15 浄化勝負
王宮の一室でリアナは過ごしていた。
絨毯も壁紙も豪奢で、天蓋付きのベッドはアルクエル邸のものよりも高価かもしれない。
窓から見える王宮の庭園はきれいに整えられている。
だが、そこに自由はない。
窓は嵌め殺しになっていて、外界から隔離されている。
また、廊下に繋がる扉は内側からは解錠できない。
騎士団に連行されたリアナは、それなりに身分が高い者を拘留するための部屋に軟禁されていた。
あれから数日が経っている。
食事は定刻になれば運ばれてくるし、湯浴みも許されている。
ただ、ユリウスに会えないことで不安は募っている。
また、聖具を取り上げられているため、『封印の儀』を行うことさえできない。
――そのせいで瘴気が溢れることになったら。
一周目の世界では呪具の所持疑いによって地下牢に投獄されることになった。今回は地下牢でこそないが、似たような状況に陥ってしまった。
運命は変えられないのか。
そう思うと、胸の奥がズキンと痛む。
不意にコンコン、と扉を叩く音が聞こえた。食事の時間にはまだ早く、室内の掃除やリネンの交換は先ほど終えたばかりだ。
「ど、どうぞ」
誰だろうと思いつつ、返事をした。
カチリ、と解錠する音が小さく響き、扉が開けられる。
現れたのは、騎士団長ヴァルドだった。
数日前、この部屋に連れてこられた時のことを思い出し、身体が強張る。
「リアナ=アルクエル。お前の処遇を決める。ついてこい。決して逃げようなどとは思わぬことだ」
そんなことをするつもりはない。だが、突然のことに戸惑いがないと言えば、嘘になる。
軟禁部屋から出て彼の後ろを歩いていく。
左右と背後からカチャカチャと鎧の金属音が聞こえる。絶対に逃がさないという意志を感じた。
無言のまま、ヴァルドは迷いなく歩を進める。
行き先はどうやら大聖堂のようだ。
一周目のリアナがユリウスに胸を貫かれて、瘴気の浄化と引き換えに絶命した場所。
近づくにつれ、動悸が激しくなり、呼吸も荒くなる。視界もチカチカと明滅し、額を嫌な汗が流れた。
竦みそうになる体を奮い立たせ、大聖堂に足を踏み入れる。
そこには、国王をはじめ、イリス、カタリナなど重鎮が集まっていた。
そして、現れたリアナに対して敵意と恐怖の入り混じった視線を投げかける数多の民衆がいた。
◆
「リアナ=アルクエル、貴女は宝物殿から呪具を盗み出したことを認めますか?」
イリスによる尋問が始まった。彼女が尋問役を志願したらしい。
姉に目を向けると、悲しそうな表情を浮かべている。だが、あれは表情だけだ。
今のリアナにはそれが分かった。
イリスに視線を戻し、返答する。
「ち、違います。私はそんなことしていません」
「貴女の私物の中から呪具が出てきたことは、数名の騎士が確認しています」
民衆から罵詈雑言が浴びせられる。リアナが大聖堂に来るまでに、どのような説明がなされたのか、彼らの反応だけで察することができた。
この場に味方はいない。
今、できることは否定することだけだ。
「そ、それは……きっと、何かの間違いで……」
「呪具を持ち出したこと自体が間違いなのですよ」
イリスがぴしゃりと言った。冷たい眼差しは、最初からリアナの言葉を聞く気などなさそうだ。
「そういう、意味では……」
「では、わたくしたち王族の誰か、もしくは聖女様であられるカタリナ様が持ち出したと?」
「そ、そうは申していません……」
王族や聖女を疑うような発言をすれば、それこそ民衆が黙っていない。罵詈雑言では済まなくなる。
何も言えなくなったリアナに、イリスが深い溜め息を漏らした。
「はぁ……貴女がカタリナ様の聖女の座を奪おうとしていることは分かっています」
「え……? 何を……仰っているの、ですか……?」
王女の発言に頭が真っ白になる。そんなこと、まったく考えたことがない。
自分が姉に敵うと思ったことなどなく、だからこそ『聖女の影』の立場で満足していた。
「ご自身こそが聖女であると主張するのであれば、証明してみなさい」
「待って……違う、なんで……?」
うまく言葉を紡げないリアナを無視して、イリスが片手を上げて合図を出した。
