10 リアナ 6 ベルクランでの生活
「俺は駄目な夫だ……」
朝、ベッドから体を起こしたユリウスはどんよりとしていた。
リアナが限界ギリギリの血液を新しい聖具のために提供してから数日が経っている。聖具職人がリアナの血を加工している間、昼間はカタリナの手がかりを探しながら観光をしていた。
そして、夜になれば愛し合う日々だ。
リアナの体調が万全ではないのに、ユリウスは妻を求めてしまう。
「ユリウス様……私は大丈夫ですから」
リアナは苦笑する。きついのはきついが、愛する夫に求められるのは嬉しい。
「……すまない、リアナ。君を見ているとどうしても我慢できなくなってしまって……」
「本当に大丈夫ですから、顔を上げてください」
というやり取りをここ数日、毎朝やっている。
血を大量に提供した初日とその翌日はさすがに体力的にしんどかったが、それも徐々に良くなった。連日、聖具に血を捧げていたこともあり、貧血には慣れている。
それにマーサが貧血に効くとされる素材を使った料理を作ってくれるので、なんとなく回復が早い気もする。
気を取り直したユリウスとともに、今朝もマーサの作った朝食を摂る。
「お姉様の情報、なかなか見つかりませんね」
「その分、観光はできているが……」
焦る気持ちは当然ある。たった一人の肉親が行方不明なのだ。
だが、それはそれとして、夫とともに観光するというのは新鮮で、新婚旅行のように感じられた。
ベルクランは鍛冶の町であり、通りを行けばそこかしこから槌を振るう音が聞こえてくる。多くの工房から溢れてくる熱気は、北方の寒さを和らげていた。
炉の余熱を使った肉料理などもあり、存分に楽しめた。
「今日は少し町の外れの方に行ってみませんか?」
リアナは朝食を上品に切り分けながら、提案する。
数日にわたって町を散策してきたので、だいたいの場所は見学した。残りは路地裏や町の中心から離れた人気のないところくらいだ。
「危険じゃないか?」
素行の悪い連中がいるかもしれない。リアナに「あーん」をされながら、ユリウスがそのことを指摘する。
「ユリウス様が守ってくださるから平気ですよ……あ、これも美味しいですね」
彼女も朝食を口にする。マーサの作る料理はどれも美味しい。
ユリウスはもぐもぐと咀嚼して飲み込む。
「それはそうだが……」
「この町にいるなら、きっと人目のつかない場所だと思うのです。お願いできませんか?」
上目遣いでユリウスを見つめるリアナ。
「……分かった。何があっても君を守る。だが、くれぐれも無茶なことはしないでくれよ」
結局、ユリウスが折れることになった。カタリナ捜索が難航しているのは確かだ。
何より、可愛い妻からの「お願い」を簡単に断ることなどできない。
「ありがとうございます!」
ユリウスはリアナの頬に付いたソースを拭って、ペロリと舐めた。
その行動に、彼女はほんのりと頬を朱に染める。
「あ、すみません……言ってくれれば自分で取るのに……」
「ソースから君を守らないといけないからな」
「もう、何を言っているのですか」
騎士団の部下にはお堅いと思われているユリウスの、妻にだけ見せるお茶目な部分だ。
食器を下げに来たマーサが「ご主人様、気持ち悪いですよ」と苦言を呈した。
「うるさい。今日はベルクランの外れに向かう予定になった」
「外れ、ですか。承知いたしました。どうかお気をつけて」
マーサは呆れ顔から一変して、真面目な表情になる。
「マーサ、今日も美味しいお食事、ありがとうございました」
「いえいえ。奥様は夜ごと獣に襲われていますから」
「誰が獣だ」
軽口を叩く穏やかな朝食が終わり、予定通りリアナとユリウスは出かけた。
◆
町の喧騒から少しずつ離れ、空気も少しずつ冷えていく。
民家も疎らになり、すれ違う人がいなくなる。
