27 王宮へ
王都まで戻ってきたリアナが見たのは、赤紫に染まった空だった。
ときどき魔獣の雄叫びも響いてくる。
ここに来るまでも魔獣に遭遇したが、ユリウスが斬り伏せていった。彼女が愛する人は本当に頼りになる。
王都を襲う魔獣の数は、そんな彼が表情を歪めるほどのものだった。
城門に目を向けると、厳重な警備が敷かれている。外からやってくる人を入れないためのものだ。
城壁の上にいる騎士は引き寄せられる魔獣の監視をしているのだろう。
「これでは中に入れません……どうしましょう」
「正面突破は無理だろうな」
複数ある城門はいずれも大勢の騎士に守られ、侵入する隙はない。
脱出するときに使った抜け道は、どこにあるのか分からない。ニコの案内で、灯りもつけないままだったので、無理もない。
「ニコさんに会えればいいのですけれど……」
いない人に頼っても仕方ない。なんとか中に入る方法を探す必要がある。
そう思った時、声がかかった。
「俺をお探しかい?」
即座にユリウスがリアナと声の主の間に入る。いつの間にか剣を抜いていた。
「待った待った。旦那、俺だ」
薄暗がりから姿を現したのは、まさにニコだった。敵意はないというふうに両手を上げている。
ユリウスは短く息を吐いて、剣を鞘に収める。
「ちょうど良かったが……何をしているんだ?」
「そうです。なぜ逃げていないのですか?」
瘴気が広がり、魔獣が跋扈する王都に留まる理由はない。
城門の騎士も外から来る者は拒んでも、内から逃げる者は通していた。
「へっ。聖女様なら来てくれると思って待ってたんだ」
「カタリナお姉様なら、おそらく王宮にいると思いますけれど」
リアナが首を傾げる。
「あんたのことだよ。王宮に閉じこもって何もしねぇ奴が聖女様なわけねぇだろ」
ニコは吐き捨てるように言って、慌てて付け加えた。
「おっと、あんたの身内を悪く言うつもりはねぇよ。ただな……」
「いえ、気になさらないでください。それよりも、ユリウス様」
リアナがユリウスに向く。
「やはりお姉様だけでは手が回らないようです。早く行かないと」
「ああ。ニコ、案内を頼めるか?」
頷いたユリウスがニコに問う。
「そのために、ここ数日、あんたらを探してたんだ。会えて良かったぜ」
ここでニコに会えたことは偶然ではなかった。ニコには瘴気を祓う力も魔獣を斬る力もない。それでも、王都を守るために彼にできることをしていた。
そのことにリアナの決意はさらに固くなる。王都を見捨てない人がいるのなら、この状況を少しでもよくしなければ。
三人は、雲が月にかかるのを見計らい、行動を開始した。
◆
抜け道を通り、城門の内側に入ってからは早かった。
騎士は逃げ遅れた住民の誘導や暴れている魔獣の対処で手いっぱいで、リアナたちに気づかない。
さらにニコの案内で王宮の内部にまで入ることができた。
「なんでお前が王宮の抜け道まで知ってるんだ?」
ユリウスが呆れて尋ねたが、ニコははぐらかした。おおかたそういうのに詳しい仲間がいるのかもしれない。
現状ではそれが役に立ったので、リアナもユリウスも深く追及しない。
「ここまでありがとうございました。ニコさんも早く逃げてください」
「ああ。俺にできるのはこれくらいしかねぇ。聖女様に頼ってばかりですまねぇが……」
「ですから、私は聖女では――あ」
リアナの言葉を最後まで聞かずに、ニコは来た道を引き返して王宮の外に出ていった。
「行こう、リアナ」
「はい。まずは聖具を回収しないと」
効率よく浄化をするには聖具が必要だ。さらに広範囲にわたる大規模な浄化のためには、『祭壇の間』に行かなければならない。
「前は騎士団の保管庫にあったが、今はどうだろうな」
「……お姉様が持っているのではないでしょうか。なんでも『半分こ』というお姉様なら、私の聖具を使おうとしたはず」
カタリナがいるとすれば、聖女のために用意されている部屋か、彼女と仲が良いイリスの私室だろう。
先にカタリナ用の部屋に向かう。
その途中でばったりとヴァルドに出くわしてしまった。
隠れる場所がなかったので仕方がない。
ヴァルドは疲れ切った顔をしていたが、リアナの姿を視界に収めると目を細めた。
「リアナ=アルクエル! まさか生きていたとは。大人しくついてこい」
後ずさるリアナに手を伸ばしてくるヴァルド。イリスとカタリナからの命令をこの期に及んで忠実にこなそうとしているのだ。いや、この期だからこそか。
ユリウスがすかさず間に入り、ヴァルドの手を弾く。
「団長、おやめください。我々は王都の瘴気を浄化するために戻ってきたのです」
ヴァルドは弾かれた手を見てから、ゆっくりとユリウスに視線を向けた。
「ユリウス……俺たちが受けた命令はリアナ=アルクエルをカタリナ様のもとに連れていくことだ」
「貴方はまだカタリナを妄信しているのか」
「……」
ユリウスが強行突破も辞さないとばかりに、剣を抜く。
それに反応して、ヴァルドの後ろに控えていた数名の騎士も剣の柄に手をかけたのを、ヴァルドが手で制した。
「団長はリアナを投獄することになった浄化勝負がおかしいとは思わなかったのですか?」
「……」
「リアナが呪具を盗み出す余裕などなかった。ろくに調べもせず、カタリナの言葉だけを信じた。妄信以外の何物でもない。そうは思いませんか?」
ユリウスの言葉は丁寧だ。だが、隠しきれない怒気が含まれている。
ヴァルドは考え込むように押し黙る。彼にも思うところがあるのだろう。
「あの、ヴァルド様」
リアナが口を開いた。ヴァルドの意識が彼女に向く。
「連行されなくとも、私はお姉様のもとへ行くつもりです。私の聖具を返してもらわないと、浄化ができませんから。ですから、姉の居場所を教えてください」
時間が惜しい。言外にそう告げた。
ヴァルドの知るリアナは引っ込み思案であまり意見を言うような者ではなかった。ゆえにはっきりと意志を述べた彼女に目を見開いた。
そして、自嘲するように呟く。
「……どちらが聖女か分かったものではないな」
その言葉はリアナには届かなかった。
「何か仰いましたか?」
「いや、何でもない。カタリナ様はイリス殿下の私室にいらっしゃる。我々は魔獣を抑えに向かうぞ」
最後は背後の騎士に呼びかけ、颯爽と立ち去った。
「ふぅ。君のおかげで争わずに済んでよかった」
ユリウスが剣を鞘に戻し、息を吐く。だが、怒りは収まっていないようだ。
「こうしている間もカタリナは安全圏で悠々と過ごしているのだろう。まったくもって度し難い」
「ゆ、ユリウス様、落ち着いてください。今は『封印の儀』を急がないと」
「……そうだな」
聖具を回収するためにはカタリナに会う必要がある。そのときユリウスが怒りを露わにしないか少し心配だ。
王宮の外からは魔獣の咆哮が断続的に聞こえてくる。
一刻も早く浄化しなければ、被害は増える一方だ。
リアナとユリウスは一瞬だけ視線を交わし、イリスの私室へ急いだ。




