3話 少佐
ラバート山攻防戦が政府軍勝利で終わった夜。666大隊は敵の施設に残った敵を掃討後、警戒しつつ待機している。
占領したばかりの土地で、そのまま休息に入るのは危険という判断らしい。少しは息抜き出来ると思ったんだが……。
私も56式突撃銃を構えながら、形の上では警戒態勢に入っている。が、頭の中では今日の事を反芻していた。
敵兵の死体は、持ち物やドックタグの情報から名前と年齢と階級だけを記録して、先ほど穴を掘ってまとめて埋葬した。
敵兵相手だから葬儀もしない。せいぜい形だけ手を合わせるくらい。腐敗して感染症をまき散らさない為の、ただの肉塊として処理。
折り重なった死体の山の中に、私が撃った「彼」のものもあった。
まだ18だった。
装備を漁ったら、恋人からの手紙が出てきた。「早く帰って抱きしめて欲しい」その一節がフラッシュバックする。その願いが果たされる事は未来永劫無い。
死後硬直で固まった恐怖とも絶望ともつかない顔が、先ほどから頭から消えない。
「……ナナ。ナナ・デルタダート」
後ろから声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは、小柄な美男子だった。
黒い軍服。泥と硝煙にまみれた長靴。ぴょこんと頭頂部から生えた二本一対のアホ毛が目を引く長い白髪と、青い瞳、そして一見美少女にさえ見える整った顔。
「少佐……」
この部隊の隊長の王子様。
レベッカ先輩は少佐とも昔馴染みらしく、少し前に彼について話してくれたのを思い出す。
彼の母は国王陛下がまだ王太子だった頃、箔付けの為に軍にいた頃に『お手つき』した副官の女性。
彼女は妊娠をきっかけに陛下に捨てられて、軍務も続けられなくなり、あれよあれよと貧民街のスラムまで転落したらしい。
だがその後、なんやかんやあって、陛下の隠し子がいるという事が分かり、貧民街から連れてこられて、この学徒兵大隊の指揮官に任命されたそうだ。
「今日は……よくやった」
その言葉が、胸に染み込んでいく。
ただの労いのはずなのに、妙に心を揺らす。
「君のおかげで、あのラインを守れた。あそこで崩れてたら作戦は成功出来なかった」
「……そんな、大したことは」
「大したことだよ」
彼は、笑った。
硝煙の匂いをまとった笑顔なのに、どうしようもなく柔らかい。
「……初めての殺人、だったらしいね」
――息が止まった。
倒れ伏した敵兵の死体の無念そうな顔が頭に浮かぶ。
「辛かった?」
「…………」
その問いかけには、答えられなかった。気まずい沈黙が流れる。
「……でも」
少佐は、そんな沈黙を優しく切り裂いた。
「君が引き金を引いたから、仲間が生き残れた。君が撃った相手は、君の家族を殺そうとしていた敵だ。――誇っていい」
「……家族?」
「そう。大隊の皆は、君の家族みたいなものだ。皆が1人を支え、1人が皆を支える。ワン・フォー・オール・オール・フォー・ワンってやつさ」
その言葉が、胸の奥深くに落ちた。
「……ナナ。君、自ら志願したんだって?」
穏やかな声だった。だが、その芯には尊敬の念が見えた。
「……はい」
「凄いじゃないか。貴族の子女なんて徴兵対象にされても、家の権威で徴兵忌避するチキンばかりなのに」
ふと、婚約者の顔が思い浮かぶ。そういえば、彼は「召集令状が来たが、お断りしたよ。僕は跡継ぎだからね。もし僕の身になにかあれば一大事だ」とかなんとか言っていた。
後方で口だけ勇ましい事を言っていた「高貴」な彼らより、少佐やこの部隊の没落貴族令嬢や妾腹貴族令嬢、そして平民階級の少女達の方に尊敬が湧くのは何故だろうか。
「俺たちは、絶対に君の様な勇気ある女の子を見捨てない。君が生きている限り、この部隊は君を守る。 ……でも、そのためには、君も大隊を守ってほしい。――できるね?」
「……」
無意識に、頷いていた。
「よかった」
少佐は、微笑んだ。
それだけで、胸が熱くなる。
さっきまで凍っていた何かが、溶けていく。
「ここは地獄だ。でも、君の居場所はここにある。そして、俺達は君を必要としている。――ナナ、ようこそ第666特別大隊へ」
「……はい。」
声が震えた。
でも、その震えは、もう恐怖じゃなかった。
「大隊の皆の為、頑張ります」
「いい返事だ。俺は君を信頼しているよ」
美形の大隊長はそう言って、戦場に似つかわしくない優美な笑みを浮かべた。
私は、なにか大事なものを差し出してしまった様な気がした。だが、それが何だったかまでは分からなかった。




