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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

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4 初めての弁当

 あれからリアナは毎晩のように『封印の儀』を行った。

 同じ場所を避けて刃を当てるため、両手の傷は少しずつ増えていった。

 

 破滅の未来を避けるために、愛する人たちを守るために聖具(カリックス)に血を捧げる。

 その甲斐もあってか、血を失うことにも身体がだいぶ慣れた。


 貧血気味で多少ふらつくことはあるが、カタリナの死やユリウスの泣き顔に比べれば耐えられる。


 ただ、リアナも一人の少女だ。

 自身が傷つくことで王国を守れるなら、傷や貧血など些事でしかない。


 しかし、せめて愛する人とともに在りたいと思うくらいはいいのではないだろうか。


「ユリウス様……」


 呟くことで、さらに想いが募る。

 一周目の世界で、リアナの命を奪ったのは他ならない彼だが、恨みや憎しみなどない。


 彼にあのような顔をさせてしまった責任は、きっとリアナにもあったのだ。

 一周目で彼女がもっと積極的に浄化を行っていれば、彼を悲しませることもなかった。


 リアナは傷だらけの手をしばらく眺めてから、長手袋を着ける。

 動きやすく、かつお洒落なドレスを着た。水色がかった銀髪に合うものを選んだ。


 姿見を見て、襟や裾を直してから、机の上のバスケットを目を向ける。


 これはユリウスとの距離を縮めるための作戦だ。

 アルクエル邸に勤める男性使用人に尋ねたところ、相手の胃袋を掴むことが大事らしい。


 だから、料理人に頼み込んで、簡単な料理を教えてもらった。

 それまであまり関わりのなかったリアナからの突然の申し出に、彼らはびっくりしていた。


 リアナの熱意に押された料理人に教わって作ったものが、バスケットに入っている。

 サンドイッチだ。


 これなら、騎士の稽古の間にさっと食べることができる。

 問題はユリウスが食べてくれるかどうか、だ。


 ――もし、見向きもされなかったら。

 ――もし、嫌そうな顔をされたら。


 そんな考えが頭をよぎったが、振り払う。

 二周目の世界では、積極的になると決めたのだ。


 ユリウスに会う前、いや、アルクエル邸を出る前から、期待と不安で胸が激しく鳴る。

 リアナは深呼吸をしてから、バスケットを手に取った。


     ◆


 聖女である姉カタリナならともかく、リアナについて回るほどメイドたちも暇ではない。

 当然、馬車も使えない。


 なので、彼女は一人で騎士団の訓練場まで歩いた。

 バスケットが軽くて、内心助かったと思うリアナ。


 彼女が訓練場に顔を出すと、女性騎士が対応してくれた。


「あなたは確か、聖女様の……」

「はい。お姉様の妹のリアナ=アルクエルと申します。あの……ユリウス=ローヴェルト様はいらっしゃいますか?」

「ユリウス分隊長なら訓練中ですが、どういったご用件で?」


 貴族令嬢が供も連れずに騎士の訓練場を訪れることなどないのだろう。

 女性騎士は訝しむような視線をリアナに投げる。


 怖気づきそうになるのをぐっと堪えて、ユリウスの婚約者であることと来訪の用件を伝えた。


「なんと、ユリウス分隊長の婚約者様でしたか。これは失礼しました」


 そう言って、女性騎士はリアナを応接室に連れていく。

 その途中、騎士たちの掛け声や剣戟の音が耳に入った。熱気まで伝わってくる。


 彼らはリアナやカタリナとは別の方法で王国を守る要だ。


「呼んでくるので、少々お待ちください」


 リアナが応接室のソファに腰掛けると、女性騎士は敬礼して去っていった。

 敬礼されるほどの者ではないけれど、とリアナは苦笑する。


 ややあって、ユリウスが姿を現した。


「リアナ嬢、待たせたな」

「ユリウス様……!」


