最終話 本当の居場所
婚約破棄の話が父に伝わった時、彼はしばらく「それ見たことか!それ見たことか!」としばらく騒いでいた。
が、やがて諦観したのか私に対しては何も言わなくなった。
今は孫の顔を見るのを諦め、親戚から養子を探している最中だ。婿養子でないあたり、父の中で私は戦場で死んだ事にされているのだろう。
まぁ、婿さんと結婚したところで、平穏な結婚生活を送れるとも思えないが。
家での孤立はますます深まり、最近はろくに両親とは顔すら合わせていない。
さて、私の今後の身の振り方をどうしようと悩んでいたある日、屋敷に来客が来た。
「困ります! 貧民街の人間を屋敷に入れたなど、バレたら私が旦那様から大目玉です!」
「だから私はこの家の娘さんの戦友だったって言ってるでしょうが! 良いからナナだけでも呼んでよ!」
玄関でメイドと押し問答している声がするから、なんだろうと様子を見に行けば、はたしてそこにいたのはレベッカ先輩だった。
「師匠!? どうしてここに!?」
「よっ! 以外と元気そうじゃん。今ごろ部隊の皆が恋しいって泣いてると思ってたのに」
彼女は貧民街出身。そりゃ、メイドとしては入れられないだろう。
「お前。この方は私の内戦時代の大事な戦友だ。入れてあげて。応接間使うから、お茶と適当なお茶請けを持ってきて頂戴」
「し、しかしお嬢様……」
「いいから」
ギロリ
「は、はい! 只今お持ちします!」
私に睨まれて、メイドは戦々恐々としながら台所に向かっていった。戦場帰りの眼光は一般人には少々刺激が強いらしい。
「……本当にお邪魔だったかな?」
「師匠はお気になさらず。ささ、こちらへ……」
「……どうもこの国は21世紀の今時に差別意識が高すぎていけないねぇ。完全に時代に逆行してる」
「そりゃ今時、王侯貴族が幅利かせてる国ですし」
「こんなのおかしい! って立ち上がった共和主義者御一行様達はあのザマだったしねぇ」
「戦後裁判で、主要な共和派や共産派の指導者は全員首を吊られましたからねぇ。しばらく是正は無理でしょうね」
「なーんか、結局、私達の戦いって正しかったのか分からなくなるよ」
そんな事を言いつつ、応接間についた。
ソファに座ったレベッカ先輩は早速要件を切り出した。
「うちの元隊長がね。面白い事企んでる」
「面白い事を? 少佐がですか」
「そう。単刀直入に言うと、元666の中で戦後世界に馴染めない連中を集めて、PMC作ろうとしてる」
「ピーエムシー……?」
「private military companyの略。民間軍事会社。まぁ平たく言えば傭兵みたいなもんよ」
先輩はあっさりと言った。
「ナナ。私は隊長の命で、あんたを勧誘しに来た。あんたの腕なら、良い戦力になる」
「……戦場に戻ってこい、と?」
「まぁそうなるね。……見た感じ、平和な世界に馴染めてないって感じがする」
そう即座に見抜かれた。
「……よく分かりましたね」
「そりゃそうよ。私はあんたの師匠なんだから。で、どうするよ?」
先輩はそう言うと、一枚の書類を手渡してきた。
書類の内容は、PMCへの参加契約書類である。
「……返事は即答、ですか?」
「即答とまではいかないけど、早い方が良いかな」
私は契約書類を眺めた。こいつにサインをしたら、私は平穏な生活をもう一度捨てる事になる。
「ま、よく考えて返事してよ。こっちも無理強いはしない」
「……」
***
電車を乗り継いで降りた先はハマン市だった。666大隊が敵部隊に待ち伏せで壊滅的なダメージを与えて名を轟かすと同時に、多数の少年兵を殺した罪と誇りの街。
かつて戦場だったこの街は、少しづつだが、街の形を取り戻しつつある。廃墟と新築の建物が混在する不思議な街並みを、私は目的の建物まで歩く。
目的の建物はすぐに見つかった。ビルの扉を開けて入った入り口で、私は早速顔見知りと遭遇した。
「久しぶりです師匠。その秘書姿も似合っていますよ」
出迎えるレベッカ先輩の姿は、まさしく「社長秘書」ではあるけれど、その眼差しは戦友のものだった。
「……ようこそ、PMC「ブラックウィングアイアンワークス」へ。いや──おかえり、666へ。あんたの帰還を、歓迎するよ」
彼女に連れられ通された先には懐かしい戦友たちの顔があった。ざっと100人ほど。彼女達も他の戦友から勧誘されたか、あるいは、直接少佐に連絡したらしい。
部隊解散時に渡されたメモに書かれた連絡先。あれは少佐自身のものだったらしい。……あの人はこうなる事を予想していたというわけだ。
「まさか、戦場に舞い戻る事になるとは……図らずとも、同窓会みたいになってる」
「みんな似たようなもんだよ──戦後の社会に拒まれて、生きる場所なんて、結局ここしかなかった。」
「……やっぱり、私たちの帰る場所って、この大隊だったんですね。……皮肉ですよね。命をかけて守ったはずの国と人に「お前は人殺しだ、いらない」って言われて追い出されるなんて」
レベッカ先輩は、窓の外の復興する町並みを眺めて、静かに皮肉っぽく笑った。
「戦争が終わっても、気づいた時には、戦場じゃなきゃ息もできない身体になってたってワケ」
「師匠も?」
「フ……私はさ、もうちょっと厄介なんだよ。あの人に惚れちゃってるからね──あの子の隣がこれ以上ないくらい心地よくてさ。私の全部、預けちまったのさ」
そして──人数も揃ったところで、背後の自動ドアが開く。
「……ごめんね、待たせた」
相変わらずの空を思わせる美しい白い長髪と青い瞳。だがその眼差しは、一年前のままだった。
「……少佐」
懐かしい。また彼と戦場を駆ける事が出来ると思うと光栄だった。
「レベッカ・シューティングスター以下、元666大隊員総勢100人、再度集結しました。着任許可を、隊長」
敬礼しながら言うレベッカ先輩に少佐は返礼した。戻ってきたのはちょうど100人。生き残りの隊員のざっと三分の一。この数が私同様、社会復帰に失敗したという事でもある。
「着任を許可する。よし――第666特別大隊、ここに再編成だ。……安心しろ。歴史上、完全な世界平和が実現した事など一度としてない。今この瞬間でさえ、飯のタネはいくらでも転がっている」
少佐は部下達を一瞥して続けた。
「さあ、帰るぞ。俺達の居場所へ!」
少女たちはそれぞれ歓声を上げた。
相変わらず騒がしい。
だが、私の中は「ようやくここに戻ってこれた」という安堵感で満たされていた。
「さあ、帰ろう。懐かしの戦場へ……」
読了、お疲れさまでした。これにて、本作は完結です。
よろしければ、ページ下から評価していただけると嬉しいです。作者が喜びます。
コメント、ブックマーク、誤字脱字報告もよろしくお願いいたします。




