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『聖女の影』はやり直す ~破滅の運命を越えて、最愛の騎士と共に生きます~  作者: 彼岸茸
第一章

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11 ユリウスの選択

 華やかな夜会。

 美しく着飾った令嬢に声をかける令息の姿がそこかしこに見受けられる。


 イリス=エルグランド王女の生誕を祝うために催された夜会だ。

 音楽隊の奏でる優雅な曲を楽しみながら、貴族たちは噂話に興じている。


 もっぱらの話題は聖女カタリナに関するものである。

 聖女として国のために身を犠牲にしている、見目麗しい女性。

 話題に上らないはずがない。


 一方で、彼女の妹リアナに対して、冷たい視線が刺さる。


「あんな地味なのに……」

「身の程を知るべきではなくて?」


 そんな心ない言葉も聞こえてくる。

 身の程、と言われても、リアナには何のことか分からない。


 もしかするとカタリナが情報を操作している可能性がある。

 あの優しかった姉が自分を貶めるようなことをするなど信じたくないが、本性を知ってしまった以上、彼女への不信を払拭できない。


 隣を見上げると、ユリウスの顔が固くなっていた。

 リアナよりも彼の方が静かな怒りをたたえているようだ。


 ユリウスの腕に回した手にキュッと力が入る。

 気づいた彼はリアナに視線を向け、小さく微笑んだ。


 一周目の世界で彼女に味方はいなかった。

 しかし、この二周目では少なくとも一人、味方でいてくれる人がいる。それもリアナが愛するユリウスだ。

 それだけで、周りからどんな評価を受けようとも耐えられる。


 やがて主役のイリスが登場し、皆の注目が彼女に向く。

 穏やかな笑みを浮かべるイリスの後ろに、カタリナがついてきていた。赤を基調とした宝石をあしらわれた派手なドレスだが、彼女にはよく似合っている。


 イリスが鈴が転がるような声で、挨拶の口上を述べているが、耳に入ってこなかった。

 薄く笑うカタリナがリアナとユリウスの方を見ているのだ。


 周囲が拍手を送り、つられてリアナも手を叩くが、顔が強張るのが分かる。


 イリスの口上が終わると、挨拶しようと多くの令嬢令息が彼女のもとに向かう。

 そうでない者は歓談に戻ったり、美酒を楽しんだりしている。


 イリスが令息にダンスの誘いを受けて踊っている間、リアナはユリウスとともに、目立たないようにホールの隅にいた。

 そこにカタリナがまっすぐ向かってくる。


 貴族たちの視線がカタリナを追う。


 ユリウスの前で立ち止まったカタリナは流れるような動作でカーテシーを決めた。

 無視するわけにもいかず、ユリウスも礼を取り、リアナも膝を折る。


 カタリナがユリウスに熱っぽい眼差しを向けた。


「わたくしにはユリウス様が必要です。どうかわたくしとダンスを踊っていただけませんか?」


 会場から歓声が上がる。


「おお、それは素晴らしい」

「聖女様と新進気鋭の若き騎士の分隊長。お似合いだ」


 ユリウスに婚約者がいることは誰もが知っているはずだ。

 だというのに、彼にはカタリナこそが相応しいという空気になっている。


 リアナから見ても、姉は美しく気品のある女性だ。

 そんな彼女と比較すると、自分は見劣りしてしまうことはよく分かっている。


 ユリウスを誰にも取られたくない。いくらそう思っても、姉の存在感を前に俯いてしまう。

 それでも下がりそうになった足を止めて、ユリウスの横に立ち続けた。


 リアナはそっとユリウスの顔を見上げた。

 カタリナの手を取れば、出世は約束されるようなものだ。


 貴族たちはユリウスとカタリナが結ばれることを期待するように二人の挙動を見ている。

 隣にいるユリウスの婚約者のことなど、誰一人として気にかけていない。


 カタリナが一歩前に進み出て、なおもユリウスを甘い声で誘う。


「ユリウス様、どうかわたくしと」


 リアナは心の中で、「断って」と何度も願う。

 その想いが届いたのか、あるいは最初からその気がなかったのか。


「聖女様にそのように言っていただけるとは身に余る光栄です」

「! でしたら――」

「ですが、申し訳ございません」


 ユリウスは一歩下がった。

 そして、リアナの肩を抱く。彼の手が触れる場所が温かい。


「俺には婚約者がいます。生涯をかけて守り抜くと決めた女性です」


 彼は大きく告げた。

 カタリナだけでなく、周囲の貴族にも聞かせるように。

 あるいは、リアナに宣誓するように。


「ユリウス、様……」


 彼女の心臓がドクンと跳ねた。

 これまで、二人きりのときに「愛する婚約者」と言われたことはある。

 だが、こうして公の場で同じように言ってくれるとは思っていなかった。


 なにより、魅力的な女性である姉の誘惑を跳ね除けてくれたことが嬉しい。


 胸の奥が熱くなり、喜びの涙で視界が滲む。


 これまで何をしてもカタリナよりも劣っていると感じていた。

 誰よりも姉と自分を比べていたのは、自分自身だった。


 それは呪縛とも呼べるだろう。

 『聖女の影』以前に『カタリナの影』だったのだ。


 だが、ユリウスは公衆の面前でリアナを選んでくれた。

 たったそれだけのことが、彼女を呪縛から解き放つ。


 リアナはカタリナに追従し、影から支えるだけの存在ではない。

 ようやく彼女はそのことを自覚した。


 ユリウスはリアナの肩からそっと手を離し、身体ごと彼女に向き直る。


「リアナ嬢、俺と踊ってくれませんか?」


 そう言って、手を差し出してきた。


「はい、喜んで!」


 断る理由などどこにもない。

 ダンスの練習などあまりしたことがなく、お世辞にも上手とは言えない。


 それでもユリウスに優しくリードされ、足を運ぶ。

 三拍子のリズムに乗せて、円を描いていく。


 もはや周囲のことなど見えない。ただ、ユリウスの精悍な顔と、力強くも優しい瞳だけが目に映る。


 そうして一曲終わる。


 パチパチと手袋越しの拍手が聞こえた。

 音の主はカタリナだ。


 聖女然とした微笑みをリアナたちに向けている。


「申し訳ございません、ユリウス様。リアナはわたくしの大切な妹ですから、試させてもらったのです。リアナを託すに相応しいか、を」


 ユリウスが返事をしないでいると、彼女は続けた。


「ユリウス様なら、きっと妹を幸せにしてくださると確信しました。試すためとはいえ、婚約者がいる殿方をダンスに誘うという非礼、どうかお許しいただければ幸いです」


 カタリナは頭を下げた。


「……頭をお上げください。聖女様に認めていただけたようで、俺も嬉しい限りです」


 ユリウスは当たり障りのない返答をした。

 会場の空気は、「妹のことを想う聖女カタリナ」という印象に染まっていく。貴族たちは口々に聖女を称賛している。


 カタリナはリアナの手を取った。


「リアナ、二人はとてもお似合いだったわ。ユリウス様なら安心ね」


 そして、耳元でリアナにだけ聞こえるように囁いた。


「わたくしに恥をかかせたこと、絶対に許さない」


 ぞっとする低い声音に、冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような感覚が走る。

 離れた姉は慈愛に満ちた聖女の顔をしていた。


 カタリナはそのまま去っていく。

 イリスの生誕パーティが終わるまで、リアナは緊張を解くことができなかった。

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