6話 帰還
3月31日 戦争が終わった。
国を荒廃し尽くした内戦は、王党派の勝ちで終わった。
略奪と内部の内ゲバで、反政府軍はとっくに民衆の支持を失っていたのだ。最後に残った敵の都市には政府軍が押し寄せ、ついに反政府軍は降伏。ここに1年続いた内戦は終わったのだ。
私達は落とした敵の最後の都市でしばらく治安維持任務についた。反政府軍が徴発と称してやりたい放題していたせいか、占領後に秩序をもたらした政府軍はおおむね受け入れられた。
元は王侯貴族に反発して最初に離反した都市のひとつというのに、皮肉なものだ。
王都に帰還した私達は英雄として受け入れられた。
華やかな凱旋パレード、勲章の受章式、そして部隊自体の解散式。
忙しい日々ではあった。
だが、何故だろうか。平穏な日常に違和感がある。敵の襲撃もない、不意に砲弾が落ちても来ない、敵の戦闘ヘリに警戒して頭上を見なくてもいい。
そんな平和な日常が、今は何故だか霞んでいる様に思えた。勲章をもらっても嬉しさが薄っぺらい。歓声が遠い。
部隊解散式の時、少佐はこう言った。
「この部隊での日々は早く忘れろ。そうすれば君たちは幸福になれる…………ただ、どうしてもあの地獄の中の甘美な日々が忘れられないというなら、ここに連絡しろ」
そう言って渡されたメモには、どこかの連絡先が書いてあった。この時はどういう事かよく分からなかったが、それは今も捨てずにとってある。
王都に帰還してからも忙しかったせいで、実家に帰ったのは1か月近く経ってからだった。
喧嘩別れのような形で飛び出したが、父も母も、家のメイド達も一応は迎え入れてくれた。
暖かい食事に、ふかふかのベッド。
戦場では望んでも手に入らないものが、そこにあった。
だが……。
「……落ち着かない」
家に帰っても、違和感はぬぐえなかった。
どこか現実離れした夢の中にいるような感覚が抜けない。
それに、家族やメイドたちの様子も変だった。
まるで、何か気味の悪い生き物を見るような視線を感じる。
夜中に戦場の悪夢を見て飛び起きて大騒ぎして以降は、ますます距離を置かれるようになった。目が合うと逸らされるし、メイド達は私の部屋に入るのを露骨に躊躇する。
「もう少し落ち着いて食べないか。テーブルマナーはどうした!」
食事の時は、家族から決まってこう言われる。速度重視でかきこむように食べるのが気に食わないらしい。
「お言葉ですが、戦場では悠長に食べている暇などありませんでした。習慣みたいなものです」
そう返すといつも苦い顔をされる。それから小声で言うのだ。「やはり戦場になど送るのではなかった。これでは夜会で笑いものにされる」と。
私からすると、戦場で私を含めた現場の兵達が命がけで戦っている裏で、踊りを踊っていた社交界など、とうに軽蔑の対象にまでなっていたが、流石にそれは言わないでおいた。
アラン様とも再会した。
「王都には帰還していたと聞いたが……随分と連絡が遅かったな。あの美形の指揮官と浮気でもしていたか?」
彼はこちらが会うのが遅れたのが不満だったのか、再会から開口一番そんな事を言ってきた。
「仕方ないじゃない。凱旋パレードに殊勲式。その他様々な手続きや行事もあったんだから」
「隙間時間で抜け出して会うことくらいは出来ただろう!」
「なーに、嫉妬してるの? 可愛いwww」
そう、いつも部隊員と会話していた時の調子でケラケラと笑うと、彼はますます不機嫌になった。
(偉そうな事言ってるけど、こいつ、徴兵忌避して逃げ回っていたチキン野郎なんだよな……)
そう思うと、目の前の男が途端につまらない男に見えてきた。顔は良いが、うちの少佐よりは劣るし。
…………うむ、浮気してるというのもあながち間違いではないのか……? 肉体的な意味ではなく、精神的な意味で。
最初のお茶会はそんな感じで気まずい感じで終わった。
それからも何度か会ったが、お互いの距離と価値観は縮まらず……。
2回目のお茶会では、私が敵の戦争犯罪者を粛清した話や、ハマンの追撃戦で少年兵を含む11人もの敵兵を殺したとっておきの話を、誇らしく語った。
「こう……敵の少年兵が生意気にも銃剣で刺してこようとしたから、そのまま鍔迫り合いに持ち込んで、股間蹴っ飛ばしてさ! ひるんだ所で首をバッサリ! 血がドバドバ噴き出てさあ!」
そしたらまるでお化けでも見たような顔をされた。とっておきの武勇伝だったのだが……。どうも、彼は血の気の多い話は苦手らしい。愛想笑いをしていたが、明らかに笑顔は引きつっていた。
そして、3回目のお茶会の時、事件は起きた。
その時は我が家の庭でバラが咲いたという事もあり、屋外にティーセットを持ち出して、庭で花を愛でながらしようという話になった。
戦場帰りと銃後に居たものの間の溝も、共通の話題があれば少しは埋まるかと思ったのである。
いつもよりは多少話も弾むかと思った矢先、庭の手入れをしていた庭師が、枝切りハサミを誤って落としてしまった。
幸い一人で作業中だった為、けが人とかは出なかったが、石畳みの上に落ちた金属製のハサミは意外と大きな音を立てた。
条件反射だった。
「伏せろ!!」
思考するよりも先に、私はテーブルをひっくり返して簡易の遮蔽物を作り、そこに自身とアラン様を押し込んでいた。
何の事は無い。手榴弾が落下した音と聞き間違えただけだ。666大隊の隊員が聞いたら吹き出しそうなエピソードだが、彼はこれを戦場ジョークとは受け取らなかったらしい。そのまま怒りとも恐怖ともとれぬ顔で帰ってしまった。
***
そして、冒頭に至る。
「ナナ。君との婚約を破談にしたい。……理由は分かっているね? もう君は昔の君じゃない」
そこまで来て、ようやく私は思い知った。
――私は、もう平和な世界では生きられない体になっている。




