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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第二章

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15 カタリナ 8 再びの呪具

 小屋の外には何人ものゲイルの手下がいるとレイヴンは言ったが、カタリナには分からない。

 だが、彼が嘘をつくとも思えない。


「どうするの?」


 レイヴン一人なら逃げられるだろうが、体力のないカタリナはお荷物になる。彼女を何かに利用しようとしているので、レイヴンだけが逃げるなんてことはないだろうが。


「逃げるに決まってんだろうが」


 戦うという選択肢はないらしい。相手が一人なら不意打ちで殴り飛ばすことはできても、大勢を相手に立ち回ることはできない。

 それに戦うとしても大した武器を持っていない。

 昨夜、枝を尖らせるのに使った肉厚のナイフの他には、短剣型の呪具しかないのだ。


 そこでカタリナはハッとした。


「まさか……また、呪具を使う気なの?」


 ベルクランで鷲のような魔獣が人々を襲っていたことを思い出す。あれはレイヴンが呪具を使ったせいで生じた。

 あれと同じことをこの田舎町でしようとしているのか。


 顔から血の気が引く。


「だからどうした? 逃げるのが最優先っつったろ?」


 瘴気による被害などどうでもいいかのようにレイヴンは吐き捨てた。


「また魔獣が出たら……それに、ここの人たちが黒斑病になるかもしれないわ」


 レイヴンはこの小屋の庭に生えていた草が瘴気を抑える薬草だと言った。

 伸び放題ではあったが、町に黒斑病が広がってしまえば、とても治療に足りるものではないだろう。聖女一族の血と聖具が必要になるのは間違いない。


「それをお前が言うのか? 王都の下町で呪具を使ったお前が」


 レイヴンは冷たい視線をカタリナに向ける。


「で、でも……わたくしはもう、同じ過ちは……」

「じゃあ他に打開策はあるのか? あいつらを説得するか? あいつらがお前の話を聞いてくれればいいな」


 それが叶わないことは、カタリナ自身が知っている。話が通じるのであれば、ゲイルの工房でもっと話ができたはずだ。


「……」


 代案を提案することができず、カタリナは唇を噛む。


「王都が瘴気まみれになるよりは、この小せぇ町が汚染される方がマシだろ」


 レイヴンの言い方が少し気になった。

 カタリナがしでかした過ちのことではなく、これから起こることを話しているように聞こえた。

 もしかすると、レイヴンが言っていた「大義」というのに関係があるのだろうか。


 思考を巡らせている間に、彼は呪具を右手に持って足音も立てずにドアに忍び寄る。


 次の瞬間――


 レイヴンがドアを思い切り蹴破った。錆びていた蝶番はあっさりと破壊され、ドアが吹き飛んだ。

 向こう側にいたゲイルの手下の一人を巻き込んで。


 それとほぼ同時に、他の手下が窓を破って侵入してきた。


「三人か……いや、蹴り飛ばした奴を入れて四人だな。おい、ずらかるぞ!」


 レイヴンがカタリナの腕を引っ張って壊れたドアから外に飛び出る。

 その直前に呪具を発動させた。


 一瞬で小屋が瘴気に満たされる。玄関や割られた窓から赤紫の瘴気があふれてくる。


「この程度の目くらましで逃げられると思うな!」


 だが、ゲイルの手下はすぐにカタリナたちを追って小屋から出てきた。


「ちっ、しつこい奴らだな」


 三人の男はじりじりと迫ってくる。それぞれの手には剣や斧が握られていた。捕縛対象のカタリナに傷ができるのも厭わないようだ。

 彼女が生きてさえいればいいのだろう。


「観念してゲイルのところに戻れ。そうすれば痛い目を見ずに済むぜ?」


 追っ手の一人がカタリナに話しかけた。

 もちろん、その提案を受けることはできない。この場で痛くなかろうと、その先に続く「破滅の未来」という顛末を幻視した。


