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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第二章

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2 リアナ 2 盗まれた聖具

「カタリナ様の聖具が盗まれました」


 王宮に急いだリアナとユリウスは、イリスに拝謁して早々に彼女からそう告げられた。

 誰が、どうやって、なんのために?

 リアナの頭にいくつもの疑問が浮かぶ。


「お姉様の聖具が……? 宝物殿で厳重に保管していたはずではありませんか?」


 以前、下町で黒斑病騒ぎがあった時は、カタリナだから呪具を持ち出すために宝物殿に入れた。

 リアナの責任にされたことも今となっては過去のことだが、あれ以来宝物殿の警備をさらに厚くしたと聞いている。


「見張りの騎士は何をしていたのですか?」


 隣のユリウスも疑問を口にする。

 問われたイリスは苦々しい表情で答えた。


「呪具が使用されたのです」

「……呪具も宝物殿の中では? それだと先に見張りをすり抜けて侵入したことになりますが?」


 そんなことができるなら、呪具を使う必要はない。どうにも腑に落ちない。

 その答えはイリスがすぐに教えてくれた。


「王家の管理下にない呪具が存在しています。見つけ次第、確保するようにはしていますが、呪具を作り出す者がいるのです」

「それで、賊はどうされたのですか?」


 ユリウスの問いに、イリスは首を横に振った。


「逃げられました。瘴気のせいで、小型の魔獣が発生したのです。その混乱の隙に賊は逃げたと報告を受けています」

「俺がその場にいれば……いや、騎士が不甲斐ないせいで、申し訳ございません」


 彼が王女に頭を下げる一方で、リアナは別の心配をしていた。


「イリス様、瘴気を浴びた騎士の方々は大丈夫でしょうか? それに、小型といえど魔獣被害は……?」


 彼女が真っ先に考えるのは、瘴気によって生じた被害のことだ。場合によっては聖女としての力を発揮しないといけない。


「ご心配には及びません。魔獣はすぐに討伐され、瘴気も自然と霧消しました。黒斑病になった騎士もおりません」


 イリスの言葉に、リアナは胸を撫で下ろした。


 だが、被害がなければ問題ないとはならない。


「賊は何が目的でしょうか?」


 カタリナの聖具はカタリナにしか使えない。

 かつて彼女がリアナの聖具を使おうとしたことがあったが、浄化の光はまったく出なかった。

 姉妹でさえそうなのだから、赤の他人にとっては無用の長物だ。


 そこで、嫌な考えが頭をよぎる。


(まさか……お姉様の身に何かあったのでは?)


 カタリナにしか使えないのであれば、彼女に使わせればいい。聖具でできることは、聖女一族の力を効率よく運用することだけだ。

 魔獣被害を解決したいのか、黒斑病の広がりを抑えたいのか……賊の目的が不明なのがなんとも気持ち悪い。


 困っているなら、王家に直訴すればいい。エルグランド王家は瘴気関連の直訴を袖にするほど不寛容ではない。


「イリス様、お姉様は無事なのでしょうか?」

「分かりません。わたくしもカタリナ様の身を案じ、すぐに調査に向かわせましたが、報告は早くとも数日後になるでしょう」


 イリスは顔を伏せて答えた。彼女にできる手は打っているということだ。


「何か良からぬことに巻き込まれた可能性は……?」

「大いにありうると思います……カタリナ様に手紙を書いても返信がありませんので、修道院に向かってからのご様子も分からないのです」


 リアナもカタリナに手紙を書いていた。非道なことをされたが、唯一の肉親だ。過酷な土地にいて心配するのは彼女にとって当然だった。

 だが、姉からの手紙が届くことはなかった。亡くなるようなことがあれば、修道院からリアナ宛に連絡があるだろう。だから、無視しているか、何らかの事情があると思っていた。


