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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

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23 一時の休息

 リアナとユリウスが身を寄せたのは、王都から北にある小さな田舎町だった。

 王都を逃げ出してから、数週間が経過していたが、騎士や王家直属の部隊の追っ手はまだ来ていない。

 まして、カタリナの悪意を感じることもない。


 土と草の香りに包まれた田舎暮らしは、リアナにとってそう悪いものではない。

 どうしても緊張を孕む王家や貴族とのやり取りとは無縁だ。


 その代わり、家事の多くを自分でしないといけない。アルクエル邸にいた時はメイドがしていたような、掃除や洗濯もリアナがしている。まだ不慣れなことも多いが、頑張っている。

 髪も茶色の染料で染め、銀髪は隠していた。

 だが、生きているという実感はあった。


 いわば余所者である二人を町の人々は受け入れてくれた。

 ここよりもさらに北に向かうと、非常に寒い土地になる。犯罪を犯した貴族令嬢が送られる修道院もそこにあると聞く。

 追っ手から逃れられるなら、それでも良かった。


 しかし、町の人たちは余計な詮索はしてこないし、家柄も身分も関係のないこの町はとても居心地が良かった。

 せめて町の人に恩を返せたらと思い、リアナは薬師として働いている。


 薬草学の本を熟読していたことが、こんなところで役立つとは思わなかった。

 今では空き家だった小屋を貸してもらい、庭で薬草を育てる毎日だ。摘んだ葉で軟膏や飲み薬を作っている。


 『封印の儀』を行うこともなく、貧血も改善されたリアナは血色もよくなった。

 慢性的な疲労感がなくなったとは言い難いが。


 夜ごとにユリウスに求められるのだ。だが、そんな疲労感なら悪くないとも思う。

 彼に一人の女性として愛してもらえることは心から嬉しい。


 朝になるたびに、「婚前なのに……」とユリウスが後悔するのは、もはやおなじみの光景だ。

 彼のメイドだったマーサがいたら、ニヤニヤしていたことだろう。そんなことを考え、苦笑する。


 ユリウスといえば、だ。


 騎士をしていたユリウスの剣捌きは突出したもので、町周辺の森からやってくる害獣の駆除に重宝されていた。

 猪や熊などの野生動物が町の畑を荒らす前に退治している。


 彼は今日も猪狩りに出かけていった。


 リアナは家の掃除をして、薬草の様子を見て、薬を作って……そんな一日を過ごす。

 今頃ユリウスは何をしているだろうか、今日の弁当はおいしかっただろうか、などと考えながら、ゆったりとした時間を満喫する。


 ふと家の中を見渡す。

 アルクエル邸とは比較にならないほど小さな家。

 部屋は一つしかないし、テーブルや椅子もとても簡素なものだ。たった一つのベッドは狭いが、ユリウスとくっついて寝られるので、それで十分だ。


 ここには、一周目の世界では味わうことができなかった幸せが詰まっている。


 薬草をゴリゴリとすり潰していると、扉がノックされた。


「はーい」


 出てみると、顔馴染みになった町の人だった。


「旦那さんが猪を退治してくれたから、肉のおすそ分けだよ」


 ここではリアナとユリウスは夫婦ということにしている。いずれ本当に夫婦になるのだから問題ない。


「ええと、あの人は……?」

「酒に誘われてたよ。なんたって、町を守ってくれる英雄だからね」


 さすがは騎士団の元分隊長だ。リアナも鼻が高い。

 礼を述べると、猪肉を持ってきた人は去っていった。彼も酒の場に行くのだろう。


 せっかく肉が手に入ったので、シチューなんかいいかもしれない。

 王都にいた頃、アルクエル家の料理人やマーサにいろいろと教わっておいて良かった。作れるのはサンドイッチだけではないのだ。


 自分もユリウスも町にだいぶ溶け込んだことに安堵しつつ、シチュー作りに取り掛かる。猪肉のほかにはジャガイモとニンジンを入れる。どちらもこの町で採れたものだ。


 そろそろ陽が沈む頃になり、ユリウスが帰ってきた。

 以前、同じように酒の場に誘われたユリウスの帰りが遅くなったことがあった。その時、寂しくて「私のご飯は食べてくれないんですね……」と漏らしてしまった。


 それ以降、彼は暗くなる前に必ず帰宅している。

 なんだか申し訳ないと思う反面、第一に自分のことを考えてくれていることが分かって胸が温かくなる。


「お帰りなさい」

「ただいま。お、いい匂いがするな」


 何気ないやり取りが胸を温かくする。


「貴方が狩った猪のお肉でシチューを作ってみました」

「いただくよ、ありがとう」

「はい、少し待ってくださいね」


 ユリウスが手を洗っている間に、リアナは皿にシチューを注いだ。

 皿をテーブルに置くと、ユリウスが戻ってくる。


「お酒の席で食べてきたのではないですか?」


 リアナが尋ねると、彼は首を横に振って、相好を崩した。


「少しだけだ。リアナの作るご飯が一番美味しいからな」

「も、もう……」


 最近のユリウスはどうも、手放しにリアナのことを褒めてくれる。なんだかこそばゆい。


 二人で向かい合って、シチューを食べる。

 灯りはロウソクの炎だけだ。それも王都の実家のように何本もあるわけではない。


「森はどうでしたか?」

「今日も問題なかった。君のほうは、何か感じたか?」

「いいえ、私も特には」


 日課ともいえる確認をお互いにする。ここでの生活は穏やかで、守っていきたい。

 ユリウスは森に行くたびに王都からの刺客の気配を探り、リアナは瘴気が増えていないかを確かめる。


 落ち着いた日々だからこそ、油断しないように気をつけていた。

 何か変化があれば、即座に対応しなければならない。町の人に迷惑がかかるのは本意ではないから。


「やっぱり気になるか?」

「……はい」


 普段は気にしないようにしているが、やはり王都のことは気がかりだ。

 こうしてユリウスと逃げることができ、自分の「破滅」は回避されたかもしれない。

 だが、王都の「破滅」は?


 自分さえ良ければそれでいい、という考え方はリアナにはできない。

 リアナが逃げ出したせいで、王都の多くの民が犠牲になるのは嫌だ。


 ロウソクの明かりがゆらゆらと揺れる。


「リアナを犠牲にして得られる平和には何の意味もない」


 彼女の心の内を読んだかのように、ユリウスはぽつりと呟いた。


「……そんなつもりはありませんよ」


 リアナは肩を竦めた。彼女とてユリウスとの生活を手放したいとは思っていない。


「美味かった。とても貴族令嬢とは思えないな」


 食べ終わったユリウスが、いつものようにリアナを褒める。


「そう言っていただけると嬉しいです」


 リアナも自分の分を食べ終え、皿を流しに持っていく。


 あとは寝るだけだ。

 王都での生活とは違い、田舎の夜は早い。


 ユリウスがロウソクの火を消すと、室内を照らすのは窓から注ぐ月明かりだけだ。

 狭いベッドに二人並んで座る。


 この平穏がいつまでも続けばいいのに。

 そう願わずにはいられない。


「リアナ」

「はい」


 呼ばれてユリウスに顔を向けると、チュ、と唇にキスをされた。


「ユリウス様……また後悔しますよ、ふふ」


 リアナが悪戯っぽく笑うと、彼も微笑んだ。


「構わない。後悔は明日の俺に任せよう」

「……もう」


 二人は熱く、甘い口づけを交わした。

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