表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/46

18 ユリウス 3 脱獄

 夜の闇に紛れて、ユリウスは地下牢に急ぐ。

 道すがら、ふと引っかかっていたことを思い出した。


 リアナが時折、口にしている「破滅」という言葉だ。

 これまで深く追求してはこなかったが、その言葉を口にしたときの彼女は、いつもひどく怯えているようだった。


 過剰にも思える血の奉納は、その怯えの裏返しなのではないだろうか。

 「破滅」を回避するために、頻繁に『封印の儀』をしてきたのではないだろうか。


 逆に言えば、彼女が何もしなければ、「破滅」に繋がるのか?


 リアナから彼女の知っていることを聞き出すべきかもしれない。


 地下牢の見張りをしていたのは、ユリウスの部下の騎士だった。リアナとの仲をからかっていた者だ。


「ユリウス分隊長? 何をしているんですか?」


 ユリウスに気づいた騎士が顔を上げて尋ねる。


「……婚約者が牢に入れられたんだ。気になるに決まっているだろう?」

「ヴァルド団長からは分隊長が来ても通すなと厳命されていて……」


 部下は困ったように語尾を濁した。


「お前も恋人がいるなら分かるだろう? 少しだけでいいんだ」

「……少しだけですよ」

「助かる。何かあれば、俺に無理やり命令されたと答えてくれ」


 ユリウスは軽く頭を下げると、開けてくれた道を通り、地下への階段を進む。

 空気が湿り気を帯び、石とカビの臭いが鼻をついた。


 灯りのない通路は薄暗く、それぞれの独房の小窓から差し込む僅かな月明かりだけが頼りだ。

 これからリアナを脱獄させることを考慮し、ランタンに火は入れていない。


 ユリウスの足音だけが狭い通路に響き渡り、それが聞こえたのか、誰かが息を呑む気配がした。

 現在、地下牢に捕らえられているのはリアナだけなので、もちろん彼女の息遣いだ。


「ど、どなたですか?」


 震える声が聞こえ、ユリウスはそちらに向かう。


「俺だ。助けに来た」

「ユリウス様……! 本当に来てくださったのですね」


 リアナの声に喜びの色が混じる。

 ユリウスが鉄格子のすぐそばに立つと、彼女もその反対側にやってきた。


 それだけ近ければ、薄暗くとも愛する女性の顔を確かめることができる。


「必ず来ると約束しただろう?」

「はい……信じておりました」


 彼女はにっこりと笑ったが、すぐに表情を暗くした。


「ですが、駄目です。わたしを助け出したら、ユリウス様は罪に問われます。わたしを見捨てれば、貴方の未来は守られるのです。だから……どうか、帰ってください」


 鉄格子から離れようとするリアナの腕を、ユリウスは掴んだ。


「見捨てるなどできるものか。本心を聞かせてほしい」

「それは……私の我儘です。そんなことにユリウス様を巻き込むわけには……」

「それだと、君が口にしている『破滅』が訪れるんじゃないのか?」


 リアナの顔が青ざめ、全身が強張る。


「なん、で……それを?」

「俺には『破滅』が何を意味するのか分からない。だが、君はそれを避けたいんだろう?」


 がたがたと震える彼女に、ユリウスは言葉を続ける。


「我儘でもなんでもいい。繰り返す。君の本心を聞かせてくれ」

「……『破滅』は嫌です。ここを出て……貴方とともに生きたい……!」


 涙に濡れたリアナの瞳は儚くも美しい。彼女が自分を慕う心が伝わってくる。


 ユリウスは無意識にグイと彼女を引き寄せた。

 そして、鉄格子の隙間からリアナの可愛らしい唇に、口づけた。


 その瞬間――


 彼の知らない記憶が流れ込んでくる。


 毒々しい赤紫に染まった空。響き渡る魔獣の咆哮。

 祭壇の間の台座に横たわるリアナ。


 自身の持つ剣で、彼女の胸を貫く生々しい感触が手に残る。

 リアナは刻一刻と命を失いながらも、優しく微笑み、「愛しています」と呟いた。


 視界が真っ白に染まり――


 意識が引き戻される。


「はぁ、はぁ……! 何だ、今のは?」


 ユリウスは一歩下がり、自分の両手を見る。生温い血はどこにもついていない。

 目の前にいるリアナは確かに息をしている。


「ユリウス様……? 大丈夫ですか?」


 心配そうに見つめてくる彼女と、視線が合った。


「今のが……『破滅』、なのか?」


 額に滲む嫌な汗を拭い、呟く。

 今の記憶が何なのか不明だ。だが、リアナが「破滅」に怯えていたことに、妙な納得感があった。


「……起こり得る未来ということか。なるほど、確かに避けねばならんな」


 さっき見た記憶は断片的だった。

 それでも状況を察することはできる。


 瘴気に覆われた王都を救うために、リアナが命を差し出したのだ。

 ユリウスに胸を貫かれながらも、愛を口にして、彼を――エルグランド王国を守った。


 確かにユリウスは守られたかもしれない。

 だが、そこにリアナがいないのであれば何の意味もない。


 そして彼女の命を奪ったのは他でもない自分自身。

 なぜそんな事態になるのか分からないが、自責の念が湧いてくる。


「ユリウス様……?」


 リアナの問いかけに、我に返ったユリウスはもう一度リアナに手を伸ばし、引き寄せようとする。

 だが思いとどまったように、手を離すと、小さく呟いた。


「邪魔だな」


 彼はじっと鉄格子を睨んだ。


「え?」

「リアナ嬢……いや、リアナ、少し下がってくれ」


 彼女は二歩ほど後ろに下がった。

 それを確認したユリウスは腰の剣を抜いて、振り上げる。


 一度、深く息を吐いてから、吸い直す。

 そして、勢いよく袈裟掛けに振り下ろし、独房の錠前を一刀のもとに切断した。


 甲高く鋭い金属音が響き、直後に錠前だったものが床に落ちる。


 剣を鞘に戻したユリウスは、ゆるく開いた扉から内側に入り、驚いているリアナの手を取った。

 彼女を引き寄せ、力強く抱きしめる。


 その体には血が通っており、温かい。彼女の少し早くなった鼓動も感じられた。

 知らぬ記憶に見たリアナとは違い、確かに生きている。


「ユリ、ウス様……」

「すまなかった。だが、あのような未来は俺もご免だ」

「未来……まさかユリウス様も……?」


 今は詳しい話をしている場合ではない。

 先ほどの金属音を聞いた見張りの騎士がすぐにやってくるだろう。


「まずはここを出るぞ」


 ユリウスが開き切った独房の扉に目をやる。


「は、はい!」


 先導する彼に、リアナはしっかりとついていく。

 前方から足音と金属鎧の擦れる音が聞こえてきた。


「分隊長! さっきの音は一体――がっ!」

「悪いが、少し寝ていろ」


 ユリウスは容赦なく部下の騎士の顎を殴り、気絶させた。


「あの、大丈夫なのでしょうか?」


 こんなときでもリアナは床に倒れ伏した騎士を心配する。


「心配要らん。訓練でもよくあることだ。それより先を急ごう」


 ユリウスが地下牢に来た時、見張りはこの騎士一人だった。

 その彼が気を失った今、逃げ出すには絶好の機会だ。


 地上に出たユリウスは周囲に視線を巡らせて警戒する。

 他の騎士の姿がないことを確認して、リアナの手を取って夜の闇へと姿を消していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