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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

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22 深まる絆

「ごほっ、ごほっ……」


 どれだけ流されたのだろうか、リアナとユリウスは小石でいっぱいの川辺に流れ着いた。

 彼が守ってくれたので、怪我という怪我はしていない。


 だが、当のユリウスは彼女の代わりにボロボロになっている。服のあちこちが破れ、血が滲んでいる場所も少なくない。

 問題はそれだけではない。


 ユリウスの意識は朦朧としていた。


「ユリウス様、ユリウス様! 熱っ」


 軽く揺すった彼の体が、高熱を発していた。

 周囲を見渡し、雨風を凌げる場所を探す。ほど近い場所に洞穴を見つけた。


 ひとまず、ユリウスをそこまで運ぶことにする。

 リアナにとってはかなりの重労働だ。それでも、高熱に浮かされる彼を直射日光に晒すことはできない。


 今度はリアナが助ける番だ。

 力を振り絞り、一生懸命ユリウスを洞穴に運び入れた。


「はぁ、はぁ」


 息が切れるが、これで終わりではない。

 濡れた体をそのままにしておくわけにもいかない。ぐったりとしているユリウスの服を頑張って脱がす。濡れているので、一段と脱がせにくい。


 傷以外にも、何か所も打撲の痕があり、水の中では彼に守られていたことを再度実感する。

 一番の問題は呪具でつけられた背中の傷だ。


 傷自体は浅く、圧迫していれば血は止まるだろう。

 だが瘴気は別だ。こうしている間にも、ユリウスの体を少しずつ蝕んでいる。


「なんとかしないと……!」


 ある種の薬草は瘴気を抑えることができると薬草学の本で読んだことがある。

 聖女の力には到底及ばないが、試す価値はあるだろう。


「ユリウス様……申し訳ありません。少し離れますね」


 リアナは優しくユリウスの頬を撫でてから、森に入っていった。


「くしゅん」


 森の中は陽の光が遮られ、少し肌寒い。リアナの服も濡れていたが、外で服を脱ぐなどはしたなくてできない。

 自分の体をさすりながら、本で見た薬草を探して回る。


 幸いにして見つけることができた。それほど多くはないが、ないよりはましだ。

 ついでに普通の傷に効くとされる薬草も摘んでから、洞穴に戻る。


 気づけば、西の空が橙色に染まっている。急がないとあっという間に真っ暗になるだろう。


 本来なら、きれいに洗った道具で葉っぱをすり潰したいところだが、川辺の石で代用した。

 粘る葉っぱの汁をかき集めて、ユリウスの怪我に塗っていく。


「……足りない」


 多少、瘴気が減ったように見えるが、それだけだ。まだまだ足りない。


「せめて聖具があれば……」


 血を捧げて浄化の力を発揮することができるのに。

 そこまで考えて、ふと思う。


 聖具はそもそも、聖女一族の力を強めるための媒体。

 瘴気を浄化するのに必要なものは聖具ではなく、「血」ということだ。


 リアナの血を直接ユリウスの背中の傷に塗れば、瘴気を消し去ることができるかもしれない。

 だが、瘴気は既に血管を巡って、ユリウスの全身に行き渡っている。

 背中の傷を癒やすだけでは不十分だ。


 ある方法が頭をよぎる。

 本当にユリウスを癒やせるかは分からない。それに少し恥ずかしい。


 それでも、絶対に彼を失いたくないなら試すべきだ。


 洞穴の壁に立てかけておいた、ユリウスの剣に目を向ける。

 一周目の世界で、彼女の胸を貫いた剣。あの時の痛みと苦しみは今でも鮮明に思い出せる。


 リアナは意を決して、ユリウスの剣を少しだけ鞘から抜いた。

 そして、自らの掌に刃を当てる。


「痛……」


 いつも使っているナイフよりも切れ味は抜群で、思ったよりも深く切ってしまう。

 流れ出る血もいつもより多い。


 急いでユリウスの元に戻ったリアナは、流れ出る血液を口に含み、ユリウスに口づけた。

 鍛えられた体は筋肉質で硬いのに、彼の唇は柔らかい。


 彼の喉がコクンと鳴った。

 朦朧としていても、リアナの血を飲んでくれた。


 一度では足りない。

 二度、三度と口移しで血を飲ませる。


「ん……はぁ……」


 口を離すと、唾液と混ざった血が赤い糸を引いた。


「もう一度……」


 このような状況なのに、リアナは自分の頬が上気するのを感じた。

 脱獄するときもキスはした。だがあの時は、ユリウスからだった。


 今はリアナが自ら彼と唇を重ねているのだ。