 先日の聖女就任パレードで彼と目が合ったが、今日は直にその声を聴くことができた。

 そのことに胸が高鳴る。


「分隊長、素敵な婚約者様じゃないですか。早くお相手しないと」


 先ほどの女性騎士が、ユリウスの背後からからかうように言った。

 ユリウスは部下との関係が良好のようだ。


「うるさい。お前は訓練に戻れ」


 呆れたようにユリウスが彼女に言うと、女性騎士は「了解です!」と姿を消した。


 それを見届けてから、ユリウスはリアナの対面に腰掛けた。


「リアナ嬢が来るなんて珍しいな」

「あの……ご迷惑ではなかったでしょうか?」


 恐る恐る尋ねるリアナに、ユリウスはふっと表情を和らげた。


「そんなことはない。婚約者だというのにほとんど会うこともないからな。こうして会いに来てくれて俺は嬉しいよ」


 彼の口から「婚約者」と発せられて、顔が火照る。

 もしかすると、彼もリアナのことを愛してくれているかもしれないと思うと、胸の鼓動が速くなる。


「ええと……お弁当を作ってきたんです。お口に合えばよいのですけれど……」


 リアナがそっとテーブルにバスケットを置いた。


「わざわざ持ってきてくれたのか?」

「その、私が作ったんです……ユリウス様に食べていただきたくて」

「リアナ嬢が? ありがたくいただこう。ちょうど小腹が空いていたんだ。今、もらっても?」


 彼の問いにリアナが頷く。

 ユリウスはバスケットを開け、サンドイッチを食べ始めた。


 屋敷の料理人と相談した結果、騎士なら肉系が好きだろう、と鶏肉や卵を具材にした。


「美味い」


 彼の一言に、リアナは胸を撫で下ろした。

 お世辞だとしても、嬉しい。


 ふと、ユリウスはサンドイッチを食べながら、じっとリアナの顔を見つめた。

 何か嫌いなものでも入っていたかと不安になったが、彼の口からは別の話題が出てくる。


「リアナ嬢、顔色が悪いが、無理をしているのではないか?」


 化粧をしているのに、貧血に気づかれたらしい。

 分隊長として部下の体調面にも気を配るから、分かるのかもしれない。


「いえ、これは……その……」


 うまく誤魔化せたらいいのだろうが、そういうのは苦手だ。


「聖女の一族は血を使って浄化をするとも聞く。もしかしてそれが関係しているのではないか?」


 勘が鋭い。


「ええと……」

「俺は君の婚約者だ。今まで放っておいてなんだが、もっと頼ってくれてもいいんだ」


 ユリウスの精悍な顔つきが、ふっと綻ぶ。

 リアナは正直に話すか迷った。


 もともとカタリナ以外には『封印の儀』の手伝いをすることを話す気はなかった。

 だが、リアナは隠し事がうまいとは言えない。

 それに、ユリウスに隠し事をしたいと思えない。


 だから、話すことにした。


「実は、お姉様の負担を減らすために、毎晩『封印の儀』を代わりに行っているのです」

「毎晩? 身体は大丈夫なのか?」

「それは……はい。少し貧血気味ではありますけれど、慣れました」


 サンドイッチを食べ終わったユリウスは腕を組んで唸る。

 ややあって、彼は口を開いた。


「君が心配だ。帰りは俺が屋敷に送ろう。できれば、『封印の儀』とやらを見てみたいのだが」

「……分かりました」


 彼との婚約が破棄されなければ、いずれ夫婦となり、『封印の儀』のことを知られる。

 だったら、早く知ってもらった方が、彼との関係を築けると判断した。


「夕刻まで待たせることになるが……」

「お待ちします」

「サンドイッチ、美味かった。では、また後で」


 そう言い残し、彼は訓練に戻っていった。


 ユリウスに『封印の儀』を見られるのは、少し緊張する。

 しかし、それ以上にアルクエル邸に戻るまで彼と一緒に過ごせるのが嬉しい。


 応接室からは騎士の訓練の様子を窺うことができる。

 訓練に参加するユリウスを眺めていると、あっという間に時間が過ぎ、空が橙色に染まり始めた。

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