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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第二章

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6 カタリナ 2 拉致された元聖女

 カタリナは布で猿轡をされ、両手を縛られていた。


「んー! んー!」


 粗末な馬車で声を上げようとするが、それを聞く者はいない。

 向かいに座る男が「叫んでも無駄だ」とばかりににやにやと笑っている。


 先日、修道院のカタリナの部屋に現れた男に、カタリナは叫ぶ暇もなく拉致された。

 慰み者にされるのかと恐ろしくなったが、どうやら男はカタリナに手を出すつもりはないようだった。

 目的が分からないのが不気味だ。


 着の身着のままで連れてこられたカタリナは何も私物を持ってきていない。

 せいぜいお守り代わりに首から下げた小さな袋だけだ。リアナの聖具がひび割れたときにできた欠片が入っている。過去の過ちを忘れないように、自分を戒めるために常に持ち歩いていた。


 森の狭い通路を走る馬車は、木の根を踏んだり幹に掠ったりして激しく揺れる。

 どこに連れていかれるのか、自分が何をされるのか。

 不安ばかりが募っていく。


 やがて、馬車がガクンと大きく揺れて停車した。


「降りろ」


 男に促され、カタリナは恐る恐る立ち上がって、馬車から出る。夜の町を照らすのは月明かりと家々から漏れてくる明かりだけだ。

 両手が自由に使えないため、段差を踏み外して転倒した。修道服も顔も土で汚れる。

 王都にいた頃のカタリナであれば急いで拭っただろうが、今となってはその程度のことはなんともない。


「ついてこい」


 男はカタリナが立ち上がるのを確認してから、両手を縛る縄に繋がれたロープを引っ張った。

 再び転びそうになるのを耐え、大人しくついていく。


 その姿はまるで囚人のようであり、かつてリアナが投獄された時の姿を彷彿とさせた。

 ならば、行先は決まっている。


 カタリナは歩きながら、周囲を見渡した。石造りの町で、人通りはない。

 人の姿はなくても、あちらこちらから槌を振るう音が聞こえ、熱気も漂っている。


 人気がない方に進んでいき、冷気が強くなる。


(ここは……鉱山?)


 岩山をくり抜いた人工的な洞窟に入る。採掘場のようだ。土と金属の混ざった臭いに包まれる。


 採掘場の中は複雑に入り組んでおり、ところどころに崩壊を防ぐための木枠が設置されていた。

 迷路のような坑道は、もはやどこからどう来たのか分からない。


 やがて到着したのは、カタリナが思った通り、牢屋だった。


「入れ」


 躊躇ったカタリナの背中を、男がドンと押した。そして、倒れた彼女の猿轡と両手の縄を荒っぽく解く。


「変な真似はするなよ」


 男は牢から出ると、扉を閉めて施錠する。ガチャンと重たい音が狭い坑道に響き渡った。

 彼は牢の向こう側から、カタリナを見下ろす。相変わらず、にやにやと不敵な笑みを浮かべている。


「あなたは誰なの? わたくしに何をするつもり?」


 カタリナが男を睨む。


「俺はゲイルという。まあ、聖女に多少縁がある者だ」


 ゲイルの言葉がどれだけ信用できるか分からないが、少なくともこのような粗野な男が聖女に関係しているとは思えない。


「……わたくしはもう聖女ではないわ」

「お前が聖女かどうかは関係ない。聖女の一族であれば、それでいい。大事なのはお前の体だ」

「わたくしを辱めるつもり?」


 それがリアナにしてきた仕打ちへの罰というのなら、仕方がない。

 見ず知らずの男に初めてを奪われることは屈辱でしかないが、腕力で敵うはずもなく、カタリナを守ってくれる者もいない。


「それも悪くねぇな。必要なのはお前の血と肉と骨だからな」

「……どういうこと?」


 ゲイルはその質問には答えず、話題を変えた。


「お前、妹に聖女の座を引きずり降ろされたんだろう?」


 聖女が交代したことは周知の事実となっている。数か月前のことなので、王国の外れまでその話が広がるには十分の期間だ。

 カタリナが修道院にいることも知れ渡っていたから、ゲイルはあそこまで「迎え」に来たのだろう。


 だが、彼女は否定した。


「妹の方が聖女に相応しいから、わたくしは退いただけよ」


 保身のことしか考えていなかった自分が、王国を守ろうとしていた妹に及ぶべくもない。

 いまではそのことを十分に理解している。自分は聖女の器ではなかったのだ。


「どうでもいいがな」


 ゲイルはカタリナの言葉には心底興味がないように吐き捨てた。そして笑みを深めて続ける。


「お前には呪具の部品になってもらう」

「呪具……? どういうことなの?」


 男はカタリナの疑問を無視し、不吉な言葉だけを残して去っていった。


 薄暗い独房にポツンと残された。

 外気から隔離された坑道内は外ほど寒くないにもかかわらず、カタリナは寒気を覚える。


(部品って何? 血や肉が必要ってどういうこと?)


 得も言われぬ恐怖が彼女を襲う。

 これから一体何をされるのか。

 辱められることよりも、よほど恐ろしいことをされるのではないか。


 分からないということが何よりも怖い。

 思い出すのは、リアナと浄化勝負をした時のことだ。


 あの時の妹は今の自分と同じような気持ちだったのではないだろうか。

 妹は何も分からないまま王宮の一室に軟禁され、強引に勝負をさせられ、そして地下の独房に投獄された。


 どれだけの不安と絶望が彼女を襲ったか、今のカタリナには理解できる。

 いや、リアナは肉親である姉に嵌められたのだから、その絶望はより深かったはずだ。


 実に罪深いことをしてしまった。

 下らない嫉妬と妄想に駆られ、酷いことをしてしまった。


 あのリアナが自ら聖女の座を欲するなどあり得ないのに。

 ユリウスの愛はリアナだけに向いていたというのに。


 本当に愚かだった。

 だから、今カタリナが置かれている状況は因果応報だ。


 ゲイルが残した不吉な言葉から察するに、きっとカタリナは無事では済まないだろう。

 死ぬことになるかもしれない。


 せめて、最期に直接リアナに謝罪することができればいいが。

 いや、それもただの自己満足でしかない。カタリナが頭を下げれば、リアナは許すだろう。優しい子だから。


(このままいなくなるのがいいのかもしれないわね)


 静かに諦めるカタリナは、待ち受けている過酷な未来をまだ知らない。

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