「これから呪具を発動しますので、浄化なさい。カタリナ様よりも早く上手に浄化できるのであれば、貴女を聖女と認め、今回の罪は水に流して差し上げます」
思ってもみなかった展開に、リアナは返事すらままならない。
だが、状況は待ってくれない。
イリスの合図を受けた騎士が祭壇に呪具を持ってくる。
そして、カタリナが狼狽するリアナのもとに来て、騎士に没収されていたポーチと聖具を差し出した。
「これがないと、浄化に差し障りがあるでしょう? 返しておくわ。こんなことになって、わたくしも不本意だけど、リアナも聖女一族だもの。きっと大丈夫よね」
声を震わせて、カタリナはリアナに語りかける。
その姿は、犯罪者になった妹にさえ慈悲をかける優しい姉そのものだ。
「お、姉様……?」
カタリナはリアナの耳元で、彼女だけに聞こえるように囁いた。
「せいぜい足掻きなさい」
背筋が凍り付くかと思うほど、低く、冷たい声だった。
震える手で聖具を受け取ると、久しぶりに触れるからか、重く感じる。
「お先にどうぞ」
姉が離れていったのを機に、騎士が呪具を発動する。
「え、待って……!」
何が起こっているのか、現状の理解も追いついていない。
だというのに、呪具から瘴気が発生する。
万が一に備えて大勢の騎士が待機しているが、それでも何が起こるか分からない。
混乱に焦燥が混じる。
(とにかく、やるしかない……!)
聖具を祭壇に置き、ポーチからナイフを取り出す。
取り落としそうになりながらも、ナイフで掌をすっと切って、聖具に血を押しつけた。
「こ、これで……え、なんで?」
確かに聖具は血を吸っているのに、浄化の光を全く発さない。
血が足りないのかと思い、さらに傷を作って捧げる血を増やすが、状況は変わらない。
「なんで……? このままだと、瘴気が……!」
いつもなら、聖具はすぐに応えてくれるはずなのに、何がなんやら分からない。
民衆は嘲笑や侮蔑の言葉を口にしているが、リアナの耳には届かないほど、焦燥が支配する。
「退きなさい、リアナ!」
カタリナがリアナを弾き飛ばし、すぐに自分の聖具に血を捧げた。
ポウッと浄化の光が聖具から放たれる。いや、聖具だけではない。カタリナを祝福するかのように、彼女の全身が淡く光った。
すぐに瘴気は消え去った。呪具そのものが浄化されたのか、亀裂を生じたかと思うと、粉々に砕ける。
リアナは床に転んだまま、その様子を見ることしかできなかった。
「勝負あり!」
イリスの澄んだ声が響き渡った。
本当に一瞬の出来事だった。
姉がいなければ、場は瘴気に汚染されていたに違いない。
大事に至らなかったことに安堵するとともに、やはり聖女である姉の力は本物なのだと感じた。
だが、疑問もある。
なぜ聖具だけでなく、彼女自身も光を発したのか。
(まさか……複数の聖具を仕込んで……?)
よろよろと立ち上がり、カタリナに寄ろうとする。
「お姉、様……」
「聖女様をお守りしろ!」
しかし、騎士が間に割って入った。
せめて聖具を、と手を伸ばしたが、血で滑って取ることはできなかった。
その衝撃で床に落ちたそれを見て、リアナは愕然とした。
(私の聖具じゃない!)
幼い頃につけてしまった傷がなかった。確認する余裕などなかったのが悔やまれる。
いや、そもそも聖具ですらない可能性もある。
ここにきてようやくカタリナに嵌められたことに思い至る。
姉の不興を買った自分を、陥れるための余興だったのだ。
「イ、イリス殿下……!」
すがるように、イリスに目を向けるが、リアナの方を見ることなく彼女は騎士に命令した。
「犯罪者を連れていきなさい」
「そんな……」
視界がぐらつき、倒れそうになるリアナを騎士が支える。
決して優しさからではない。無理やり立たせ、連行するためだ。
「さっさと歩け」
騎士に乱暴に扱われる。絶望の中、さっき切った傷の痛みすら感じない。
遠くで誰かが叫んでいるのが聞こえた。
見てみるとユリウスだ。
彼を心配させたくない。それだけ考え、笑顔を作った。
うまくできたか分からない。
騎士に引きずられるように連れていかれるその先を、リアナは知っている。




