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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

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2 目覚めと決意

 リアナの胸は確かにユリウスの剣によって貫かれた。

 あの痛みを鮮明に思い出すことができる。


 彼女は混乱する頭で胸をさすったが、血が流れた跡すらない。

 着ている服は寝間着だ。何週間も牢獄に囚われ、汗と土で汚れたドレスではない。


 ――夢だったのだろうか?


 そう考えてから、リアナは頭を左右に振った。

 根拠はなくとも、あれは夢なんかではない。


 室内を見渡すと、アルクエル邸のリアナの寝室に間違いない。

 ベッドから下りて窓辺に向かう。見上げると、晴れ渡った青空が広がっていた。


 浄化の光が王国を救った後、自分も奇跡的に助かったのだろうか。

 しかし、胸を貫かれて生きていられるとは思えないし、傷跡すらないのは不自然だ。


 コンコン、と扉がノックされる。


「ど、どうぞ」


 入ってきたのはリアナについているメイドだ。

 混乱した表情を浮かべるリアナに、メイドは訝しむような視線を向けた。


「リアナ様、どうかされましたか?」

「い、いえ。なんでもありません」


 メイドはそれ以上、言及しなかった。


「さようですか。今日はカタリナ様の聖女就任パレードですから、起きていらっしゃるなら急いで着替えますよ」

「え……?」


 姉カタリナの聖女就任パレードといえば、一年以上前の話だ。

 困惑していると、着付けのためにメイドがリアナを姿見の前に連れていく。


 そこに映っていたのは、肌艶の良い令嬢だった。

 水色がかった銀髪は艷やかで、頬もこけることなくふっくらとしている。


 記憶にある自分よりも、少しだけ若い。


「まさか……時間が? いや、でも……」


 一人で混乱しているリアナに、メイドが溜め息を漏らした。


「何をお一人でぶつぶつと仰っているのですか? 時間がありませんので、急ぎますよ」

「あ、は、はい」


 メイドが選んだドレスに袖を通す。

 カタリナの聖女就任パレードで着たことを覚えている。


 なぜかは分からないが、どうやら時間を遡ったことは確かなようだ。


 着替え終えたリアナは、メイドに急かされて外に向かう。

 その途中、廊下で姉カタリナと鉢合わせた。


「あら、リアナ。お寝坊さんね」


 パレードの主役である彼女は既に美しく着飾っていた。

 リアナのよりも濃い青みがかった銀髪が、白を基調としたドレスによく映える。

 華やかな印象で、パレードの主役としてこれ以上ないだろう。


「お姉様……」


 一周目の世界でカタリナは行方不明になっていた。あの絶望的な状況であれば、彼女がどうなったのかは想像に難くない。

 その姉が、今は生きて目の前にいる。


 熱いものが込み上げ、思わずカタリナに抱きついてしまった。


「ふふ、どうしたの? 危ないわ」

「も、申し訳ございません……お姉様が聖女になられることが嬉しくて、つい……」


 リアナには破滅する世界線のことを話せるはずがない。


 両親が他界しているリアナにとって、カタリナは唯一の家族だ。

 アルクエル家は聖女の一族で、短命の者が多い。


 聖女は瘴気や魔獣を祓うのが使命だ。そのために自らの血を用いる必要がある。

 それゆえに慢性的に貧血になり、若くして亡くなる者が少なくない。


 リアナとカタリナの母親も例外ではなかった。


 だから、生きている姉に会えて心から嬉しい。


「ありがとう、リアナ。準備はできているわね。一緒に王宮に行きましょう?」

「はい、お姉様」


 リアナに微笑んでから先に行くカタリナに、ついていく。

 アルクエル邸の門前で待機していた馬車に乗り込むと、ゆっくりと進み始めた。


     ◆


 王宮に着くなり、リアナは王族に挨拶をする。

 まずは国王、次に王妃、そして第一王女に恭しく礼を取った。


 聖女一族であるリアナも王族に謁見したことは何度もあるが、それでも毎回緊張する。

 一方のカタリナは慣れた様子だ。


 彼女は第一王女のイリス=エルグランドととても仲が良い。王城に顔を出す頻度もリアナの比ではない。

 国王からの覚えもよく、カタリナが聖女に任命された理由にはそれも関係していた。


 もっとも、どちらかと言えば引っ込み思案なリアナに務まるとは、彼女自身思っていない。


 パレードの準備が整ったと伝令が走ってきた。

 リアナはカタリナとともに、パレード用の儀装馬車に乗る。聖女の親族としての参加なので、あまり人目に触れることはない。


 出発地点となる王宮前の広場には人だかりができていた。

 誰もが新しい聖女就任に希望を抱いているのが分かる。


 今、このときは平和そのものだ。

 一周目の世界を知っているリアナは、この平和を守らなければならないと強く感じた。


 国王の演説に続き、カタリナも新聖女として口上を述べる。

 それが終わると、いよいよパレードが始まる。


 王都の大通りを儀装馬車でゆっくりと進むだけだが、万が一に備え騎士が周囲を護衛している。

 その中の一人と目が合った。


 ユリウスだ。

 彼も記憶にある彼よりも少しだけ若い。


 馬上のユリウスはいつになく精悍だ。そんな彼がリアナに対し、表情を和らげ会釈した。

 たったそれだけなのに、リアナの胸は高鳴った。


 一周目の世界でリアナ亡き後、彼がどうなったのかは分からない。

 ただ、今ここにいるユリウスは間違いなく生きている。そのことがとても嬉しい。


 この時点ではまだ、彼はリアナの婚約者だ。

 一周目と同じように進めば、彼はリアナとの婚約を破棄することになる。


 チクリと胸が痛んだ。

 リアナはカタリナの方が様々な面で優れていると思っているし、自分よりもユリウスに見合っているだろう。


 ちらりと姉を見てから、ユリウスに視線を戻すと、彼は周囲の警戒に意識を割いていた。


 リアナにとって大事なものはまだ失われていない。

 しかし、このまま何もしなければ、同じ運命を辿るだろう。


 リアナとカタリナは死に、ユリウスは涙を流すことになる。

 王都に住まう多くの民にも甚大な被害が出る。


 だから、この二周目の世界はきっと神様がくれたやり直しの機会だ。


 カタリナは聖女という大役に重圧を感じていただろう。

 ユリウスはリアナやカタリナとの関係や、騎士としての国を守る任務の中で、様々な板挟みがあったに違いない。


 何より、リアナ自身が無力だった。

 自ら行動することなく、何も分からないまま投獄され、そして命を散らした。


 やり直しの機会をうまく活用するためには、まずは自分が変わる必要がある。


 大事な人たちが傷つくのは嫌だ。

 それを避けるために、自分ができることは何だろうか。


 カタリナが重圧に圧し潰されないよう、彼女の負担を減らし、影から支えたい。

 ユリウスともっと関係を築いて、彼とともに王国を守りたい。


 自分の性格をすぐに変えることなどできない。

 それでも、少し勇気を出すだけでいい。


 一周目の「王国を救うために命を捧げた」ことに比べれば、なんということはない。


 もう一度、カタリナとユリウスに目を向ける。


 カタリナは笑顔で、王都の民に手を振っている。

 ユリウスはしかめっ面で、周囲の警戒を続けている。


 リアナは拳をぎゅっと握った。

 そして、考える。


 少しでいい。

 少しでいいから、二人の助けになることをしよう。


 二度目の人生を得た少女は未来を変えるために行動することを心に決めた。

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