19 カタリナ 11 王都潜入
カタリナとレイヴンは王都に潜入している。
元聖女の青銀の髪と美貌は目立つので、布で髪を隠して顔には泥を塗った。
さらに騎士が警備している門からではなく、隠された通路から侵入した。
「なぜあなたがこんな通路を知っているの?」
「内部に知り合いがいるだけだ。これからそいつに合流する」
数か月振りに戻ってきた王都は、以前と何も変わりがない。カタリナのせいで魔獣に襲われた跡も、今ではきれいに修復されている。
そのことにほっと胸を撫で下ろす反面、自分自身の罪と向き合わなければならない思いが浮かぶ。
巡回の騎士を避けるように進む。
やがて貧民街に到着した。汗と汚物と泥が混ざったすえた臭いが鼻をつく。
以前なら表情を歪めただろうカタリナは、北の修道院での経験からこれくらいはなんともない。病が蔓延する、もっと酷い環境に行ったこともある。聖女一族の力では癒やすことができない、瘴気とは無関係の病だ。
レイヴンも特に気にする様子もなく、入り組んだ道を進んで一見のあばら家に到着した。
「いるか、ニコ?」
外から声をかけると、まだ幼い女の子が出てきた。
「お兄ちゃん、久しぶり!」
レイヴンは女の子と視線の高さを合わせ、彼女の頭を撫でる。
「久しぶりだな。ニコ――お前の親父はいるか?」
「うん。ちょっと待ってて! お父さーん! お客さんだよ!」
ややあって出てきたのは、細身で小柄な男だ。さっきの女の子もそうだったが、ボロの布を纏っている。
ニコと呼ばれた男はカタリナの顔を見るなり、睨むような目つきになった。
「おい、レイヴン。久しぶりに面を見せたと思ったら、なんて奴を連れてるんだ」
ニコは貧民街の住民だが、王都民でもある。元聖女の顔を知らないわけがない。
そして、彼女が何をしでかして、何をしなかったのかも王都では誰もが知っていることだ。
「落ち着けよ、ニコ」
「俺は落ち着いている。だが、そいつは王都全体を危険に晒したんだ。また同じことをするかもしれねぇだろう」
カタリナの胸がズキンと痛む。ニコの言っていることは概ね正しい。
違うのは同じ過ちを繰り返す気がないということだけだが、彼女の言葉は信用に値しないだろう。
「そう言うな。カタリナは心を入れ替えたんだよ。俺は信じることにしたんだ」
レイヴンがカタリナに顔を向け、ふっと表情を和らげた。
狡いと思う。唐突に見せる彼の優しさは、後悔と贖罪の念でいっぱいになっているカタリナの心に沁みる。
「だが――」
「ニコ、お前だってスリはやめたんだろ? 現聖女とその旦那の影響だったはずだ。最底辺のクズだったお前が変われたんだ」
「おいてめぇ、誰が最底辺のクズだ」
ニコがレイヴンの胸倉を掴む。だが、レイヴンはどこ吹く風だ。
「まあ別にお前がカタリナを信じるかどうかはこの際どうでもいい。王宮への侵入経路を知りたい」
レイヴンはニコの手を払い除け、襟を整えた。ニコも本気で怒ったわけではないようで、レイヴンとの会話うぃ続ける。
「どっかの誰かが宝物殿に侵入したせいで、王宮の警備は厳重だぜ?」
「困った奴がいたものだ」
肩を竦めるレイヴン。彼がカタリナの聖具を盗み出した時のことだ。
「……教えてもいいが、タダとはいかねぇな」
「仕方ねぇな。王都の平和をプレゼントしてやるよ」
冗談めかして言うレイヴンに、ニコのこめかみがぴくりと動いた。
「ふざけてんのか?」
「ふざけちゃいねぇが……ま、前金はやろう」
レイヴンが荷物の中から銀貨を一枚取り出し、ニコに向かって指で弾いた。
空中の銀貨をパシッと受け取ったニコが溜め息をついてから、王宮の警備体制について話す。
「お前の情報収集能力だけは本物だな。助かるぜ。んじゃ、ちょいと王宮にお邪魔しに行くか」
「絶対に俺の名前を出すなよ」
「安心しろって。俺が捕まるわけねぇだろうが」
軽口を叩き合う二人だが、仲は悪くないのかもしれない。
カタリナは二人の関係を少しだけ羨ましいと思った。以前の自分にとって、他人は利用するためのものだったのだ。親友だと言っていたイリスでさえ、利用していたのだから。
「突っ立ってないで行くぞ、カタリナ」
「え、ええ……」
肩をポンと叩かれ、慌ててレイヴンについていく。
◆
どこで仕入れている情報なのか不明だが、ニコが話した騎士の警備体制はことごとく正しかった。
