18 リアナ 8 聖具と呪具
ベルクランに留まったリアナとユリウスはカタリナが何をしていたか探っていた。
姉と一緒にいた褐色肌の男――レイヴンが呪具を使う前、鉱山に開いた穴から姉たちが出てきたのを、リアナは目撃した。
カタリナが隠れていたのか、捕らえられていたのかは分からないが、鉱山の中にいたことだけは確かだ。
なので、数日前からユリウスが鉱山への入坑許可を申請しているのだが、爆発がどうとかで許可が下りない。
「何か隠しているかもしれないな」
ユリウスがぽつりと呟く。リアナも同意見だ。
「……見られて困るものでもあるのでしょうか」
考えても答えは出ない。
もう一つの目的のために、ベルクラン工房に行くことにする。リアナの新しい聖具作製の進捗を確認するためだ。
昨日の時点で彼女の血が混じった金属塊は円盤状に加工されていた。そこから、表面に溝を彫る作業があるらしい。
緻密で複雑な模様は彫るのに時間がかかる。まだ完成には程遠いだろうが、現在どんな状態なのか気になる。
工房に向かう途中で、何人もの男が布に包んだものを運んでいるのを見かけた。
荷物はいくつもあり、せっせと馬車に載せている。
あの細長い荷物を運んでいるのは、あれやこれやと理由をつけて鉱山に入るのを止めていた男だ。
ずっと鉱山の入り口でリアナたちだけでなく、他の人も入れないよう見張っていたはずだ。
リアナはなんとなく嫌な予感がしたが、聖具の確認を優先した。
工房に着いたリアナは、そこで働く者とすっかり顔馴染みになっており、すぐに工房長のもとに案内された。
少し前までは金属塊を加工するために、火が入った炉のある部屋で非常に暑かった。
だが、その工程は済んだので、少しだけ涼しい部屋に工房長はいた。暑さの代わりに金属を削る甲高い音が響いている。
工房長はリアナたちに気づくと手を止めた。同時に音も鳴りやむ。
「急かしているみたいで、申し訳ございません」
連日通っているのでそう思われても仕方ないが、工房長は否定した。
「構わねぇよ。滅多にねぇ仕事だから、俺も楽しくやらせてもらってる」
そう言って、作りかけの聖具を見せてくれた。話し合いで決めた模様と同じ溝が刻まれている。
完成まではもう少しかかりそうだ。
「ありがとうございます。ですが、あまり根を詰めないでくださいね」
工房長の目の下には隈ができている。リアナの聖具を作るために睡眠時間を削っているのだろう。
王都の地面から滲み出てくる瘴気は、今もなお溜まっていっているので、なるべく早く聖具を手に入れたいのは本当のことだ。しかし、そのせいで他の人が体調を壊すのは本意ではない。
王都に影響が出るほど瘴気が溜まるにはまだ猶予がある。
「ああ……そうだな」
リアナの言葉を受け、工房長はこめかみをぐりぐりと揉んで伸びをした。
彼はふぅ、と息を吐いてから話題を変える。
「あんたら、鉱山に入りたがっていたが、入れたのか?」
「それがまだ……」
「なんだかんだと理由をつけて邪魔をされている感じだ」
リアナが視線を落とし、ユリウスは肩を竦めた。そんな二人を見て、工房長が提案する。
「気分転換に俺が連れていってやる」
「いいのですか?」
「俺は鉱山の管理者の一人だからな。邪魔する奴はぶん殴ってやるよ」
乱暴だが心強い言葉とともに、工房長が立ち上がる。
「ユリウス様、やっと調べられますね」
「何が出てくるか楽しみだ」
まったく楽しくなさそうな声音で、ユリウスは言った。
◆
鉱山に入るのに一悶着あると思っていたのに、すんなりと入ることができた。
工房長が話をつけたわけではない。
見張りがいなかったのだ。
そのことを不審に思いつつも、土の匂いが充満する坑道を進む。入り組んだ坑道は迷路のようで、道を把握している工房長のおかげで迷わずにすんだ。
ところどころに小部屋が作られている。道具を保管したり採掘した鉱石を一時的に置いたりする部屋だ。
まずは、カタリナたちが飛び出てきた穴のある小部屋に来た。
床や壁に焦げた跡がある。
「火薬を使ったみたいだな」
「レイヴンという男の人でしょうか。お姉様が火薬を使えるとは思えません」
ここではこれ以上分かることは何もなかった。
歩きながら工房長が口を開く。
「俺以外の管理者が坑道の中に工房を持っている。見に行ってみるか? ろくでもねぇ奴だから、あんたらが探している奴の手がかりはあるかもしれねぇぜ」
「お願いします」
「ついてきな」
さっき通ったところと同じような場所を歩いていく。
三人の足音だけが坑道内に響いていたが、やがて目的の場所に到着した。
