5話 侵食
8月8日 ハマン市
この日、ハマン市は血に染まっていた。
「凄い……! やっぱり、少佐って……凄い!!」
私は完全に高揚感と興奮の中にいた。脳からアドレナリンが常に放出されているのが分かるくらいだ。
この下町の工業都市、ハマン市の防衛を任された666大隊は、敵の旅団相手にほぼ完ぺきな待ち伏せ作戦を成功させた。
敵部隊を狭い路地であるダラ通りに誘い込んで、四方八方から機銃掃射を浴びせた。
開幕の掃射に混じったロケットランチャーの攻撃で、敵の旅団長は爆死。それから大パニックになり、逃げまわるしか出来なくなった敵部隊は、5分もせずに壊滅的損害を被り、あっという間に敗走した。
戦力差4対1。
4倍の敵相手に、我々はほぼ完ぺきな大逆転勝利を収めたのだ。
現在はその追撃戦の最中だった。武器さえ捨てて逃げる敵を追いかけ、追い詰め、殺す。普段の敵軍相手に戦うよりもはるかに楽で、その上簡単に手柄を稼げる。
「見ぃつけた」
私は建物の陰で震えている敵兵を見つけると、56式突撃銃を構えて一撃で射殺した。まだ若い。私と同い年くらいか。
「……反政府軍は私達が子供でも手加減してくれなかったし、仕方ないよね?」
敵兵の死体の前で一瞬だけ心に感じた痛みを、そう独り言を言って誤魔化した。
……それに、生きるか死ぬかの緊張感とスリルが、どこかくせになっている自分もいた。
その時、物陰から突然敵の少年兵が現れた。まだ戦意を完全に喪失していなかったのか、手には銃剣をつけた小銃が握られていた。とっさにこちらも銃剣で受けたが、そのままつばぜり合いになってしまった。
私は膝で思いっきり敵の少年兵の股間を蹴り上げた。意識外からの急所への攻撃に、彼は悶絶する。体勢が崩れたところで、そのまま首筋をばっさりと切り裂いた。彼は唖然とした顔で首筋を押さえるが、もう遅い。こいつはもう助からない。
返り血が吹き上がり、生暖かい液体は、私の体を赤く染める。不快だったが、死ぬよりはましだ。
仮にこれが大人の兵だったら、こちらも危なかったかもしれない。少年兵で助かった。
私は何か言いたげに手を空に伸ばした敵の少年兵を無視して、次の敵に向かって行った。
***
「続いて、追撃戦でのMVPは……ウッドペッカー第5小隊!!」
戦闘終了後。すでに頭上は夕焼け空になっている。戦闘終了後。街の一角の666大隊の野営地では、論功行賞が行われていた。
少佐に名前を呼ばれ、MVPとして表彰されたのは機関銃部隊であるウッドペッカー隊の第5小隊。彼女らは追撃戦でサブマシンガンに持ち替えて70人以上の敵兵を殺害したらしい。
「よく頑張ったね。君達は俺の誇りだ」
少佐は第5小隊の面々を称賛しながら、直接勲章をつけていく。彼女らも満足げだった。
私もだいぶ頑張ったのだが、足りなかった。残念。
もう少し敵が固まっている所に行ければ……。
喝采を浴びる第5小隊の面々を少し悔し気に見ていると、レベッカ先輩から声をかけられた。
「よ、ナナ。まだ生きてるみたいだね」
「当たり前ですよ。そう簡単にくたばってたまるもんですか」
そんな軽口を言いあう。軽口はこの地獄の戦場でリラックスする為の数少ない手段の一つだった。
「凄いね、第5小隊の連中。70キルだって」
「とんでもないですね。あいつら。サイコパスですよサイコパス」
「ははっ、違いない。ナナは今回の戦闘、何人殺った?」
「11。まぁ、ほとんどが非力な少年兵でしたが。あいつらガリガリで、私でも簡単に組み伏せられましたよ。反政府軍の連中、補給がガバガバなんでしょうね。腹ペコじゃ、勝てるものも勝てない」
ケロッとした顔で賞賛を受ける第5小隊を、少しの嫉妬を込めた目で見つめる。
私も、もっと敵兵の多いところに行ければもっとやれたのに。そしたらあそこで賞賛を受けているのは私だったのに……。
すると、先輩は少し、心配した様な目で私を見てきた。
「ナナ。少し変わったね……前はいかにも世間知らずのお嬢様って感じだったのに」
「えへへ。私も成長したんですよ! 成長!」
「成長。ね……」
「男子、三日会わざれば刮目して見よ。ですよ? まぁ、私は女ですが」
はっはっはっ!と笑い飛ばす。一方、先輩は静かに私を見つめた。
「なんか、嫌な方向に育ってる気もするんだよなぁ。最近のナナ」
「嫌な方向?」
「戦争に飲まれてる様な感覚というか……」
「なんですか。その抽象的な表現は」
先輩は静かに私を見つめた。
「いや、なんでもない。忘れて」
先輩はそう言うと、いつも通りの太陽の様な明るい笑みを浮かべた。
「学徒兵。それも王子に旅団壊滅させられて、今ごろ反政府軍のお偉いさんたち、パニック状態だろうね。「無能な王家を打倒する!」ってスローガンで戦ってきたのに、王子にボッコボコにされたんだから!」
「いい気味ですね。今の連中の会議の様子をライブ中継して欲しいですよ!」
私はそう言って、笑った。新聞で見た敵の指導層の顔を思い浮かべ、その顔が呆然自失状態になっているのを想像して思わず吹き出しそうになった。
「案外、戦争の終結も近いかもね」
先輩は何気なく言った。
ふと、その一言がどこかで引っ掛かった。
「戦争が終わる……」
「どしたん?」
「……いや。なんでもないです!」
心の中で浮かんだ嫌な考えを振り払うように、私は元気よく返した。
だが、浮かんだ考えは、わずかな不安をたたえて心の片隅に居座った。
――私、戦争が終わったら、平穏な生活に戻れるんだろうか……?




