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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第二章

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11 カタリナ 5 強引な脱走


 手枷から無理に手を引き抜いた傷の痛みは少しずつ良くなった。

 レイヴンが塗った軟膏のおかげだ。


 もっとも、彼の行為は優しさからではないことはカタリナにも分かっている。何をさせるかまでは知らないが、カタリナを利用しようとしているだけだ。


 今、彼女はレイヴンの家に身を潜めている。来た当初はレイヴンに何かされるのではないかと警戒していたが、手を出されることはなかった。


(紳士というよりも、わたくしに興味がないだけね。必要なのは聖女一族の血なのかも……)


 カタリナがレイヴンの手を取らない場合は、リアナを使うと言っていたことを思い出す。

 傷跡の残る両手を見つめ、握ったり広げたりする。動きに支障はない。


「ありがとう、レイヴン」


 坑道から助けてくれ、手の治療までしてくれたことに対する礼は必要だ。

 受けた恩は返さないといけない。以前のカタリナであれば、そんなことを考えることはなかっただろう。


「礼は要らん。俺の目的のために働けばいいだけだ。それより、手はもういいか?」


 しかし、レイヴンは感謝の言葉など、どうでもいいというふうに答えた。


「……ええ。あなたのおかげで問題ないわ」

「それは重畳。行動を開始するぞ」

「行動?」


 何をやらされるか、レイヴンはまだ語っていない。

 もしかしたら、法に触れることかもしれない。だが、自分がしなければ、リアナが利用されるだけだ。

 カタリナは頷いた。


「王都に向かうが、その前に寄るところがある。お前が必要だ。ついてこい」

「……分かったわ」


 準備という準備は何もない。

 そもそも、ベルクランには着の身着のままで連れてこられたのだ。


 カタリナは姿見で自分の姿を確認する。目立つ青銀色の髪は濃い茶色に染めている。服装も修道服から、平民が着る質素なものに着替えていた。

 少々やつれ気味だが、整った顔立ちは健在だ。だが、それを見ても何の感慨も湧かない。


「行くぞ」


 レイヴンの催促に、カタリナは一度深呼吸をしてから彼の後を追った。


     ◆


 カタリナは一度は捕らわれていた坑道に戻ってきた。

 複数ある入り口の一つから侵入したのだが、見張りをしていたゲイルの手下はレイヴンに気絶させられて地面に転がっている。


 カタリナは後ろを振り向いて、倒れている見張りを見ながら心配そうに尋ねる。


「……死んでないのよね?」

「殺しちゃいねぇさ。だが、隠す暇もなかったからな。侵入がバレるのも時間の問題だ。急ぐぞ」

「え、ええ……」


 レイヴンは複雑に入り組んだ坑道を迷いなく進む。道中ですれ違うゲイルの手下は、レイヴンがすかさず昏倒させた。

 容赦のない暴力に、カタリナは恐ろしくなる。

 そこまでして、この男が何をなそうとしているのかも気になる。


「ここだ……誰もいないな。よし、入るぞ」


 そっと扉を開けて、滑るように中に入るレイヴン。カタリナも彼に続いた。

 室内に並べられたものを見て、全身に怖気が走る。


「なんで呪具がここに……?」


 呪具は王家が厳しく管理しているはずだ。もちろん、全てを集めることは容易ではないが、それでもここには異常な量の呪具がある。

 斬るための武器として使いやすいように、短剣型のものが多い。


「はっ、ここの奴らが呪具を作ってるからだ。おい、元聖女。お前ならどの呪具が強力か分かるだろう?」


 レイヴンが鋭い視線をカタリナに向ける。

 聖女の一族である彼女は一般人よりも瘴気を見ることに長けているのは確かだ。


「それ――」


 訊かれたからつい答えてしまったのだが、レイヴンはにやりと口角を上げると、カタリナが指した一本を手に取った。


「お前を連れてきて正解だ」

「な、何をするつもり?」

「拝借するだけだ」


 彼は呪具を腰に着けていた鞘に収めて、言葉を続けた。


「もうここに用はない。ずらかるぞ」

