17 ユリウス 2 覚悟
リアナがカタリナとの浄化勝負をさせられ、連行された時のことだ。
「リアナ嬢が呪具を持ち出すなどありえない!」
ユリウスはそう叫んだ。
そもそも、リアナはユリウスの屋敷にこもっており、呪具を持ち出すことなど不可能だ。
彼女を守るためにしてきたことが、かえって彼の証言の信憑性を損なうという裏目に出た。
それをいくら訴えたところで、上司であるヴァルドは彼に取り合わなかった。
それどころか、「私情で目が曇っている」と一蹴される。
誰もが罪人にされたリアナに侮蔑と好奇の目を向ける中、彼はカタリナに視線を向けた。
表面上は悲しそうにしている。
だが、扇子で隠された口元は笑っているように見えた。
(目が曇っているのはどちらだ!)
内心でそう毒づくが、声に出すことはなかった。
リアナと目が合った時、彼女は自分自身ではなくユリウスの心配をしていた。
ここで彼が声を大にして、リアナの無罪を主張したとしても何も変わらない。
むしろ、二人の立場をより悪くする可能性すらある。
だから、カタリナが仕掛けた茶番に腸が煮えくり返りそうになるのを飲みこみ、口をつぐんだ。
やるべきことは、この場で騒ぐことではない。
リアナの無実の証拠を集めること。
それが敵わないなら、なんとしてでも彼女を冷たい地下牢から救い出すことだ。
まずは真っ当な手段から取ることにした。面会の申請だ。
だが、許可は下りなかった。
リアナを孤立させるよう、カタリナが裏で策を弄したのかもしれない。
どれだけ粘ったところで、地下牢に向かうことはできなかった。仕方なく、こっそり行くことにする。地下牢の小窓から、彼女のひとまずの無事が確認できれば、それに越したことはない。
(時間を無駄にしたな。こんなことならさっさと行くべきだった)
心の中で舌打ちをする。
面会申請の問答をしている間に、夕方になってしまったのだ。人目につきにくいという点ではそれで良かったとも思える。
地下牢周辺を含めた王宮内の騎士の巡回について、分隊長であるユリウスは把握している。
見張りが薄くなるのを見計らい、さっと目的地に向かった。
小窓から見下ろしたリアナは、意外にも気丈に振る舞っていた。
それでもユリウスの来訪に安堵の涙を流したリアナを見て、守らねばと誓いを新たにする。
ほんの数言だけ話したところで、巡回の足音が聞こえる。
「絶対に迎えに来る。それまで、なんとか耐えてほしい」
彼女と手を離すのは名残惜しかったが、それだけ最後に伝え、その場を後にした。
暗くなるのを待ち、騎士団の保管庫に向かう。
勝負の後に押収されたリアナのポーチや聖具が運び込まれたことを知っていたからだ。
勝負の時点で、おかしいと思っていた。
最近のリアナは約束通りユリウスの前で『封印の儀』を行っていた。血を捧げられた聖具は間違いなく浄化の光を放っていた。
下町での黒斑病騒ぎのときもそうだ。
それが、勝負ではまったく光らなかった。
何か細工があるに違いない。カタリナが預かっていた間に、手を加えることはいくらでもできただろう。
そう考え、リアナの聖具の確認に来た。
(どこにある?)
