9 リアナ 5 聖具の素材
ベルクランは王都の賑わいとは違った活気に溢れていた。
鉱山で採取される鉱石を加工するための鍛冶場がいくつもあり、熱気と槌を振るう音に満たされている。
リアナとユリウスは町に着いてから、手を繋いで大通りを歩いている。
マーサは馬車の移動と宿の確保のために、別行動を取っていた。
大通りは行商人が行き交っている。積み荷の中身までは見えないが、鉱石から作られる生活用品や剣などを運んでいるのだろう。
「ユリウス様、すごい賑やかなところですね」
「そうだな。ただの観光だったら良かったんだが……」
ユリウスが溜め息を漏らした。
この旅の目的は観光ではない。第一にリアナの聖具を作り直すことであり、第二に彼女の姉・カタリナを探し出すことだ。
リアナにとっては二つの目的は同じくらいの重要度だが。
「きっとお姉様の手がかりがあるはずです」
「ここにいない可能性もあるが……まずは聞き込みをしないことにはな」
二人で頷き合う。
リアナははぐれないようにしっかりとユリウスの手を握った。
すれ違う人はリアナの水色がかった銀髪に目を奪われている。王都でも珍しい色だ。
彼女一人であればすぐに声をかけられただろうが、隣には屈強なユリウスがついている。余計な虫がつく心配はなかった。
何にせよ、リアナの髪はそれだけ人目を引く。
彼女よりも濃い青銀髪のカタリナもかなり目立ったはずだ。
ユリウスがベルクランの住民にカタリナを見ていないか聞いてみたが、手応えがない。
見た者を見つけることはできなかった。
「ここに連れてこられたとしたなら、夜だったのかもしれないな」
周囲を見渡しても街灯はない。夜はさぞかし暗くなることだろう。
目撃情報がないからといって、ここにいないとは限らない。
「こうしている間にもお姉様は……」
どうしても気が逸ってしまうリアナに対し、ユリウスは冷静に言う。
「心配なのは分かるが、焦っても仕方がない」
「そう、ですよね……」
リアナが俯いてしまう。
頭では理解できていても、心はそうはいかない。つくづくお人好しだと自分でも思う。
彼女は大きく深呼吸をした。
すぐに切り替えるのは難しいが、もう一つの目的も果たさなければならない。
「聖具を作りながら、カタリナを並行して探そう」
ユリウスの提案に、リアナは頷いた。
「はい。イリス様のお話ではベルクランに聖具職人がいるということでしたね」
鍛冶工房はたくさんあるが、目的の場所はすぐに分かった。
町の名前でもあるベルクランを冠した工房――ベルクラン工房だ。王宮に献上するものを打っているらしく、騎士の鎧もここで製造されているようだ。
輸送費用は安くないが、ここの鍛冶職人が一番鉱石の加工に秀でているから仕方がない、とイリスが話していた。
その関係で、聖具を作るのもベルクラン工房が担っている。
工房に入ると、さらに熱気が増し、カンカンと金属を打つ音が鳴り響いている。
「工房長はいるか?」
ユリウスが近くにいた職人に声をかけた。その職人は一瞬訝しむような視線をユリウスに向けたが、彼の隣にいるリアナを見て納得顔になった。
彼女が現聖女であることに気づいたのだろう。
「少し待っててください」
そう言って、工房の奥に消えていった。
すぐに年配の男がやってきて、リアナを一瞥すると口を開いた。
「ついてきな」
「は、はい……」
連れていかれたのは、簡素な小部屋だった。テーブルと椅子以外の調度品は何もない。
工房長に促され、リアナたちは椅子に腰を下ろす。
二人の対面に座った工房長がぶっきらぼうに尋ねる。
「で? 聖女様が何しに来たんだ?」
「お願いがあって来ました」
リアナが事情を説明する。
王都に蔓延した瘴気と魔獣を祓うために限界まで血を捧げた結果、聖具が半ば壊れてしまい出力が大幅に下がったため、新しい聖具が必要になったのだと。
「王都の件は噂にゃ聞いていたが、随分と酷使したんだな。その聖具は今どこにある?」
「申し訳ありません。今は王宮に保管されていて、持ってきていないのです」
