14 カタリナ 7 リアナの痕跡
河原での一夜が明け、早急にその場を後にする。
ゲイルの手下たちが現れたらどうしようという不安があり、また屋外という慣れない環境で、深い眠りなど取ることはできなかった。
だが、レイヴンはこういう環境にも慣れているのか、朝から元気なものである。
カタリナが横になっている間も、見張りをしていたようだ。
彼女を守る意志はあるようだが、それも全ては彼女を利用するためだと分かっている。相変わらず何を企んでいるのかは教えてくれないが。
そして今、レイヴンが駆る馬に乗って王都に向かっている。
彼にしがみつきながら、時折背後を振り返る。追っ手がいないことは分かっているのに、後ろに誰もいないことを確認するたびに安堵した。
陽が高くなり始めたところで、一旦昼食休憩を取って昨夜の焼き魚の残りを食べる。
食べ終わるとすぐに出発だ。
会話という会話もなくひたすら馬を走らせて辿り着いたのは、小さな町だった。
まだ陽は落ちていないが、これ以上進むと今晩も野営になる。
「俺は構わんが、お前に倒れられたら困るからな」
レイヴンがカタリナの顔色を見て、そう告げた。
修道院からベルクランに連れ去られた時から、心が休まる時がなかった。馬車には慣れていても乗馬は不慣れなので、体力的にもきつい。
「ありがとう、レイヴン」
緊張も焦燥も解けないが、しっかりと休めるのはありがたい。
「お前のためじゃねぇよ。つーか、お前、噂で聞いた性格と違うな」
レイヴンはカタリナの感謝を拒否しつつも、興味深そうに彼女を見る。
噂で聞いた性格……あまりよくないものであることは、カタリナも知っている。
王都が瘴気に包まれた時に、聖女という立場にありながら保身に走り、あろうことか妹に対し「死ね」とまで口走ったのだ。
騎士に「妹を殺せ」と命じてもいた。
思い出すたびに、自己嫌悪に陥る。それでも忘れたことはない。
王族であるイリスが吹聴することはないと思うが、そばにいた騎士が口を滑らせることは想像に難くない。
「……いいえ。わたくしは自分のことしか考えられない愚か者のままよ」
リアナが再び命を賭ける「破滅の未来」を防ぎたいと思っていても、結局は自分が助かりたいから妹をダシに使っているだけなのではないか。そんな考えが頭から離れない。
人は簡単には変われない。カタリナは変わろうとしてきたが、変われたか分からない。
「そうか。ま、どうでもいいがな。ちょっと待ってろ。宿がないか、聞いてくる」
レイヴンは町民に話を聞きに行った。まだ明るいので、町民も出歩いている。
待っている間、カタリナは周囲を見渡した。
これといって何もない簡素な田舎町。
畑で野菜を育てたり鶏や牛を飼育していたりする、のどかな風景があるだけだ。広くない町で、人々は自給自足で暮らしている。
すぐにレイヴンは戻ってきた。
「宿はねぇが、使っていい小屋があるそうだ。何か月か前には流れの薬師が住んでいたらしいが、いつの間にかいなくなったんだとよ」
ついでに、馬は厩で預かってもらうよう話をつけたらしい。
厩に連れていかれた馬は、飼い葉を与えられて食べ始める。ちなみに、昨夜や休憩中には雑草を食べていた。
「こっちだ。行くぞ」
レイヴンが先導して使っていいと言われた小屋に向かう。
狭い町なので、すぐに到着した。小さな小屋で、庭のような場所もある。「庭のような」というのも、草が伸び放題で足の踏み場がないのだ。
数か月も放置されれば、雑草が生い茂っても仕方がない。
カタリナはそう思ったのだが、レイヴンの反応は違った。
「少し伸びすぎちゃいるが、使えそうだな」
「使えそう?」
彼女にはとても何かに使えるものには見えないので、聞き返すとレイヴンが信じられないというふうに眉を寄せた。
「マジかよ。お前、それでも元聖女か?」
「え、ええ……」
「こいつらは薬草だ。薬師が住んでたらしいから、そいつが育ててたんだろう。瘴気に効くやつだぜ?」
頭を殴られたような気分になる。
聖女ならば、瘴気の緩和に効く薬草くらい知っていて当然だ。だが、カタリナは知らなかった。
聖女としての教養の習得すら怠っていた過去の自分を罵りたい。
いや、修道院に行ってからもそうした知識を得る機会はあったはずだ。にもかかわらず、それも怠けていた。
過去の自分を罵るどころか、結局のところ本質は変わっていないことを痛感させられる。
自分自身が恥ずかしく、情けない。
「お前が傲慢な聖女だっつー話は聞いてる。なら、この程度のことを知らなくても、不思議はねぇか」
「……」
何も言い返すことができない。悔しくて手を強く握るが、悔しいと思うことさえ烏滸がましい。聖女という立場に胡坐をかき、怠惰を貪っていたのは自分なのだから。
「ほら、さっさと入れ。いつまでも突っ立ってても仕方ねぇだろ。俺は周囲を見てくる」
「……ええ」
小屋の中は狭かった。簡素なテーブルとベッド、台所があるくらいだ。
窓辺では小瓶に入った花が萎れている。
いったいどんな人が住んでいたのだろうか。
落ち込んでばかりいても気が塞ぐだけなので、思考を切り替える。
だが、結果として思考の切り替えは失敗することになる。
テーブルの上に置かれていた手紙を、悪いと思いつつも手に取った。目を通すと、「勝手にいなくなって申し訳ない」という内容が書かれていた。
問題は、内容ではなく、その筆跡だった。
見覚えがある、どころではない。修道院にいた頃に、毎晩のように見ていた文字だ。
「リアナ……なぜ、あなたがここに……?」
すぐに答えに思い至る。
きっと妹は王宮の地下牢を脱獄した後、ユリウスとともにここで生活していたのだ。
カタリナのせいで、ここで不便な生活を強いてしまったのに、リアナは薬師として町民の役に立っていた。
聖具があろうとなかろうと、妹は常に人のために行動していたことを改めて理解する。
「リアナ……ごめん、なさい……」
リアナに対する、謝罪の気持ちは本物だと思いたい。そのように思うことさえ自己保身なのかもしれないが。
手紙を抱いたカタリナの頬を涙が伝う。
その時、小屋の扉が開いた。
入ってきたレイヴンは泣いているカタリナを不審そうに一瞥したが、そのことには言及せずに別のことを口にする。
「面倒なことになった」
カタリナは涙を拭う。
「どういうこと?」
「ゲイルのクソ野郎の手下どもが来やがった。予想よりも早い」
舌打ちをしたレイヴンがカタリナの疑問に答えた。
その答えに、カタリナの全身が強張る。
ここで捕まれば、「破滅の未来」が訪れるのだ。
体を休めるためにこの町に寄ったが、まだ休めないようだ。
レイヴンが窓から外を眺めて呟く。
「……囲まれてやがる」
彼はそっと呪具に手を添えた。




