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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

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28 カタリナ 5 追い詰められた聖女

 カタリナはイリスの私室のソファで膝を抱えて震えている。

 いつまで経ってもリアナが見つからない焦燥と、このままでは訪れる死への恐怖が心を支配していた。


 イリスが精神を落ち着かせるという香を焚いてくれているが、効果に乏しい。


 なぜ自分がこんな理不尽な目に遭わなければならないのか。

 犠牲になるのは自分以外の誰かでもいいはずだ。


 食事もろくに喉を通らない。そのことを理由に『封印の儀』を行っていない。

 結果、王都を蝕む瘴気は日増しに濃くなり、カタリナはいっそう「破滅の未来」に怯えることになる。


 悪循環だ。


 本来、王族は国を守るために、カタリナに命令してでも儀式をさせなければならない。

 しかし、国王も王妃も魔獣や黒斑病に関する会議だなんだと多忙を極めている。


 比較的自由に動けるイリスは当てにならない。

 震えるカタリナを「国を憂うあまりの衰弱」と勘違いし、彼女を諫めることができない。


 さらに、魔獣被害を抑えられないのは騎士が不甲斐ないからだと言い、行方不明のリアナに対してさえ悪態をつくほどだ。

 完全にカタリナのことを信用しきっていた。


 カタリナはカタリナで、王女がそう言ってくれるので、自分が本当に被害者なのだと思い込むようになった。


 不意に扉が開け放たれる。

 イリスがキッと入ってきた者を睨む。


「カタリナ様が休養なさっているというのに、ノックもしないとは、失礼、ですよ……」


 だがそれが誰なのかに気づき、語尾がだんだんと弱くなる。

 そこには死んだはずのリアナとユリウスがいた。


「なぜ、貴女がここに……? 騎士は何をしているのですか!?」

「イリス殿下、突然の非礼、お詫び申し上げます。ですが、一刻を争う事態なのです」


 リアナは簡単に礼をしてから、視線をソファのカタリナに向ける。


「お姉様、私の聖具を返していただけますか?」

「え……? リアナ?」


 カタリナが上げた顔には憔悴が色濃く浮かんでいたが、リアナを確認するとその目が怪しく光った。


「リアナ! 良かったわ。やっぱり生きていたのね! 急にいなくなるから心配したのよ!」


 妹に対する心配ではなく、自分自身に対するものだ。

 イリスも騎士も役に立たなかったが、こうして妹は戻ってきた。

 自分が魔獣に食い殺される前に、命を捧げる『聖女の影』が帰ってきた。


「刺客を差し向けておきながら、よくもぬけぬけと言えたものだな」

「ユリウス様。今は抑えてください」


 抜剣しようとするユリウスをリアナが制した。


「カタリナ様に剣を向けようとしたことは、不問にしましょう。ですが、リアナ=アルクエル。姉であるカタリナ様が苦労をしている間、貴女はどこで何をしていたのですか」


 リアナを咎めるようなイリスの声音に、ユリウスがぴくりと反応する。

 彼の腕にリアナがそっと触れると、ユリウスは深呼吸をして力を抜いた。

 反論してこないのをいいことに、イリスは言葉を続ける。


「カタリナ様が聖具に血を捧げていたというのに、貴女はずっと逃げていただけでしょう? 聖女一族としての誇りはないのですか?」


 リアナの表情が強張る。

 ユリウスが自分の腕に触れていたリアナの手を優しく握った。


「イリス殿下。お言葉ですが、その女にこそ聖女一族としての誇りなどないと存じます」

「ユ、ユリウス様」


 慌ててリアナが止めようとしたが、彼は小さく「大丈夫だ。暴れたりしないさ」と言った。


「どういう意味ですか?」


 イリスがユリウスに真意を問う。


「俺はリアナの『封印の儀』を何度も見てきました。だから浄化には血が必要なことは知っている。自分で自分を傷つけなければならないことも」

「それはわたくしも存じています。カタリナ様も何度もご自身の指を――」

「大した傷もないのに、儀式をしていたと?」


 ユリウスがちらりとカタリナの手を一瞥すると、イリスもつられてそちらを見る。

 そこにあるのは白魚のような手だ。少しだけ指先に針を刺した痕があるだけで、きれいなものである。


「リアナ、いいか?」


 彼はリアナにそっと囁いた。

 逡巡したが、リアナは頷いて手袋をするりと外す。

 傷だらけの両手が露わになった。長いもの、短いもの、深そうなもの、引きつれになっているもの……多くの傷が刻まれている。


「それは……」


 イリスが息を呑んだ。彼女がいつも見ているカタリナの手とはあまりに違い過ぎる。

 彼女は愚かではあっても、馬鹿ではない。

 リアナの傷と、彼女がいなくなってから瘴気が増えたことから、それまでリアナが何をしていたか想像できたのだろう。


 そして、カタリナが聖具に捧げた血が明らかに足りないことも理解できたようだ。


 それまで黙っていたカタリナがリアナの手を見てぽつりと呟く。


「なんて醜い手」


 その言葉に、リアナは身を竦め、手袋をつけた。

 一方で、イリスは絶句する。


「カタリナ、様……?」


 彼女の表情に疑惑の色が浮かんでいることにカタリナは気づかない。

 隣に置いていた自分のポーチからリアナの聖具を取り出すと、ポイと投げた。


「それが欲しかったのでしょう? 返してあげるから、さっさと『封印の儀』をしなさい。命を捧げれば、きっと浄化できるわ」


 カタリナは昏い笑みを浮かべて続ける。


「リアナ、あなたが生贄になれば、王国を救うことができるのよ。名誉なことだわ。だから、ね」


 死にに行け。

 暗にそう言っていることは、この場にいる誰もが分かった。


 リアナは覚悟を決めた表情で床に転がった聖具を拾って胸に抱く。

 ユリウスはカタリナへの怒りを抑え、リアナを死なせはしないと決意を新たにする。


 イリスは垣間見たカタリナの本性に驚愕し、混乱し、戦慄した。カタリナは彼女が思っていたような「慈愛の聖女」ではなかった。


「ユリウス様、欲しいものは手に入りました。急ぎましょう!」


 リアナはもはやカタリナには目もくれず、イリスの私室を出ていった。


「待て、一人で先走るな!」


 ユリウスも慌てて彼女の後を追う。

 イリスは言葉を発することもできず、二人の後ろ姿を見送った。


「これで、わたくしは助かる……でも、ちゃんと死んでくれるかしら。心配だわ。見届けてあげないと」


 カタリナはイリスの存在など忘れたかのように呟いて、『祭壇の間』に向かう。

 妹が命を捧げるところをこの目で見なければ、真の安心は得られない。

 リアナの死を見届けるのも、姉の役目だ。

明日は一気にハッピーエンドまで投稿します!

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