「誰もいませんね」
「ああ……いや、あそこにいるぞ」
鉱山の入り口の前に二人の男が立っていた。近づくと会話が聞こえてくる。
「まったく、あの女、どこに消えやがった」
「町の中にはいるはずだ」
何やら剣呑な様子だ。「あの女」という単語も気になる。ひょっとしたらカタリナのことではないだろうか、とリアナは息を呑んだ。
ユリウスがリアナに手で動かないよう合図をしてから、男たちに声をかける。
「少しいいか? 聞きたいことがある」
「あん? 俺らも忙しいんだ。怪我する前にさっさと消えろ」
ユリウスは男を無視して尋ねる。
「カタリナという元聖女を探しているんだが、知らないか?」
二人の男は同時にピクリと反応した。
だが、二人とも首を横に振る。
「知らねぇな」
「……邪魔して悪かったな」
ユリウスは踵を返し、リアナの元に戻ってくる。
そのまま腕を組んで、町の方に向かう。男たちから十分に距離を取ってから、ユリウスが口を開いた。
「どうやらカタリナはこの町にいるようだ」
「さっきの方たちの反応、少しおかしかったですものね……やはり、お姉様は無理やりここに連れてこられたのではないでしょうか?」
「断定はできんがな。修道院から逃げるのにあいつらを利用しただけかもしれんからな」
ユリウスは相変わらずカタリナのことを嫌っているようだ。
リアナは姉を信じたいと思っているが、彼は疑っている。どちらか一方の意見に傾けば見誤る可能性があるので、バランスは取れている。
町の中心部に戻ったとき、聖具職人に呼び止められた。
「聖女様と騎士様!」
二人で足を止めて、職人に振り向く。
「今、時間はあるか?」
「はい……聖具ができたのですか?」
「その前段階ってところだな。とりあえず、来てくれや」
リアナとユリウスは互いに視線を合わせて頷くと、ベルクラン工房に行った。
工房の中は以前と同様、熱気と金属音に満たされている。前と同じ小部屋に案内された。
職人が金属塊をゴトッとテーブルに置いた。
赤茶っぽい色合いの塊は直方体だ。表面はつるりとして溝一つない。
「これは……?」
「こいつはあんたの血を混ぜ込んだ合金だ。聖具を作るのに適した配合にしている」
これを加工して聖具を作っていくのだろう。
実際の聖具は表面に緻密な模様がある。聖女一族の血が多く接触するために表面積を大きくする必要があるのだ。
「どんな形が好みだ?」
加工するにあたっての、デザインや大きさの打ち合わせのために呼ばれたようだ。
使い慣れた形がいいので、掌より少し大きめの円盤状だと伝える。
その後、具体的な大きさや聖具の厚み、表面に彫る模様の種類などを話し合いながら決めた。
ユリウスが少々退屈そうにしていたのには、申し訳ない気持ちになった。
「あんた、細けぇな……」
職人からはそう言われる。少しの血液で効果を最大限発揮するための模様を選んだせいだ。
「できますか?」
「できるに決まってんだろ! まあ、ちょいと時間はかかるが……こういうのがうまい奴が今いなくてな。俺でも時間さえかけりゃ問題ねぇ」
カタリナの捜索は必要だが、聖具作りを疎かにすることはできない。時間がかかっても丁寧に作ってもらう必要がある。
「ぜひ、お願いし――」
ドオオォォォン!
突然、爆音が鳴り響いた。
地面が揺れ、バランスを崩しそうになったリアナの体を、ユリウスがさっと支える。
「なんだ、今のは?」
「分からねぇが、鉱山の方だ」
急いでベルクラン工房から出ると、大通りには大勢の人が集まっていた。
皆が一様に鉱山の方を見ており、リアナもつられてそちらに目を向ける。
土煙が鉱山に開いた穴からもくもくと舞っている。
そして、そこから二人の人影が飛び出してきた。
「――お姉様!」
それは褐色肌の男に手を引かれた姉カタリナだった。




