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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第二章

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4 カタリナ 1 凍てつく祈り

 修道服に身を包んだカタリナはかじかむ手をこすり合わせていた。

 取り繕ったような笑みを浮かべることもなく、心の内で他者を見下すような昏さもない。


 自分さえよければいいという傲慢さはどこにもなかった。

 親友だったイリスが表現した「憑き物が落ちたよう」という言葉の通りだ。


 カタリナは聖女だったにも関わらず、その責務を放棄していた。そのしわ寄せは妹であるリアナに行っていた。

 思い出すだけで溜め息が漏れる。自分の愚かさに対してだ。


 妹の婚約者を奪おうとした。

 彼女に濡れ衣を着せ、地下牢に投獄したこともあった。

 あまつさえ、王都を覆う瘴気を浄化するために、妹の命を使おうとした。


 自分のせいで、王都が混乱に陥り、カタリナ自身も魔獣に食い殺されそうになった。

 あのときの焦燥と恐怖はいまだに忘れることはできない。


 それを助けてくれたのは、何度も陥れようとしたリアナだった。

 聖女ではない彼女が命を賭ける必要など、本来であればない。


 それなのに全てを救うために、自ら命を差し出そうとする妹の姿を見た。

 そして、リアナの精神こそが「聖女」に相応しいと心が理解した。


 カタリナの精神こそ、卑しく、汚れきった――唾棄すべきものだった。

 だから、全ての罪を告白し、自ら志願してこの修道院にやってきた。


 ここでの生活は毎日変わりない。

 日中は周辺の貧しい住民にパンやスープを配ったり、病人を看病したりしている。

 教養はあるので、子どもや場合によっては大人に対して、文字の読み書きを教えることもある。


 貧しい者たちとの触れ合いなど、王都ではしたこともなかった。

 自分が豊かで華やかな生活ができれば満足だった。貧しい者など眼中にも入っていなかった。


 だが、彼らがそこに生きている人間であり、聖女として守るべき存在だったと、今では分かる。


 後悔したところで、今さら何も変えることはできない。


 カタリナは自らのあかぎれした手を見つめる。

 修道院の掃除や洗濯、食器洗いなどで冷え切った水に連日さらされている両手。


 ちょっとしたことで沁みるし、痛むことも少なくない。

 それでも、リアナの手に比べればきれいなものだ。カタリナの代わりに『封印の儀』を行っていた妹の手は、本当に痛々しいものだった。

 何度も何度も切った手は皮が硬くなっていただろうし、引きつれのせいで日常生活にも支障があるかもしれない。


 だが、リアナのそばには心から彼女を愛するユリウスがいる。


 カタリナの瞳から涙がこぼれる。

 痛いのだ。体ではなく、心が。


 自分自身の醜悪さのために、多くの人を傷つけた。

 妹はもちろん、ユリウスにも不快な思いをさせた。彼にはひどく憎まれているだろう。


 他にもカタリナを妄信しているイリスを利用していた。聖女に逆らえない騎士団長ヴァルドに無茶な命令を下したこともある。

 騎士たちや王都に住む大勢の民に、多大な迷惑をかけた。


 この罪は決して許されない。

 償いきれるものではない。


 許されるべきではないし、一生をかけて自分にできることをやっていくしかないことは分かっている。


 日中の奉仕活動を終えたら、毎日そのことを考えてしまう。

 王都にいた頃は豊かだった食生活も、ここでは質素なものだ。


 夕食を摂った彼女は、元聖女ということで与えられた私室に戻る。この国の王女であるイリスの口添えもあったらしい。

 もっとも、広くはなく、簡素なベッドと机があるくらいだ。石造りの壁から伝わってくる冷気が部屋を満たしている。


 姿見に映る彼女は、以前よりも頬がこけ、髪の艶もなくなっている。

 以前であれば発狂しそうな容姿だが、今のカタリナにはどうでもいいことだ。


 机の引き出しを開けると、中には何通もの手紙が入っている。

 差出人は妹と王女だ。


 妹からは聖女に就任したことや近況報告などが書かれている。気を遣っているのか、ユリウスのことは書かれていない。

 王女からは新聖女リアナの活躍や王都で流行していることなど、平和な内容が綴られている。


 二人に共通するのは、カタリナを心配する文言が必ず添えられていることだ。

 お人好しだと思う。


 陥れ、欺き、利用してきたというのに、なぜカタリナに対して優しくできるのだろうか。

 自分だったら、絶対に相手を許さないはずだ。


 リアナとイリスに優しい言葉をかけられることこそが一番の罰のように感じる。

 もちろん、二人にそのような意図はないことは知っている。


 返信しなければ。

 そう思って、修道院長に頼んで便箋を分けてもらった――のだが、いざ目の前にすると何も書けなくなる。


 礼を述べるのは違うし、ここでの暮らしぶりを書いたところで心配させるだけだ。

 謝罪の言葉を並べれば、優しい二人なら信じてくれるだろう。だが、許された気になってしまいそうで、逆に自分が許せなくなる。


 何より、罪悪感が勝ってしまう。涙で視界が滲み、ろくに書くこともできなくなる。


 結局、手紙をもらうばかりで、この数か月、返信できずにいた。

 いっそ、二人が自分のことを忘れて、幸せに生きてくれたらいいのに。そう思ったことも一度や二度ではない。


 窓の外では雪がしんしんと降っている。

 そのずっと向こうには王都がある。遠すぎて、ここからは見えないが。


 カタリナは妹と元親友の王女、そして王都に住まう全ての住民の平穏を祈る。


 修道院の朝は早い。陽が昇るよりも早く起きないといけない。


 寝ようとベッドに腰掛けたとき、得も言われぬ不安がよぎった。


 何も変わらない毎日。

 後悔と懺悔の日々。


 これからもずっと――死ぬまで続けるべきだと思っていた。


 だが、変化はすぐに訪れる。


 キィ、と軋んだ音を立てて私室の扉が開く。

 普段、カタリナの私室を訪れる者などいない。彼女は咄嗟に音のした方を向く。


 見知らぬ男が怪しげな笑みを浮かべて、カタリナを見つめていた。

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