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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

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14 カタリナ 2 仕組まれた罠

「まさか、リアナが呪具を持ち出すなんて……」


 王宮に用意されている聖女用の私室で、カタリナが細かいレースのあしらわれたハンカチで涙を拭う。

 イリスが彼女の背中を優しくさする。痛ましい表情を浮かべている彼女は、カタリナの言うことを微塵も疑っていなかった。


「先ほどヴァルドを調査に向かわせました。彼なら真実をつまびらかにしてくれます」


 王女の言葉を聞きながら、彼女に見えないようにカタリナはほくそ笑んだ。

 呪具を持ち出したのも、下町で呪具を使用したのもカタリナだ。


 お人好しなリアナであれば、黒斑病の解決に向かうことは想像に難くない。

 十分に瘴気が発生させ、呪具は回収した後、妹は思い通りに行動してくれた。


 そして、リアナがユリウスに抱えられて執務室に向かっていた時、二人に気づかれないようにさりげなく彼女のポーチを持っていた騎士に近寄った。

 聖女という立場、そしてその美貌を使えば騎士の気を一瞬引いて、呪具をポーチに忍び込ませることは簡単だ。


 その足で私室まで来て、泣いて見せている。


「ええ、何かの間違いであることを祈っておりますわ」


 自分で言っておいて、歯が浮くようだと思う。


 カタリナが泣き真似をして、イリスが慰めることしばらく。

 コンコン、と扉がノックされた。


「どうぞ」


 カタリナの言葉で入室してきたのは、ヴァルドだった。


「聖女様もこちらにお出でと伺いましたので、ご報告に参りました」


 カタリナは赤く腫らした目で、ヴァルドを見上げる。そして気丈そうな表情を浮かべた。


「お聞かせください。どんなことでも受け止めますわ」

「はっ。リアナ=アルクエルの私物から呪具が発見されました」

「え……?」


 目を見開き、口元をハンカチで覆う。

 笑いが込み上げてくるのを必死に抑える。


 ヴァルドは淡々と報告を続けた。


「彼女を重要参考人として確保しております。私物を本人に持たせるのは危険と判断し、こちらで預かっていますが……」

「わたくしがお預かりしますわ」


 ヴァルドから受け取ったポーチをぎゅっと抱きしめ、「なんで……」と呟くのを忘れない。


 イリスがそっと寄り添い、尋ねる。


「……妹君はなぜ、このようなことをしたのでしょうか?」


 カタリナは首を横に振った。


「分かりません。ですが……リアナは自分こそが真の聖女だと思い込んでいるのかもしれません」


 リアナが呪具を盗み出して、瘴気を撒き散らす。それを自ら浄化することで、聖女としての力を誇示する。

 そういう筋書きだ。


 ちらりとイリスの顔を見ると、憤慨している。

 ヴァルドは表情こそ変えていないが、剣呑な空気を発している。


 二人とも、カタリナの言葉を信じていた。


「なんと傲慢なのでしょうか……! 聖女様はカタリナ様だと言うのに。すみません、カタリナ様。妹君のことを悪く言うつもりはなかったのですが、どうしても……」


 イリスがハッとして言葉を詰まらせる。


「……いいえ、罪を犯したのは事実ですわ。ですが、どうか、お願いします。リアナの命だけは助けてほしいのです」


 カタリナが王女と騎士団長の顔を順番に見て、懇願する。

 リアナが死ぬことは本意ではない。それだと困ってしまう。


 誰がカタリナの代わりに『封印の儀』を執り行うというのだ。

 誰が好き好んで、自傷など痛みを伴う行為をするというのか。


 そんなことは、聖女一族と聖具が揃ってさえいれば、たとえ獄中であろうとできる。


 だからこそ、リアナには生きてもらわねばならない。


「分かりました。刑を決めるのは国王陛下ですが、極刑にはならないよう進言します。ですが、カタリナ様がいらっしゃるのに、聖女様を騙ろうとしたことは許せません。カタリナ様に庇護されていながら、蹴落とそうとするなど言語道断です」