 イリスの手紙にも無反応だったというのは少し意外だ。


「お姉様が心配です……ユリウス様?」


 リアナは隣にいる夫を見つめた。


 彼女に幾度となく酷い仕打ちをしたカタリナに対して、ユリウスは悪感情しかない。リアナを前にしても隠そうとしないほどだ。


「駄目だ。聖具を作り直すのが先だ」


 その言葉に反応したのはイリスだった。


「聖具職人でしたら、ベルクランという町にいます。少し遠回りにはなりますが、北の修道院に寄っていただけると……」

「王女殿下、それはご命令でしょうか?」


 ユリウスの言葉には棘が含まれている。カタリナほどではないにせよ、間接的にリアナを苦しめた相手だ。

 騎士としての忠誠と、リアナの夫としての感情は別物である。


 イリスもそのことを分かっているので、強くは言えない。


「命令ではありません。わたくしの希望です」

「すでに調査に向かわせた者がいるのでしょう?」

「はい。ですが、リアナ様とローヴェルト卿であれば、別の視点からカタリナ様の情報を得ることができるかもしれません」


 それはそうかもしれない。手は多いに越したことはないからだ。

 だが疑問もある。リアナがおずおずとイリスに尋ねる。


「あの、失礼ながら、イリス様もお姉様に騙されていたのですよね?」

「……はい。ですが、聖女の座に固執することだけがカタリナ様の本性ではないと思うのです」


 それはリアナも感じていることだ。

 幼少期の姉はとても優しかったことを覚えている。いつからおかしくなったのかは分からないが、非道なだけではないはずだ。

 だからこそ、完全に決別できずにいる。


 リアナは再度ユリウスに視線を向けた。


「ユリウス様……」

「これがあの狡猾な女の罠でないと言えるのか?」


 夫の口調はきつい。だが、妻を案ずるからこそだ。


「罠ではなく、本当にお姉様に何かあったのだとしたら……何もしなければ、きっと私は後悔します」

「君の気持ちは分かる。だが、危険だ。リアナには悪いが、俺は君の健気な性格を利用してきたあの女を信じていない」

「で、ですが、もし……」


 リアナも、ユリウスが意地悪で言っているわけではないことは分かっているので、強くは言えない。


「君に万が一があったらどうする? いまや瘴気を浄化できるのは君だけだ。それに俺は君が無駄に傷つくのは見たくない」

「お願いです、ユリウス様……」


 瞳を潤ませて、上目遣いでユリウスを見上げるリアナ。


「ぐっ……」

「何があっても私を守ってくださるのですよね?」


 ユリウスは大きく溜め息を漏らしてから、両手を上げて仕方なさそうに言った。


「分かった。分かったよ。修道院に寄ってからベルクランに向かう。それでいいか?」

「はい、ありがとうございます」


 リアナの目の端から涙がつうっと流れる。

 ユリウスは優しく拭い、妻の桜色の唇に口づけようとして――


「こほん」


 イリスの咳払いが、二人だけの世界に入りそうだったリアナとユリウスを現実に引き戻した。


「ローヴェルト卿にそのような一面があるとは思いませんでした」


 ぱっと離れた二人を見て苦笑した王女だったが、すぐに表情を引き締めた。


「わたくしからも再度よろしくお願い申し上げます。お二人の安全が最優先ではありますが、カタリナ様の情報が分かれば……」

「承知いたしました」


 ユリウスは今度は頷いた。


 聖具の新調に加え、姉の安否確認という目的が追加された。

 想定外だったが、リアナにとっても手紙の返事が来ないのを心配していた。


 王宮からローヴェルト邸に向かう際、ふとユリウスがリアナに訊く。


「あの『お願い』は狡いだろう……いったいどこで覚えたんだ?」

「マーサがあのようにすれば、お願いを聞いてくれると……」

「そうか。とりあえず、帰ったらあいつに説教だな」


 会話の内容は穏やかだ。

 しかし、これからの旅のことを考えると、どこか緊張感が漂った。

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