30 祝福の祭壇
王都の空は雲一つなく、晴れ渡っている。
先日までの赤紫がまるで嘘のようだ。
窓から心地よい風が流れ、リアナの水色がかった銀髪を優しく撫でた。
魔獣騒ぎで荒れてしまった王都だったが、早くも賑やかな声がそこかしこから聞こえてくる。
やはりローヴェルト邸で迎える朝が一番心地いい。
北の田舎町の小屋もこじんまりとして良かったが、何せベッドが狭かった。
毎晩のようにユリウスの愛を感じるのも幸せだったが、広いベッドはやはり寝心地がいい。ぐっすりと眠れる。
ただ、ユリウスと寝室が別になるのは少し寂しい。
「リアナ様! 起きてます? 起きてますよね。おはようございます!」
久しぶりのマーサは元気いっぱいだ。
自分を逃がすために、ユリウスが一度彼女を解雇したと聞かされたときは非常に申し訳ない気持ちになった。
こうして戻ってきてくれて、リアナとしても嬉しい限りだ。
「さあ、着付けをしますよ。なんてったって、今日はリアナ様の晴れの舞台ですからね」
「そんな大げさなものではないですから……誰も参列しないですし」
「だとしてもです。美しい姿をご主人様に見せたいでしょ?」
それはまあ、その通りだ。
マーサに言われるがままに、前かがみになったり、両手を横に上げたりしながら、純白のドレスを着せられていく。
ぼんやりとあの日のことを考える。
ユリウスの血がリアナの聖具に反応したときのことだ。
目を覚ましてから、二人で何が起こったのか考えてみたが、結論は出なかった。
話に割り込んできたマーサが「それは愛ですね。愛の御業です」と適当なことを言った。
その時は聞き流したが、あながち間違いではない気もする。
ユリウスが呪具で斬られて高熱を出したとき、リアナは口移しで血を飲ませた。
あのとき、ユリウスが聖女一族としてのリアナの因子を取り込んだのではないだろうか。
だから完全ではないにしろ、リアナの半身として聖具が反応した。
そう考えるのは少し情緒が過ぎるだろうか。
リアナは無意識に自分の唇を指でなぞった。
「リアナ様、顔がにやけてますよ」
マーサに指摘されて赤面する。
「そんなこと……」
「いいじゃないですか。可愛らしいですよ。あの堅物のご主人様もそんなリアナ様に惹かれたのでしょう」
特にユリウスに対して堅物という印象は抱いていない。
一周目の世界では婚約者でありながら関わることは少なかったし、二周目の世界の彼は情熱的でやや過保護な面がある。
きっとそれはリアナにだけ見せる姿なのだろう。
そう思うと、特別扱いされているようで嬉しくなる。
「じゃあ、次はお化粧しましょうか」
「あの、ドレスがとてもきついのだけれど」
「ウェディングドレスなので仕方ないですよ。分かります、分かります。着たことないですけど」
緩めるなど言語道断という雰囲気なので、少々呼吸がつらいまま、化粧台の前に座る。
ファンデーションやらチークやら、あまり化粧に拘りのないリアナにはよく分からないので、すべてマーサにお任せだ。
色がどうとか言いながら、作業している。
どんどんきれいになっていく鏡の中の自分を見ていると、カタリナのことを思い出す。
やはり姉妹だからか、似ている。
リアナが最後に見たカタリナの姿は、狼のような魔獣にのしかかられているところだった。
あの後、カタリナがどうなったのか知らなかった。
リアナが目覚めたあと、食い殺された可能性を考え、恐る恐るイリスにカタリナの顛末を聞いた。
浄化が間に合い、カタリナは無事らしい。そう聞いて、胸を撫で下ろした。
自分に酷いことを言ってきた姉ではあるが、たった一人の肉親だ。死んでほしいとまでは思っていない。それに心のどこかに姉を信じたいという気持ちもある。
ただ、あれ以来カタリナに会えていないのだ。
リアナが会いたくないのではない。少し怖いが、会って話をしたいと思っている。
イリスによると、カタリナが会うことを拒否したらしい。
それほどに嫌われたのかと気落ちしたが、どうやらそうではないようだった。
イリス曰く、「カタリナ様はリアナ様に合わせる顔がないと仰っていました。なんだか憑き物が落ちたような表情でした」とのことだ。
そして、聖女の役目をリアナが行っていたことを白状し、北の修道院に自ら向かったという。
ずっと快適な王宮暮らしをしていた姉が極寒の地でやっていけるのか心配になる。
つくづくお人好しだと自分でも思う。
「はい、できましたよ。リアナ様、どうですか? とっても美人さんです」
「わぁ……」
いつの間にか髪も梳かれて艶々としている。
まるで自分とは思えない美女がそこにいた。
「マーサさん、ありがとうございます」
「礼なんかいいですよ。これも仕事ですから」
マーサはウィンクをした。
「ご主人様もお待ちかねでしょうし、そろそろ行きましょうか」
「はい」
彼女に続いて、私室を出る。
「ユリウス様、お待たせしました」
振り向いたユリウスはリアナを見て、目を見開いた。
「きれいだ……」
「あ、ありがとうございます」
照れ合う二人に、マーサが溜め息をつく。
「はい、そういうのは夜にお願いします。行きますよ」
「あ、ああ」
「はい」
向かう先は『祭壇の間』だ。
ローヴェルト邸からは近く、馬車を使うほどでもない。ドレスの裾が汚れないよう、マーサが持ち上げている。
騎士団の訓練場の横を通ったとき、ユリウスのためにサンドイッチを作って連日通っていたことを思い出す。
「君の弁当は美味かったな」
彼も同じことを考えていたようだ。
ユリウスが当時の部下にからかわれていたことなど、他愛のないことを話していると、あっという間に目的地に到着した。
『祭壇の間』では『封印の儀』をするだけではない。その名の通り、祭事を執り行う場所でもある。
今日は、リアナとユリウスが晴れて夫婦になる日だ。
イリスにここを使っていいか尋ねたところ、それまでのリアナに対する非礼を詫びられた後、国王から必ず許可を得ると約束してくれた。
そして、その約束はすぐに果たされた。
参列者はいない。
神官すらいない。
ここまでついてきたマーサも姿を消した……はずだが、柱の影からチラ見しているのは、ご愛嬌といったところか。
別の柱の向こうには、どこで聞きつけたのかニコの姿が見える。隣には元気そうな彼の娘もいた。
ユリウスがリアナから預かっていた聖具を台座にそっと置いた。
王都を救った際、出力の限界を超えたせいか、大きくひび割れ、欠けたところもある。それでもリアナとユリウスにとっては大事な仲間のようなものだ。
台座の前で二人は向き合った。
そこに言葉など要らない。
何も語らずとも、心が通じ合っていることは分かっている。
ユリウスが微笑み、リアナもとびきりの笑顔を見せる。
リアナの胸に熱いものが込み上げる。
一周目の世界ではここでユリウスに胸を貫かれて死んだ。
そしてやり直しの機会が与えられ、「破滅」を避けるために努力してきた。
途中で何度も絶望した。
それでも、ユリウスが隣にいてくれて、「破滅」を回避することができた。
リアナの瞳から喜びの涙がこぼれる。
ユリウスはそっとその涙を拭い、リアナの唇に口づけた。
青空はどこまでも高く、澄み渡っていた。
30分後くらいから第二章に突入します。
引き続き、読んでいただけると嬉しいです!