保管庫内をぐるりと見渡し、見覚えのあるポーチを見つける。リアナのものだ。
その隣には勝負で使われた聖具が置かれていた。
手に取ってみて、違和感を覚える。
以前、持たせてもらったときよりも重い。
さらに、聖具を裏返し、ユリウスは目を見張った。
「傷が、ない……?」
リアナが幼少期につけてしまったと笑いながら話した傷のことだ。
(……そもそも贋作というわけか。聖女様――いや、カタリナならやりかねんな)
リアナは罠に嵌められたのだ。
騎士に連行され、王宮の一室に軟禁されたかと思うと、突然浄化勝負をさせられる。そんな状況下で、この聖具が偽物だと見抜くことなどできまい。
「何をしているのですか?」
不意に声がかかり、反射的に剣の柄に手を添えて振り返る。落ちた偽物の聖具が、ゴトリと鈍い音を立てる。
視線の先にはカタリナがいた。
「聖女様……」
「ユリウス様、妹の聖具に何かありましたか?」
その言葉にハッとする。
ユリウスは偽物の聖具をリアナを助け出すための証拠にしようと思っていた。呪具の持ち出し疑惑はともかく、勝負を無効にするくらいはできるだろうと考えた。
だが、カタリナがこの偽物をリアナの聖具だと言い張るのなら、それをひっくり返すのは難しい。
聖女の発言力とはそれほどのものだ。
要するに、足元に転がったそれはもう証拠にはならない。
「わたくしの手を取っていただけるのであれば、リアナを牢から出すことは可能ですわ」
怪しく笑い、彼に向かって手を差し出すカタリナ。
カタリナの傍に立てば、確かにリアナを牢獄から救い出すことは容易になるだろう。
しかし、カタリナはリアナを陥れた犯人だ。
カタリナを選ぶことなどできない。
(……いや、そんな難しく考える必要はない)
ユリウスは肩の力を抜くと、じっとカタリナを見据えて告げた。
「俺はリアナの婚約者です。貴女の手を取ることはできない」
断られるとは思っていなかったのか、固まったカタリナの横を通り過ぎる。
保管庫には、ユリウスの靴音だけが響いた。
◆
自宅であるローヴェルト邸に戻ったユリウスは頭を抱えた。
このままではリアナへの刑が執行されてしまう。どの程度の重さかは分からないが、呪具の持ち出しおよび所持、瘴気の散布は国家を転覆させようと捉えられても仕方がない。
十分に極刑があり得るのだ。
ユリウスがどれだけ証拠を集めたところで、おそらくカタリナに握り潰される。イリスやヴァルドが彼女に味方する以上、ユリウスにできることなどない。
「はぁぁぁぁぁ……」
深い溜め息を漏らしたのはユリウスではなかった。
「情けないですね、このご主人様は」
メイドのマーサだ。
うんうんと唸るユリウスに、業を煮やしたのか口を挟むつもりらしい。
「何を悩んでいるのですか? リアナ様をお助けするのでしょう?」
リアナの件は王都中で話題になっており、マーサもどこかで耳にしたのだろう。ユリウスがリアナのことを愛していることも、彼女は知っている。
「……手段がない」
「何を弱気な。選ぼうとするから手段がないように思えるのです。まずは助け出す。それからのことは助け出してから考えればいいじゃないですか」
何も難しいことはない、とでも言いたげだ。
「お前、何を言って――」
「放っておけば極刑に決まっています。だったら、脱獄させましょう」
「簡単に言ってくれるな……」
当然、エルグランド王国において、脱獄させることは重罪にあたる。王国を守る騎士である自分が犯してよいわけがない。
「ご主人様の地位や名誉のほうが、リアナ様よりも重要ということですね。それならそれで構いません。ご主人様を軽蔑するだけですから」
マーサが真顔になって告げた。
「口が過ぎるぞ……だが、いや……そうだな。愛する女性を守れなくて、国を守ることなどできるはずもない」
実際のところ、ユリウスは自身が犯罪者になってでも、リアナを牢獄から連れ去ろうと考えてはいた。むろん、最終手段としてである。
誰かに背中を押してもらいたかったのかもしれない。
まだまだ未熟だ、と苦笑する。
だが、すぐに表情を引き締めた。
「マーサ、君に暇を出す」
これから重罪を犯すユリウスにそのまま仕えていれば、彼が捕まったときに累が及ぶ。それを避けるためには、解雇しておくしかない。
「そうですか。騎士の一人や二人、返り討ちにしてやりますが」
「やめろ。素直にどこかに身を潜めておいてくれ」
鼻息を荒くするマーサに、ユリウスは肩を竦めた。彼女なりに、ユリウスの緊張を解こうとしているのかもしれない。
そんなメイドに感謝しつつ、先ほど脱ぎ捨てた騎士のマントをしばらく見つめた。
「よし」
立ち上がったユリウスの表情から迷いは消えていた。
クローゼットから取り出した濃紺の外套を羽織る。
「ご主人様、ご武運を」
「ああ」
王国の騎士という立場を捨てた一人の男が、愛する者を救うために王宮の地下牢を目指す。