ゆえに、警備が手薄になる場所と時間帯を狙って王宮内に侵入するのは難しくなかった。
聖女だった頃は自由に出入りしていた王宮に、こうして忍び込むことになるとは夢にも思っていなかった。
「レイヴン、そろそろわたくしに何をさせたいのか教えてくれてもいいんじゃないの?」
身を潜めて進みながら、レイヴンに尋ねてみる。
彼はしばらくの間、じっとカタリナを見つめてから口を開いた。
「王家が隠していることを暴くんだよ」
「王家の秘密?」
「しっ」
咄嗟に物陰に隠れる。目の前を通り過ぎたのは文官と侍女だ。
幸いこちらには気づいていない。
レイヴンが小さく口角を上げた。
「はっ、ちょうどいい」
「な、何をするつもり?」
カタリナの制止は間に合わず、レイヴンは文官と侍女に襲いかかった。
「ぐ……」
「え? あ……」
声を上げる暇も与えずに、レイヴンは二人を気絶させた。
カタリナは悲鳴を飲みこんで周囲を見渡す。他には誰もおらず、安堵する。いや、安堵してよいものなのだろうか。
「レイヴン、なんてことを……」
そんなことをしている間にレイヴンはテキパキと文官と侍女の服を剥ぎ取っていた。そして、侍女が着ていた物をカタリナに投げて寄こす。
「着替えろ。これで少し動きやすくなる」
どうするべきか迷いが生じる。
着替えたら、犯罪になるのではないかという疑問が湧いた。
だが、王宮に忍び込んだ時点で犯罪者だ。そうでなくても、田舎町でお遭遇した騎士レオナが「カタリナが魔獣を使って町を襲っていた」と報告したかもしれない。
「早くしろ」
「わ、分かったわ……少し、あちらを向いていて」
ボロボロになっている修道服を脱いで下着だけになる。恥ずかしくて死にそうだが、なんとか侍女の服を纏った。
「もういいわ」
気絶している文官と侍女を物陰に隠していたレイヴンが振り返る。カタリナを見て、ニヤリと笑った。
「似合うじゃねぇか」
「……そう。行きましょう」
こんな状況で、相手が粗野な男だというのに、「似合う」と言われて少し嬉しく思ってしまった。
きっと吊り橋効果というやつだと、カタリナは結論づける。
「それで、王家の秘密っていうのは何なの?」
照れ隠しも兼ねて話題を元に戻した。
「瘴気にも関わることだ。俺たち呪具職人や聖具職人に伝わってる話がある」
話しながらも、レイヴンはそれとなく周囲を警戒している。怪しい動きにならないように注意しているのが分かる。
この男はこういうことに慣れているのだろう。
「お前の一族にも関係のあることだが……王族に聞くのが手っ取り早い」
「それでイリス様の部屋に向かっているのね」
レイヴンから目的地を聞いたわけではないが、そんな気がしていた。レイヴンが進む廊下は、よく知っているものだったのだ。
やがてイリスの私室の前に到着した。
王女が中にいるかどうかは分からない。
カタリナがノックをしようとして――
バンッとレイヴンが勢いよく扉を開けた。
「だ、誰ですか!?」
幸いにしてイリスは私室にいたが、ひどく驚いた顔をしている。ノックもせずに扉を開けるなど、失礼極まりない。
中に入ってさっと扉を閉めると、カタリナはイリスに頭を下げた。
「イリス王女殿下……申し訳ございません」
「カタ、リナ様……? 良かったですわ。生きておられたのですね……そちらの方は?」
イリスが訝しげな視線をレイヴンに向ける。
「どうも初めまして、王女サマ」
慇懃な態度で礼を取るレイヴン。
「貴方は何者ですか? なぜカタリナ様を連れているのです? まさか、カタリナ様からの返信がなかったのは、貴方が彼女に何かしていたのではないですか?」
「キャンキャンうるせぇな」
「レイヴン、王女殿下になんて口を……申し訳ございません、イリス王女殿下。どうか話を聞いていただけませんか?」
カタリナは慌ててレイヴンを黙らせる。そして、これまでの経緯をイリスに話した。
イリスがレイヴンに向き、一応礼を述べる。
「カタリナ様を救っていただきありがとうございました」
「俺の目的のために必要だっただけだ」
「……それで、わたくしに何か聞きたいことがあるのですよね?」
イリスの問いに、レイヴンは口角を軽く上げて答えようと口を開きかけたときだった。
コンコン、と。
扉がノックされる音が響いた。




