1 生贄の祭壇
初めましての方は初めまして。
過去作を読んでくださった方はお久しぶりです。
本日は初日につき、3話投稿します。
基本的に18時頃に毎日1話ずつ投稿する予定ですが、進捗によっては土日に2話投稿することがあります。
※当作品は「小説家になろう」「カクヨム」に同作者名義で投稿しています。
※当作品は世界観構築の壁打ち、プロット整理、本文の校正に生成AIを使用しています。
冷たい石造りの台座に横たわるリアナ=アルクエルの胸に、刃が突き立てられようとしていた。
剣を握るのはかつての婚約者、ユリウス=ローヴェルト。
彼女は命を捧げることに、何の躊躇いもなかった。
周囲は喧騒に満ちているが、彼女の耳には入らない。ただ、自分の心臓の鼓動と、ユリウスの息遣いだけが聞こえる。
ふと、ここに至るまでのことを思い返す。
◆
数時間前まで、リアナは王城の地下牢に閉じ込められていた。
罪状は呪具の所持と使用、および王都を混乱に陥れようとしたというものだ。
リアナには心当たりがなかったが、弁明の余地もなく投獄された。
劣悪な環境と粗末な食事は貴族令嬢たる彼女には過酷なものだ。
冷たい床や壁に身を竦ませながら、常に不安と絶望に苛まれていた。
ふと外が慌ただしくなり、小窓を見上げた。
採光のための、天井近くの小さな窓には鉄格子が嵌められている。
小窓の向こうに覗く空は赤紫に染まっていた。
遠くからは魔獣の雄叫びも聞こえてくる。
窓から外を見られれば、何が起こっているのか確認できたかもしれない。
あいにくと足台になるようなものもない。
それでも、リアナは状況を察することができた。
大地から溢れる瘴気が大気を汚し、魔獣を引き寄せているのだ。
リアナの血を用いれば、状況を一変させることができるだろう。
彼女の聖具が手元にあれば、の話だ。
また、牢獄に囚われた彼女にできることなどなかった。
なんとかしないと、という焦燥ばかりが募っていく。
「お姉様は無事なのでしょうか……?」
リアナはぽつりと呟いた。
リアナの姉――聖女カタリナ=アルクエルであれば、瘴気を抑え、魔獣を消し去ることもできるはずだ。
だが、いっこうに騒ぎが収まる気配はない。
それどころか、瘴気は徐々に増しているように感じられる。
最悪の事態がリアナの脳裏をよぎった。
――既に姉は魔獣によって命を奪われているのではないか?
リアナの顔から血の気が失せ、心臓が早鐘を打つ。
「リアナ」
不意に声がかかった。
不安と焦燥と恐怖のあまり、牢に近づいてくる者に気づいていなかった。
振り返ると、数名の騎士が鉄格子の向こうに立っている。
その先頭にいるのはユリウスだ。
彼はリアナとの婚約を破棄した後、カタリナと婚約をした。
それも仕方ないとリアナは思っている。
地下牢に幽閉された自分など、聖女であり美しい姉とは比べるべくもない。
若くして騎士団の分隊長となったユリウスには、姉のほうがお似合いだ。
「ユリウス様……一体、何が起こっているのですか? カタリナお姉様は無事なのですか?」
リアナはユリウスへの恋慕をぐっと押し込めた。
「捜索しているが、行方不明だ。おそらくは……」
「そんな……」
目を伏せて答える彼に、リアナは口元を傷だらけの両手で覆った。
ユリウスが顔を上げ、縋るようにリアナを見つめる。
「リアナ、君だけが頼りだ。こんなところに押し込めておいて、すまないと思っている。だが、王国を救うためには君が必要だ」
「瘴気と魔獣、ですね……」
ユリウスが首を縦に振る。
リアナは胸に手を当てて深呼吸をすると、覚悟を決めて言った。
「……分かりました。この身をもって王国をお救いいたします」
その言葉を待っていたかのように、ユリウスの部下が地下牢の鍵を開けた。
しかし、それはリアナを解放するためではない。
そのことはリアナ自身がよく分かっている。
「すまない、リアナ」