 彼を助けるために命を分け与えているのに、なんとも背徳的に思える。


「まだ……」


 さらに唇を重ねる。

 瘴気を祓うためにキスをしているのか、キスをするために瘴気を祓っているのか。


 確かなのは、リアナはユリウスを愛しているということ。

 そして、彼を蝕んでいた瘴気が消え去ったことだ。


 そのことを確認したリアナはほっと安堵する。

 危機は脱した。


 そう思ったのだが、今度はユリウスの体が震え始めた。


「な、なんで……?」


 触れると、さっきまでは熱かったユリウスの体が、今度は冷えている。

 瘴気は消え去っても、その影響はまだ残っているのかもしれない。


「あ、温めないと」


 焚き火をしようにも外はもう暗くなっている。枯れ枝を集めることなどできない。

 そもそも、火の起こし方なんて知らない。


「ど、どうしよう……そうだ」


 冷えた体を温めるには、人肌が良いと本で読んだことがある。

 脱がせたユリウスの服は濡れたままだし、リアナの服も動き回ったので多少は乾いているが、まだ乾き切ってはいない。


 彼の冷えた体を温められるのは、リアナしかいない。


「治療のため、治療のため……」


 そう言い聞かせながら、リアナは服を脱ぎ、下着だけになる。はしたないにもほどがある。

 ユリウスの大胸筋や二の腕を見て心臓がドクンと跳ねた。

 薄暗くなっているのに、そんなところはしっかりと見える。


「は、早く温めないと……」


 目をぎゅっと瞑り、えいっとユリウスの体に身を寄せる。

 彼の体は冷たい。逆に言えばユリウスに体温を分けてあげられているということだ。

 できるだけ彼を温められるよう、四肢を絡ませる。


 胸の鼓動が速まる。ドクドクとうるさい。

 だがそれ以上に、密着したユリウスの鼓動を感じられた。


 生きている。


 リアナにできることは全てやった。あとは彼が回復してくれることを祈るばかりだ。

 やがて、リアナは眠りに落ちていった。


     ◆


 洞穴の外が明るくなり、リアナが目を覚ました。

 寝てしまっていたことにハッとして、ユリウスを確認する。


 彼の肌は熱くもなく、冷たくもなかった。いや、筋肉が多いせいか温かい。


 ペタペタと彼の体を触っていると、うっすらと目を開けた。


「ん……リアナ? 確か、呪具に斬られて、滝壺に落ちて……その後は、どうなった?」


 まだ頭がぼんやりとしているようだ。


「おはようございます、ユリウス様。良かったです……元気になって」


 ユリウスがちゃんと回復したことに、リアナの瞳から涙がこぼれる。

 その様子にユリウスが跳ねるように起き上がった。


「君が看病してくれたのか」

「はい」

「すまない……いや、ありがとう」


 彼は礼を言うと、リアナを抱きしめる。そして、彼女が裸であることに気づいた。


「……服はどうした?」

「あ、あの……ユリウス様を温めるために、その……」


 言われて、リアナも服を纏っていないことを思い出し、顔が赤くなる。


「! 本当にありがとう。リアナ、愛している」

「きゃっ……ん、んむ……」


 突然、押し倒されるようにキスをされ、目を白黒させるリアナ。


「決して、君を離さない」


 耳元で、ユリウスの低い声が優しく囁かれる。全身に熱が走った。


「え? あ、こんなところで――ん……」


 再び、口が塞がれた。

 そして――


     ◆


 ――しばらくして、ユリウスの項垂れる姿がそこにはあった。


 二人ともすっかり乾いた服を着ている。


「その、すまない、リアナ。自分ではもっと理性のある男だと思っていたんだが……」

「命の危険があると、その……そういう本能が強くなると、本で読んだことがあります」


 怒ってないというふうにリアナは微笑んだ。

 しかし、ユリウスは土下座をする勢いで、頭を下げる。


「婚前でありながら、情けない……この責任は必ず取る」

「頭を上げてください……私も、ユリウス様を愛していますから」


 自分で言って、恥ずかしくなる。こればかりは慣れる気がしない。


「だが、けじめが……」

「……では、これからも私のことを、その……守ってください。それで許してあげます」


 ようやく、ユリウスが頭を上げ、リアナと視線を合わせた。


「もちろんだ。リアナは俺が必ず守ってみせる」

「はい、よろしくお願いします」


 イレギュラーなことはいくつもあった。

 だが、リアナにはユリウスとの絆がいっそう深まったように感じる。


 これからの逃避行も大変なことは多いだろうが、彼とならどんな困難も乗り越えると決意を新たにした。

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