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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

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24 忍び寄る影

 穏やかな日々が続けば続くほど、それが壊れたときのことを考えてしまい、不安になる。

 もちろん、ユリウスを愛し、彼に愛される毎日に不満などないが、それとこれとは話が別だ。


 ――不安は的中することになる。


 ある日のことだ。

 ユリウスはいつものように町の人たちと森に狩りに出かけた。

 リアナも庭の薬草畑の手入れをしていたのだが、数人の見知らぬ人が町に来たのを見てしまった。


 まったく知らないというわけではない。

 彼らは王国騎士の鎧を着ていたから、ひょっとすると話したこともあるかもしれない。


 ついに王国の手がここまで伸びてきた。

 咄嗟に家の陰に隠れてやり過ごしたが、騎士たちは町を行き交う人に話を聞いていた。


 自分たちとは無関係なことを祈る。

 しかし、断片的に聞こえてきた単語に「分隊長」「聖女の妹」「銀色の髪」というものが混じっていた。


(ユリウス様が帰ってきたら、相談しないと)


 そう考えて、こっそりと家の中に入った。

 この家にも騎士が来るかもしれない。扉を施錠し、息を潜める。


 ドンドン、と扉が叩かれた。


『どなたかいませんか?』


 扉越しに聞こえてきたのは騎士の声だ。思わず声が出そうになったのを必死に堪える。

 もう一度ノック音が聞こえたが、リアナは無視した。


 別の騎士が窓から屋内を覗き込むのが見えたので、さっと物陰に隠れた。


『留守か。まあ、ここの女は茶髪らしいから別人だろう。次に行くぞ』


 髪を染めていて良かった。

 ユリウスが出かけていたのも助かった。分隊長だった彼の顔は騎士であれば知っている。


 鎧の擦れる金属音が離れていくのを聞き、胸を撫で下ろす。

 窓から外を窺うと、騎士たちは別の家の扉を叩いていた。


「危なかった……早くユリウス様に報告しないと――」


 ガチャガチャ。


「ひう……」


 突然、扉を開けようとする音が鳴り、心臓が跳ねた。


「リアナ? いるのか?」


 ユリウスの声だ。

 騎士に彼の姿を見られるわけにはいかないので、素早く鍵を開け、ユリウスを引っ張り入れる。


「? どうしたんだ?」

「ユリウス様、王国の騎士が来ました」


 普段のリアナからは想像もできない荒っぽさに、ユリウスは驚いたが、彼女の言葉ですぐに状況を理解した。


「どうしましょう……優しい町の人たちを巻き込みたくはないのですけれど」


 町から逃げるか、それとも留まって騎士が去るのを待つか。


「騎士は全部で何人いた?」

「私が見たのは三人だけです」


 ユリウスは少し考えてから、再度口を開いた。


「王都に近い場所から手分けして君を探しているのだろう。であれば、ここから逃げ出したところで、別の町で見つかるかもしれないな」

「騎士の方々が町に留まる可能性もありますよね」

「ああ。補給しながら次の町に向かうだろうから、二、三日は滞在するかもしれん」


 二人して家の中にこもることも不可能ではないが、逆に怪しまれる可能性もある。


「いっそ隣国に逃げるという手もあるが……」


 原因は分かっていないが、瘴気が発生するのはエルグランド王国だけだ。隣国に亡命すれば、リアナは「破滅」から遠ざかることになる。

 同時に、王国を見捨てるということを意味する。


 加えて、聖女の一族――それも犯罪者――が亡命など、外交問題に発展しかねない。


「……やめた方がいいでしょうね」

「そうだな。逃げることも隠れることもできないなら、やる事は一つだ」


 つまり、騎士を追い返すということだ。


「危険です」


 一人で騎士三人を相手にすることになる。


「君を守ると誓っただろう。大丈夫だ。下っ端の騎士なんかに負けるものか」