「え? ちょっと、何を……?」


 それに答えずに部屋を出るレイヴンに、慌ててついていく。

 しかし、にわかに坑道が騒がしくなった。


「……気づかれたか。まあいい。想定内だ。元聖女、走れ!」

「え?」

「ちっ」


 レイヴンは舌打ちをして、咄嗟のことで反応できないカタリナの手を取って走り出す。


「死にたくなきゃ、しっかりしろ!」


 捕まれば、ゲイルの手によって凄惨な目に遭わされる。その先にあるのは王都を覆う瘴気と、リアナの死だ。

 そのことを思い出し、カタリナは必死に足を動かす。


 前方の分かれ道から姿を現したゲイルの手下を、レイヴンが殴り飛ばす。


「こっちだ!」


 分かれ道を右に進む。次は左、もう一度左。

 背後からは怒声が響いてくる。


 辿り着いた先は行き止まりだ。


「ど、どうするの?」

「安心しろ。お前を死なせはしねぇよ。そこの柱の陰に隠れてろ」


 レイヴンが懐から取り出したものを、土壁に設置し、導火線に火をつけた。


「爆薬……?」

「耳を塞いで口を開けとけ」


 言いながら彼は物陰に隠れた。

 追いついてきたゲイルの手下が、爆薬にぎょっとした顔になる。いつ爆発してもおかしくない状況に、部屋に入れない。


 そして――


 ドオオォォォン!


 強い衝撃とともに、土埃が舞う。

 耳を塞いでいたにもかかわらず、キィィィンと耳鳴りがする。


「げほ、げほっ」


 土埃を吸ってしまい、咳き込んだ。


 レイヴンがカタリナの前に来て、口をぱくぱくと動かしているが、耳鳴りのせいで何を言っているのか分からない。

 彼はカタリナの手首を掴み、穴の開いた土壁から外に脱出した。


 だんだんと耳が聞こえてくる。


「逃がすな! 生かして捕らえろ!」


 聞き覚えのある声だ。ちらりと背後を振り返ると、憤怒の形相を浮かべたゲイルの姿があった。

 彼の声が号令となり、多くの人がカタリナたちに向かってくる。男も女もいるが、全員ゲイルの手下だろう。


「多いな。勿体ねぇが仕方ねぇか」


 レイヴンは鞘から呪具を引き抜いた。

 カタリナの脳裏によぎるのは、かつてリアナを陥れるために王都の下町で呪具を使ったことだ。あの愚かな行為のせいで、黒斑病患者が増加した。


「レイヴン、駄目!」

「黙れ。ここから逃げるのが最優先だ」


 しかし、レイヴンは躊躇なく呪具を起動した。

 その瞬間、町の大半を覆うほどの瘴気が発生する。


「ま、町中で呪具を使うなんて……」


 赤紫に染まった空気は目くらましに十分だ。レイヴンは呆然とするカタリナを引っ張り、混乱するベルクランから逃げ出す。

 町の外れに辿り着いた二人は、背後を確認する。


 少しだけ瘴気が減っているようにも見えるが、安心はできない。

 何せ、瘴気の中から巨大な鷲のような魔獣が姿を現したのだ。


「さすがは元聖女が見込んだ呪具だ。いい働きをしやがる。逃げるなら今だな」

「なんてことを……」


 あのままではベルクランの住民に被害が出る。かといって、聖具を持っていないカタリナにはどうすることもできない。

 町からは悲鳴が聞こえてくる。


「わたくしの……わたくしのせいで……」


 膝から崩れ落ちそうになるのを、レイヴンが支える。


「馬を用意している。ゲイルのクソ野郎に気づかれる前に逃げるぞ」

「魔獣はどうするの?」

「放っておけば勝手に消えるだろうよ。大義のためだ。多少の被害は諦めろ」


 今のカタリナに解決する手立てがない以上、レイヴンの言う通りにするしかない。


 彼は馬にまたがると、手を差し出した。

 ベルクランに魔獣を発生させた男の手を取っていいものか分からない。彼の言う大義とやらが本当にあるのかも分からない。


 ただ、この場に留まれば、「破滅の未来」に繋がることだけは確かだ。


 カタリナは覚悟を決めてレイヴンの手を取った。ぐいっと引っ張り上げられ、レイヴンの後ろに座る。


「しっかり捕まってろ」


 彼はすぐに馬を走らせた。

 聞こえてくる悲鳴はどんどん小さくなる。

 カタリナは心の中で「ごめんなさい、ごめんなさい……」と呟くことしかできなかった。

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