ふむ、と工房長は顎を撫でた。
「聖具がねぇなら一から作らにゃならん。お前さんに覚悟があるなら作れねぇこともねぇ」
彼はリアナに試すような視線を向ける。
「覚悟、ですか?」
「ああ。聖具の作り方は知っているか?」
工房長は答えずに、別の質問をした。
リアナは幼い頃に自分専用の聖具を与えられただけで、それがどうやって作られたのか、どこから来たのかは知らない。
首を横に振るリアナに、工房長は声を一段落とす。
「聖具を作るには、聖女の一族の体組織が必要だ」
「体組織……?」
「そうだ。それが聖具に不可欠な素材だ」
彼女を怖がらせるような口調で話す工房長だが、嘘をついているようには見えない。
「分かりました。体組織が必要なのですね?」
「ああ。壊れた聖具を再利用したところで、元の聖具ほどの出力は出ねぇ。どっちにしろお前さんか先代聖女の血肉が必要だ。それを提供する覚悟がねぇなら――」
「小指一本で足りますか?」
工房長の言葉を遮り、リアナは真剣な表情でじっと彼を見つめた。
「は?」
呆気にとられた工房長の前で、彼女はするすると長手袋を外す。
「切断したときに出る血でも足りないでしょうか? もしそうなら、薬指も――」
「やめろ、リアナ!」
今にも短剣を取り出しそうなリアナを、黙って話を聞いていたユリウスが止めた。
そんな夫に、リアナは暗い微笑を浮かべる。
「そうですね……ちゃんと準備ができてからにしないと、血が勿体ないですもの」
「なんでそうなる?」
ユリウスはリアナの傷だらけの手を握り、目を合わせて続ける。
「君を傷つけるためにここに来たんじゃない!」
「で、ですが、聖具がなければ浄化を十分に行うこともできません」
「だからといって、必要以上に君が傷つく必要はないはずだ。頼むから、自己犠牲はやめてくれ」
ユリウスの必死の懇願に、リアナが我に返った。
姉の代わりに『封印の儀』をしていた時からの癖だ。良く言えば「献身的」だが、それも過ぎればユリウスの言う通り「自己犠牲」でしかない。
「す、すみません……思っていたよりも不安だったようです」
「分かってくれればいいんだ。手を考えよう。今度はカタリナに『聖女の影』をさせてもいいだろう」
リアナはその提案にすぐに同意することはできなかったが、新しい聖具ができるまでの間、姉にお願いしてもいいかもしれない。
そのためにはカタリナを探し出す必要がある。
だが、問題はどうやって新しい聖具を作るかだ。
結局、聖女一族の体組織が必要なのであれば、やることは変わらないのではないか。
つまり、リアナが体の一部を提供するということだ。
「はぁ、覚悟が足りねぇのは俺の方だったか。聖女様よ、指まで取るつもりはねぇ。だが、血は必要だ」
工房長が告げた。リアナの異常な覚悟を見て、代替案を考えたようだ。
「それでよければ、いくらでも提供します。限界まで取ってもらって構いません」
「隣の旦那が怖ぇからそんなことはしねぇよ。血だけで十分だ。そいつを体組織の代わりにする。何日かかかるが構わねぇな?」
ユリウスが腕を組んで、工房長を見る。
「大丈夫なのか?」
「血を貰うのは一回だけだ。貧血にはなるが、死にはしねぇよ」
工房長は軽く首を横に振った。リアナもそれに同意する。
「貧血なら慣れています」
「それはそれで問題だが……仕方ないか。壊れた聖具は俺の血には反応しなくなったしな」
ユリウスは頭を抱える。
あの奇跡を再現できないか、ユリウスの血を壊れた聖具に捧げてみたが、何の反応もなかった。取り込んでいたリアナの因子をすべて使い切ったのかもしれない。
「しばらくベルクランに滞在することになりますね」
「そうだな。その間にカタリナの情報でも探るとしよう」
二人の意見が一致したところで、工房長が口を挟んだ。
「それじゃ、血をいただこうか。いいか?」
「はい」
リアナは工房長が用意した容器に血を溜める。
彼は、躊躇いなく掌を切ったリアナに驚きと戸惑いを隠せなかった。