 鼻息を荒くするイリスをカタリナがなだめる。


「わたくしのために怒ってくださりありがとうございます。リアナも聖女一族に変わりはありません。彼女の力がわたくしよりも優れているのであれば、それでも……」

「カタリナ様はお優しいですね。それなら、カタリナ様と妹君のどちらが浄化の力が優れているかはっきりさせるのはどうでしょう?」


 殊勝なことを言うカタリナを見つめ、ポンと手を打つイリス。


「公衆の面前で、それぞれ浄化を行っていただき、どちらがより聖女に相応しいかを知らしめるのです。そうなると瘴気貯まりの選定が必要ですね」


 瘴気が溜まっているか、魔獣がいなければ、浄化の力は分かりにくい。

 貧民街に瘴気貯まりがあったが、それはリアナの活躍で浄化された。


 まして、『封印の儀』が頻回に行われているため、瘴気が溜まっていない。

 イリスら王族を含め、多くの王都民がカタリナのおかげだと信じて疑っていないが。


 ともあれ、瘴気がないことには浄化の力の優劣など判断できない。


「呪具でも使わない限り……」


 カタリナの呟きに、イリスが反応する。


「それです。宝物殿にはまだいくつもの呪具があります。これを使って、勝負をしましょう」

「イリス殿下。それは大変危険です。万が一にでも魔獣が発生しては、民に危険があります」


 黙って成り行きを聞いていた、ヴァルドが口を挟んだ。

 民を守る立場の彼からすると、当然の主張だ。


 だが、イリスは首を横に振った。


「カタリナ様がいらっしゃるから問題ありません。ね、カタリナ様?」

「もちろんですわ」

「ここで妹君にしっかりと分からせておいたほうがよいと思うのです」


 王女がやると決めた以上、撤回させるのは難しい。

 ヴァルドの顔に戸惑いが一瞬だけ浮かんだが、すぐに消えた。


「カタリナ様、ここはきっちりと貴女が聖女様であることを主張しておくべきです」


 イリスが念押しするように、カタリナに告げた。


「で、ですが……いえ、それもきっと姉であるわたくしの務めなのかもしれませんわね」


 困惑するふりをした彼女は、最後には首を縦に振った。


「……浄化の勝負をすることで、今後の民の混乱を抑制できるのであれば、致し方ありません。魔獣が発生しても、我々騎士団が必ずお守りすることを誓いましょう」


 渋々と言った様子だが、ヴァルドもイリスの提案を了承した。


 その後、ヴァルドは騎士団で打ち合わせをする、と退室した。

 イリスも「お父様に報告に行ってまいります」と去っていく。


 部屋に一人残されたカタリナは悲しげな表情を消し去った。

 代わりに、笑みが張りつく。


 計画通りだ。

 イリスは本当に扱いやすい。カタリナを疑うことを知らない彼女は、思惑通りに動いてくれた。

 悲しんでみせれば同情するし、殊勝なところを見せれば代わりに怒る。


 ヴァルドもそうだ。

 任務に忠実な彼は、多少の違和感や懸念があったところでそれを飲みこんでしまう。


「ふふ、ふふふ。あはははは」


 思わず笑いがこぼれた。

 直後に気を引き締める。


 妹が罰せられるというのに、姉が笑っていようものなら、良からぬ噂が立ってしまうかもしれない。


「わたくしは妹思いの姉ですわ」


 自分にそう言い聞かせ、悦ぶ心を抑える。

 ヴァルドから受け取った、リアナのポーチの中身を確認する。


 呪具は騎士団に回収されたため、当然そこには入っていない。

 重要なのはリアナの聖具だ。掌より少し大きい円盤状の聖具を手に取る。


「最後に笑うのはわたくし。リアナ、あなたはずっと『聖女の影』でいなさい。そうすれば、生かしてあげるわ」


 部屋の外に音が漏れぬよう、カタリナは声を殺して、昏く笑った。

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