「あん? ゲイルの奴、いねぇのか。まあいい。勝手に入るぞ」
そこはなんとも不気味な部屋だった。
工房というから、ベルクラン工房のような鍛冶をする場所を想像していた。しかし、この部屋には炉すらない。
ただ、ノコギリや万力などの工具だけが台の上に並んでいる。天井から滑車を通してぶら下がっているのは、拘束するための手枷だ。
「これは血の跡か?」
ユリウスが手枷を見ている。リアナも見てみると、既に乾ききっているが確かに血のようだ。小さな肉片も付着している。
思わず息を呑んだ。
血や肉片が恐ろしかったのではない。もしかすると、ここに姉が捕らわれていたのではないかと思ったのだ。
この血と肉片は姉のものかもしれない。
「ユリウス様……」
「一体ここで何があったんだ?」
ふと見ると、顎に手を当てて工房内を見ていた工房長の額に汗が滲んでいる。
「ゲイルの奴……まさかな」
「何か思い当たることでもあるのか?」
ユリウスの問いに、工房長は頷いた。
「あんたら、呪具の作り方を知ってるか?」
リアナとユリウスは二人して、首を横に振る。
「聖具の作り方は前に教えた通りだ」
「……聖女一族の血や肉を加工するのですよね。実際に作ってもらっている私の聖具には、私の血が使われていますし」
「そうだ。実は呪具も同じだ。聖具と違うのは、聖女一族を精神的にも肉体的にも苦しめて、恨みや絶望を抱かせた状態で素材にする点だ」
リアナは絶句した。ユリウスも眉間に皺を寄せている。
要するに、聖具と呪具は本質的には同じものということだ。
そして、ここに捕らえられていたであろうカタリナは――
そこまで考えて、リアナは吐き気を催した。ゲイルという人物は、姉を呪具にするつもりだったのではないだろうか。
「リアナ、深呼吸だ」
ユリウスに言われて、呼吸が浅く速くなっていたことに気づいた。彼はリアナの背中をさすりながら、安心させるように言う。
「君はカタリナが逃げるのを見ただろう? 彼女が何かされたのか、あるいは何かをしようとしたのかはまだ分からないが、少なくとも生きていることは間違いない」
「そう、ですね……」
少し落ち着いてきた。
よく考えると、レイヴンという男に守られているようにも見えた。過度に心配する必要はないかもしれない。
レイヴンはレイヴンで、町中で平然と呪具を発動するような危険な人物ではあるが。
「気になることがある。ついてこい」
工房長に言われるがまま、工房を後にしてついていった先は、何もない小部屋だった。
正確には棚があるだけで、そこに収められるべきものが一つもない。
「ここには何があったのですか?」
「……呪具だ。それも結構な数のな」
「え……?」
呪具は王宮の宝物殿で管理されているはずだ。もちろん、全ての呪具を集めることなど困難を極めるが、発見された呪具は宝物殿で保管されることになる。
大量の呪具がここにあったなど、にわかには信じがたいが、工房長が嘘をついているようには見えない。
何より、問題はそれだけの呪具が忽然と消えていることだ。
「ゲイルの奴が前に『王都を転覆してやる』と言っていたことがある。まさか、本当に……?」
工房長の言葉には焦燥が滲む。
大量の呪具があれば、王都を混乱に陥れることは容易だ。
工房長が坑道の出口に向かって走り出し、リアナとユリウスも彼を追いかける。
交差点や三叉路を右に、左に曲がりながら、外に出る。
ベルクランの町はいつも通り喧騒に包まれているが、どこか緊迫感を孕んでいる。
嫌な予感が膨らむ。
ベルクラン工房に行く前に見た、馬車に積まれていた、布に包まれた物品。あれは、呪具だったのではないだろうか。
ゲイルという男が王都を――王国を転覆させようとしているなら、止めなければならない。
聖具が完成するのを待っていたら、壊滅した王都を見ることになるかもしれない。
幸い、聖具はもう少しで完成だ。図面の通りに溝を彫るだけなら、王都の熟練の職人なら可能だろう。
ベルクラン工房に戻ったリアナは工房長に頭を下げた。
「工房長様……」
「……しゃあねぇな。俺が最後まで作りたかったが、急ぐんだろ?」
頭をガリガリとかいた工房長は作りかけの聖具をリアナに渡した。
彼女はもう一度工房長に頭を下げ、ユリウスに視線を向ける。
「王都に帰りましょう」
「ああ」
カタリナのことは気がかりだが、王都を守らないといけない。呪具が使われるのなら、聖女の力が必ず必要になる。
ただ、王都に行けば姉に会えるのではないかという予感があった。




