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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

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25 カタリナ 4 崩れゆく王都

 王都の空は赤紫に染まっていた。

 まだ数は少ないが、王都の周辺部では魔獣被害が出始めており、騎士がなんとかそれを抑え込んでいる。

 幼い子どもや老人など、体力のない者から順番に黒斑病が広まっている。


 このまま瘴気が溜まり続ければ、王都は崩壊するだろう。


 祭壇の間で、カタリナは彼女なりに瘴気を抑えようと頑張っていた。

 あくまで彼女なりに、だ。


 美しさを保つためには、リアナのように勢いよく手や指を切るなどできるはずがない。

 傷が残りにくいように細い針で指先を軽く突くだけだ。


 聖具に捧げる血の量は、妹に比べて圧倒的に少ない。

 自分自身の聖具に加え、聖女一族なら誰でも使える予備の聖具にも少しずつ、血を塗っていく。


 それぞれの聖具は仄かに光り、大した効果を発揮しないまま、輝きを失う。


 十分量の血を捧げていないことに、カタリナもうすうす気づいている。

 だが、痛いのも、自分の血が流れるのを見るのも嫌だ。

 浄化勝負のとき、勢いよく手を切った妹に笑いが込み上げそうになったが、あんなのは正気の沙汰ではない。


 大した量の血を流していないのに、魔獣に食い殺される幻視を思い出して、顔を青ざめさせる。


 そこにヴァルドを護衛に連れたイリスがやってきた。

 イリスはカタリナの顔色の悪さに気づき、駆け寄る。


「カタリナ様、ご無理をされているのではないですか?」

「……いえ、まだ大丈夫ですわ。浄化をしないと……」


 気丈に振る舞ってみせるカタリナ。

 真に受けたイリスは、ふらつく彼女を支える。


「カタリナ様が倒れては元も子もありません。どうか休んでください」


 あろうことか、大して疲れてもいないカタリナに休養を勧めた。


「ですが……」

「貴女を失うわけにはまいりません。ヴァルド、カタリナ様が回復されるまで、なんとしてでも魔獣を抑えなさい」


 魔獣の一体や二体、騎士団の力をもってすれば、倒すことは難しくない。

 だが、根源である瘴気を浄化しない限り、魔獣は発生し続ける。


 そういう意味では浄化の力を持つカタリナを優先的に守るのは当然のことと言えよう。


「できますね、ヴァルド?」


 イリスが念を押す。


「……はっ、承知いたしました。ただ……」

「ただ?」

「いえ。ユリウス=ローヴェルトがここにいれば、と思っただけです。彼は一人でも魔獣を仕留めることができますから。この場にいない者に頼っても無意味ですな。騎士の務めは果たします。カタリナ様、どうかご自愛ください」


 ヴァルドは思うところがあるようだが、イリスの命令に逆らうことなどできない。


 カタリナは二人の言葉を受け、殊勝な態度で休養を受け入れる。


「ありがとうございます。必ず、この瘴気を浄化いたしますわ。そのためにも、今は休ませていただきます」


 恭しく首を垂れる。

 イリスは彼女を励ましながら、安全な場所――イリスの私室――に連れていく。

 ヴァルドもそこまではイリスの護衛としてついていったが、その後は前線にいる騎士に指示を出すべく、姿を消した。


 カタリナは内心で舌打ちをする。


 彼女がこれほどまでに苦労するのは、騎士団の連中が魔獣をしっかりと抑え込まないからだ。

 自分は安全な場所にいて、口だけを出すイリスにも反吐が出る。


 自分のことは棚に上げていることに、彼女は気づいていない。

 イライラする。


 もう何週間もリアナを探させているのに、見つからない。

 あろうことか「リアナは死亡した」という報告まで上がってくる始末だ。


 このままリアナが見つからなければ、自分はどうなる?

 再びあの悍ましい光景が頭をよぎる。恐ろしい魔獣に食い殺される幻視だ。


「うっぷ……おぅえ……ぜぇ、ぜぇ……」


 盛大に吐いてしまった。

 これが初めてではない。もう、何度も吐いているし、ストレスで食べる量も減っている。

 体調が悪いというのもあながち嘘ではない。


「イリス様……汚してしまい、申し訳、ございません」

「構いません。カタリナ様の方が心配です」


 王女は優しく聖女の背中をさする。

 メイドに吐瀉物の掃除を命じ、カタリナに水を注いだコップを差し出した。


「ありがとうございます、イリス様」


 受け取ったカタリナは水を飲み干す。喉の気持ち悪さが軽くなった。


 おかげで少しだけ頭も冷えた。


 自分の「破滅」を避けるためには、なんとしてでもリアナを見つける必要がある。

 妹を「生贄」にすれば、カタリナは助かる。王国も救われる。


 大事なのは、妹の血だ。

 この際、生きていなくてもいい。死体さえあれば、血を使うことができるはずだ。

 妹と協力して国を救ったという美談に持っていくこともできるだろう。


 そうすれば、聖女としての地位は安泰だ。


「イリス様。遺体でも構いませんわ。このままリアナに会えないのは辛いのです。確かに彼女はわたくしに代わり、聖女になろうとしたかもしれません。ですが、たった一人の妹なのです」

「カタリナ様……それほどまでに妹君のことを想って……なんとしてでも、見つけましょう。彼女が落ちたという滝、その下流を徹底的に調べさせます」


 イリスは涙を拭って告げた。

 その様子に、カタリナは「本当に愚かな子」としか思わない。利用できるのだから、ありがたいことだ。


 冷静になったことで、リアナが生きている可能性にも思い至る。

 騎士からの報告では、情報源はユリウスだという。

 彼はカタリナが差し出した手を取らず、妹を選ぶ男だ。


 本当にリアナを失ったとして、差し向けた騎士に落ち着いた対応を取ることができるだろうか。


(ふふ、ふふふ……)


 運はまだカタリナを見放していない。

 きっとリアナは生きている。


 そして、躊躇なく手を切って聖具に血を捧げる頭のおかしい妹のことだ。王都の危機を知れば必ずやってくるだろう。


 カタリナの前に来るのは死体かもしれないし、生きた状態かもしれない。

 いずれにせよ、その血を使うだけだ。


 カタリナが生き残る道はまだ残っている。

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