「い、嫌よ!」

「なら仕方ねぇ。お前ら、レイヴンを押さえとけ」


 指示を出された男たちが頷く。

 相手は三人……いや、ドアごと吹き飛ばされた男が立ち上がったので、四人。こちらの戦力はレイヴンだけだ。

 多勢に無勢。

 カタリナが捕まるのは時間の問題だろう。


「や、やめて……」


 声が震える。彼女の視線は追っ手の男――ではなく、その背後に向いている。

 瘴気に満ちた小屋の中にいてはいけないものがいた。


「シャーーー!」


 ドゴン! と小屋の壁を突き破って、出てきたのは蛇型の魔獣だった。

 その勢いのまま、近くにいたゲイルの手下の一人に食らいつく。彼は声一つ発せずに丸飲みにされた。


 カタリナに手を伸ばしていた男もぴたりと止まって蛇型魔獣に振り向いた。

 その隙に、レイヴンがカタリナを連れて逃げる。


 否、逃げようとした。


 蛇型魔獣は近くにいる男たちではなく、カタリナに向かって突進してきたのだ。


「くそ、腐っても元聖女ってことか」


 カタリナは知る由もないが、ベルクランで鷲型魔獣はリアナを狙った。目の前の蛇型魔獣も同じだ。聖女一族の血に反応している。

 レイヴンの「腐っても」という言葉は余計だと感じ、あながち間違ってないと考え直した。


「おい、呆けてる場合じゃねぇぞ」

「え、ええ……」


 レイヴンに引っ張られるまま、彼についていく。

 魔獣が追ってきづらいように、小屋や周囲に生えている木を障害物にして逃げ回る。


「ついでだ。あいつらに退場してもらおうか」


 レイヴンはうまく魔獣を誘導して、ゲイルの手下に押しつけた。

 さらにいまだ濃密な瘴気が漂う小屋の中に入り、身を潜める。魔獣は濃すぎる瘴気によってカタリナの血を見失ったようだ。

 瘴気を癒やす聖女一族の血が、瘴気によって覆い隠されるとは皮肉な話だ。


「うわああぁぁぁ!」

「やめろ! 来るな!」


 外からはゲイルの手下の悲鳴が聞こえてくる。

 カタリナを見失った蛇型魔獣は標的を彼らに変えたらしい。


 しばらく戦っていたようだが、やがて静かになった。


「はっ、いい感じにやってくれたな」

「な、何を悠長なことを言ってるの? あの魔獣が町の人たちのほうに行ったら……」


 被害は尋常ではないだろう。

 しかし、聖具のないカタリナにできることなどない。小屋から出れば、再び蛇型魔獣はカタリナを追ってくるだろうが、魔獣が消えるまで囮として逃げることは不可能だ。


「さっきも言ったが、王都が被害に遭うよりはマシだろ? あいつが住民を襲い出したタイミングでここを離れるぞ」


 レイヴンの血も涙もない言葉に、カタリナは身を固くする。

 以前の自分ならその選択肢を取っただろう。だが、今の自分は変わったと信じたい。

 本当に聖具がないと何もできないのか?

 イリスからの手紙に、瘴気に侵されたユリウスをリアナが聖具なしで癒やしたという話が書いてあったことを思い出す。


 だったら、自分の血を直接魔獣にかけるだけでも効果があるのではないか?

 少しで足りなければ、もっとたくさん血を流せばいい。


「わたくしが魔獣を――きゃっ」


 倒す、と言おうとして、ズンと小屋全体に衝撃が走った。

 蛇型魔獣が町の住民ではなく、小屋に体当たりをしてきたのだ。姿が見えないカタリナが小屋に隠れていると判断する知能があった。


 もう一度、さらにもう一度。

 衝撃が走るたびに、ミシミシと嫌な音が小屋から聞こえてくる。


「やべぇな、圧し潰されても困る。出るぞ!」


 蛇が体当たりをしているのと反対側から飛び出る。

 そして、さらにもう一度衝撃が走り、ついに小屋が倒壊した。リアナの思い出の場所がカタリナのせいで壊された。


 小屋に溜まっていた瘴気が田舎町に広がる。

 もくもくと舞い上がる土煙の中から、鎌首をもたげた蛇型魔獣が姿を現す。


 その瞳は、カタリナを捉えていた。

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