリス王女殿下も、どうしてこんなわたくしなんかを……」
カタリナは震える声で続ける。
「あなたを何度も貶めて、苦しめてきたわたくしを姉と呼ぶ必要はないわ」
「何があってもお姉様はお姉様ですから」
「……なぜ、そんなことが言えるの? わたくしのことを怒っていないの?」
リアナがすっとカタリナから離れる。
「怒っているに決まっています」
「そう、よね……分かっているわ。わたくしは取り返しのつかないことをしたのだから、今さら許してほしいだなんて思わないわ」
しかし、リアナは首を左右に振った。
「私が許せないのは、お姉様が私の手紙を無視したことです」
イリスもうんうんと頷いている。
「それは……」
「あー、姉妹の感動の再会のところ、悪いんだが」
不意にレイヴンの声が割って入った。
「そんなことをしている暇はねぇぞ」
「どういうことだ?」
彼を押さえ込んでいるユリウスが問う。
「その前に離せよ」
「逃げるつもりだろう?」
「ったく、これだから何も知らねぇ奴は呑気で羨ましいぜ――痛ぇな、くそが!」
レイヴンの額に脂汗が滲んでいる。
「ユリウス、彼を離してください。わたくしに話があって、王宮に忍び込んだようなのです」
「ですが、殿下」
「お願いします」
イリスにそこまで言われれば、ユリウスも従うしかない。
腕の力を緩めて、レイヴンを解放する。もちろん、警戒は怠らない。
一方のレイヴンもユリウスを睨みこそすれ、逃げたり別の誰かに襲いかかったりする素振りを見せない。
「レイヴンとやら、わたくしに話すことがあるのでしょう?」
イリスの問いかけに、レイヴンは極められていた方の腕をぐるぐると回してから質問で返した。
「初代聖女の遺体はどこだ? 王族なら、お前らの罪も知っているはずだ」
「……何のことですか?」
イリスがきょとんとする。レイヴンが何を言っているのかまったく分かっていないようだ。
「その顔はマジか」
「初代聖女の遺体ってどういうこと?」
カタリナがレイヴンに詰め寄る。
「ちっ、そこから説明がいるのかよ」
リアナにも彼が何を言っているのか理解できない。
だが、彼しか知らない何かしらの事実があるようだ。
「いいか、王族の奴らは初代聖女を――」
レイヴンが説明を始めたところで、窓の外が突如として赤紫に染まった。
瘴気が王都中で発生したのだ。
リアナはすぐに理解する。
ゲイルとその手下が王都の各所で呪具を発動したのだと。