 しかし、ユリウスはにやりと笑って、言葉を続ける。


「だが、リアナは隠れていてくれ。君の姿が見られたら、何が何でも連れていこうとするだろう」


 リアナはコクンと頷いた。

 ユリウスは剣を一度鞘から抜き、その刃を確かめてから鞘に戻した。チンという涼しげな音が小さく響く。


「では片付けてくる」

「あの、命までは……」

「分かっている。説得して帰ってもらうだけだ」


 彼はリアナをそっと抱き寄せ、キスをしてから、再び外に出た。

 リアナはそんな彼をそっと見送る――だけではない。


 万が一ユリウスが斬られそうになったら。

 その時は、自らを騎士に差し出そうと考えていた。


 あとでユリウスにしこたま怒られるかもしれない。

 いや、確実に怒られる。


 それでも、彼が傷つくのは嫌だ。


 遠くからユリウスの後をつける。彼は三人の騎士に接触すると、森の方に歩いていった。

 驚いた表情の騎士たちもおとなしくユリウスについていく。


 草木の生い茂った森なら、陰も多くて身を潜めやすい。

 ユリウスたちの会話が聞こえる距離まで近づく。思えば、随分と行動的になったものだ。一周目の世界で終始受け身だった自分とは大違いである。


「ユリウス分隊長」


 騎士の一人が口を開いた。リアナはじっと耳をそばだてる。


「分隊長か……もう除隊されたものと思っていたが?」

「保留になっています。分隊長がリアナ=アルクエルを逃がした証拠が不十分なため、ヴァルド団長が取り調べた上で沙汰を下すとのことです」


 随分と寛大な処置だ。

 あるいはそう言っておけば、ユリウスが王都に戻ると考えているのかもしれない。


「それで、お前達は何をしに来た? 俺を探していたのか?」

「……リアナ=アルクエルの行方を探しています。カタリナ様からのご命令です」


 リアナは息を吞んだ。姉はいまだに自分のことを恨んでいるのか。

 だが、騎士の次の言葉を聞いて、その考えを少しだけ改めることになる。


「今、王都は大変なことになっています」

「大変なことだと?」


 ユリウスが問う。


「瘴気が溢れ、魔獣被害も増えているのです。カタリナ様も『封印の儀』を執り行っていますが、とても抑えきれない状況なのです」

「それで、リアナを探しているのか……」


 本当にそれだけだろうか。

 カタリナの悪意を知った以上、それだけで済むとは思えない。

 確実に浄化をするために、リアナを「生贄」にしようとしているのではないか。


 そんな考えが脳裏によぎる。


「ユリウス分隊長がリアナ=アルクエルを保護しているのでは?」


 騎士の一人が核心を突く質問をした。心臓を掴まれるような感覚が走る。

 だが、ユリウスは首を横に振ってくれた。


「滝壺に落ちたときにはぐれてしまった。俺も探し回ったんだが……」


 迫真の演技だ。


「そうですか……」

「それで? 俺を連れていくつもりか?」


 ユリウスが剣の柄に手をかけ、殺気を放つ。


「い、いえ。我々の捜索対象はあくまでリアナ=アルクエルです」


 騎士たちにユリウスと争う気はないようで、リアナは安堵した。


「そうか。王国騎士団がいくら探しても見つからないんだろう? リアナは『死んだ』とでも報告しておけ」

「はっ!」

「王都に取り急ぎ戻った方がいいだろう。無駄な捜索をしないためにもな」


 三人の騎士は敬礼して、去っていった。

 思ったよりもあっさり退いたのを見るに、滝壺に落ちた時点でリアナの生存は危ぶまれていたのかもしれない。

 カタリナが命令したから、形式上は捜索を続けていた。


 そんなところだろう。


 だが、今はそれはどうでもいい。

 思っていたよりも王都の状況は芳しくないようだ。一周目の世界よりも瘴気の広がりが早い。


 自分はそれを放っておくことができるだろうか。今の自分にも何かできることがあるのではないか。


 リアナは、不安と焦燥を拭い去ることができなかった。

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