16 再びの鉄格子
リアナは薄暗い地下の独房に連れてこられた。騎士の手によって、冷たい石床に突き飛ばされる。
「きゃっ」
転倒し、膝を擦りむいた。さっき、呪具の浄化のために切った掌からはまだ血が滲み、ジンジンと痛む。
ここは罪人のための牢獄だ。
先ほどまで軟禁されていた部屋とはまったく異なる。
床も壁も石でできており、粗末なベッドには薄い毛布だけが雑に置いてある。
軋んだ音を立て、ガチャンと扉が閉められる。続けて、施錠される小さな音が響いた。
カビと湿気、錆の匂いは、一周目の最期の記憶を刺激するには十分すぎた。
「ヴァルド様!」
リアナは立ち上がって、鉄格子を掴む。
「ヴァルド様! お待ちください! 私は何もしていません。本当です……どうか、信じてください!」
彼女は必死に無実を訴えた。
だが、騎士団長は感情のこもらない視線を向ける。
「罪人は皆、そう言う」
「本当に、何もしていないのです……」
「お前の私物から呪具が出てきたのは事実だ。そして、満足に浄化の力も使えなかった。下町で流行していた黒斑病をどうやって収めたかは知らんが、お前の罪の証拠は揃っている」
リアナは絶句する。
何を言っても聞き入れてもらえないことが分かった。いくらカタリナに嵌められたと訴えたところで、聖女とリアナの言葉では聖女を信じるに決まっている。
むしろ、カタリナを陥れようとしていると邪推されるだろう。
何も言えなくなったリアナを一瞥し、ヴァルドは踵を返した。
彼に続いて他の騎士も去っていく。
やがて、鎧の擦れる音が聞こえなくなり、静寂が訪れる。
リアナは孤独と絶望に打ちひしがれた。
破滅の未来を避けるために、いろいろと頑張ってきたつもりだった。
それでも結局、この牢獄に戻ってくることになった。
天井近くにある小窓を見上げると、空は赤紫に染まっている。
「いや……」
目をぎゅっと瞑り、頭を振る。そっと目を開け、もう一度空を見ると、雲が少し浮かぶ青空だった。
さっきのは恐怖が見せた幻視だったようだ。
胸を撫で下ろす。
もっとも、それで事態が好転するわけではない。
少し頭が冷えたところで、嫌なことに気づく。
「展開が、早い……」
一周目の世界でリアナが投獄されたのは、もっと後の出来事だったはずだ。
少しでもより良い未来にするために、彼女は積極的に『封印の儀』を手伝ったし、ユリウスとの仲を進展させてきた。
そのせいで、一周目よりも破滅が近づいてしまったのではないだろうか。
自分の努力は無駄だったのではないか。
いや、無駄どころか、破滅を加速させた可能性すらある。
そこに思い至り、動揺が走った。
こんなことなら、何もしない方が良かったのかもしれない。
自分がどれだけ努力したところで、結末は変わらないのかもしれない。
胸の奥が痛い。
無力な自分には、未来を変える力などないことを痛感する。
粗末なベッドに腰掛け、両膝を抱えた。
「ユリウス様……」
こんな時でも頭をよぎるのは愛する男性だ。
リアナが連行される時に何かを叫んでいた姿を思い出す。他の騎士に止められていたが、彼女を擁護する言葉を口にしていた。
そこで、リアナはハッとした。
何も変えることなどできないと思っていたが、本当に?
一周目の世界で、彼女が投獄されたとき、ユリウスが何か声をかけてくれた記憶はない。
それがこの二周目では、彼は明確にリアナの味方をしてくれている。
諦めるのは早計だ。
他にも分かったことがある。
自分に冤罪を着せたのは、他でもない姉カタリナだ。以前は分からなかった彼女の悪意を、今回は明確に感じることができた。
この二つは立派な進展だ。
きっとユリウスなら、リアナの無実の証拠を集めて、助け出してくれるに違いない。
もう一度、見上げた小窓の向こうの空はオレンジ色に染まりつつあった。
そのとき、ジャリ、と足音が聞こえた。
まさか、と思ってベッドから立ち上がると、小窓の方に行く。
そこから顔を覗かせたのは、愛しい人だった。
「やはり、ここだったか」
「ユリウス様……!」
思わず声を上げてしまい、彼が静かに、と口の前に人差し指を立ててみせた。リアナは両手で口を覆う。
ユリウスは声を落として、話しかけてくる。
「俺は君の無実を知っている」
格子の隙間から伸ばされた彼の手を取る。
この冷たい空間に閉じ込められてから、初めて温かいものに触れた。
リアナの頬を涙が伝う。
自分のしてきたことは無駄ではなかった。
胸の内に希望が宿る。
「待っていてくれ。必ず、君をここから連れ出す」
ユリウスの言葉には強い意志が込められている。
リアナは涙を拭って答えた。
「牢獄に入れられようと、誰に何を言われようと……ユリウス様がいてくだされば、平気です」
「絶対に迎えに来る。それまで、なんとか耐えてほしい」
ユリウスの手にぐっと力がこもり、リアナは頷いた。
ふと別の誰かの足音が聞こえる。見張りの騎士が来たのだろう。
ユリウスから手を離すのは名残惜しいが、ここで彼が見つかることは避けたい。
彼もそのことは分かっている。
「また後で」
それだけ言い残し、ユリウスは夕暮れの中に去っていった。
残った温もりを確かめるように、リアナは胸の前で手をぎゅっと握る。
劣悪な環境も自身を取り巻く状況も何一つとして変わっていない。
だが、愛するユリウスが自分を信じてくれている。
それだけで、リアナの心から絶望は消え去った。
「諦めない。生きてここを出て、ユリウス様と幸せになる」
自分に言い聞かせるように――誓うように呟いた。
牢獄から抜け出せたところで、罪人にされた過去が消えるわけではない。
他人からの冷たい視線や心ない言葉を投げかけられることもあるだろう。
それでも、隣にユリウスがいるなら、どんな苦しみも耐えることができる。