「……私でお役に立てるのであれば、それほど嬉しいことはございません……参りましょう」
外の空気を吸うのはいつぶりだろうか。
瘴気が満ちた空気はとても清々しいといえるものではなく、肌がひりつく。
リアナを投獄した騎士に、今度は守られるようにして連れていかれたのは、大聖堂の祭壇の間だった。
平時であれば、派手さはなくとも厳かな雰囲気の場所だ。しかし、赤紫の空の下では不気味にしか見えない。
祭壇の間には、台座が一つ置いてある。
成人一人が横になれるほどの大きさで、穴が一つ開いている。
穴に向かって多くの溝が彫られていた。
「聖具はありますか?」
リアナが問うと、騎士の一人が大事そうに抱えてリアナに渡した。
受け取った彼女は台座の下に聖具を設置する。
そして、自らは台座の上に横たわった。台座の穴の位置に胸がくる。
ユリウスは彼女の様子を黙って見ていたが、そんな彼にリアナが声をかけた。
「ユリウス様、準備は整いました。いつでもどうぞ」
気丈に振る舞うリアナだが、その声は震えている。
これから起こることを考えると怖くないわけがないのだ。
王国を守るための礎になるということは、つまり死を意味する。
誰も前に出ようとしない。
無抵抗の女性の胸に剣を突き立てたいと思うような者はいない。
だが、刻一刻と時間は迫っている。
急がなければ、瘴気と魔獣によって王都の民が蹂躙されてしまう。
「俺がやる。これはリアナの元婚約者だった俺の役目だ」
意を決した顔でユリウスが告げた。
剣を抜きながら、台座に歩み寄る。
リアナは愛する男の苦渋に満ちた顔を横目に見た。
ユリウスは剣を逆手に持ち、高く振りかぶった。
リアナは静かに最期の時を待つ。
やがてユリウスがぽつりと呟いた。
「すまない、リアナ。本当にすまない……」
リアナからはユリウスの顔が影になってよく見えないが、涙を流しているようだ。
「ユリウス様……あなたは国を救う英雄になるのです。何を憂うことがあるでしょうか」
罪を犯したことはなくとも、今のリアナは罪人だ。
罪人を処刑し、さらに瘴気と魔獣を消し去ることができるのなら、それはまさしく英雄である。
「俺は――」
「ユリウス様、時間がありません」
待機している騎士の中から声が上がった。
「分かっている! だが……いや、やるしかない」
剣を握るユリウスの手に力がこもる。
彼の手で最期を迎えることができるのなら、本望だ。
「くそっ! あああぁぁぁぁぁ!」
そして、リアナの胸に剣が突き立てられる。
とん、と軽い衝撃が走った。
すぐに熱と痛みが広がっていく。
リアナの血が、胸を貫いた剣を伝い、台座の穴に吸い込まれる。
その行き先は、台座の下に設置された聖具だ。
リアナの血を吸った聖具が輝き始める。
その光に照らされたユリウスはやはり目元を濡らしていた。
リアナの命を奪うことになったことを後悔しているのかもしれない。
あるいは少しでも彼女のことを愛する気持ちがあったのかもしれない。
彼女にとっては、なんでも構わなかった。
自分の命を使うことで、王国が――ユリウスが助かるのであれば、それでいい。
血がどんどん失われ、それにともない聖具が放つ輝きが増していく。
最初は感じていた熱は去り、身体は急激に冷えていった。もう、痛みさえ感じない。
それでも、リアナは最後の力を振り絞る。
ユリウスの頬に、撫でるように手を添えた。
何かを話そうとして、「ゴボッ」と血を吐いた。
暗く霞んでいく視界の中、血を吐き切ってから、リアナは囁く。
「愛して……います――」
その瞬間、彼女の手から力が抜け、糸が切れたように床に向かって滑り落ちた。
最期の言葉がきっかけになったかのように、聖具から眩い浄化の光が迸った。
全てが白く染まる中、リアナの意識も光の中に溶けていった。
◆
ちゅん、ちゅん。
鳥の囀りとともにリアナは目を覚ました。
「え……? 私、死んだはずじゃ?」
窓から射しこむ陽の光は暖かで穏やかだった。




