Hello, New World.
ゴミ処理場の底は、鉄の死体と静寂が支配していた。 上空では、中枢を焼かれた円盤が、自重に耐えきれずゆっくりと空を滑り落ちていく。神話の終焉を告げる、巨大な流れ星のように。
「……あ、……ぁ……」 ユラが、震える手で自身の胸元に触れた。 かつてそこにあった、冷たく、絶え間なく命令を送り続けてきた「兵器の芯」が消えている。代わりにそこにあるのは、トクン、トクンと、生まれたての獣のように不器用な鼓動。 彼女は、隣で彫像のように動かないダイアを見た。 血に濡れた指、焦点の合わない瞳、そして法悦を浮かべたまま固まった唇。そこにあるのは、膨大な情報の激流によって焼き切られた「空っぽの器」だ。
「……ダイア。……私を、直したの?」 ユラの声が、今度は脳内ではなく、空気を震わせて耳に届いた。 返事はない。ダイアの指先が、キーボードの上で微かに痙攣しているだけだ。それは何かを伝えようとしているのではなく、過負荷で焼きついた神経系が行き場のない電気信号を放っているだけの、死後硬直に近い反応だった。
「……テツ、この人を……直せる?」 泥にまみれた顔で問うユラに、テツは嗚咽を漏らした。 「……直せるわけねえだろ! バカ野郎……! こいつは自分の『心』をハンダごて代わりにして、宇宙と心中しやがったんだ!」 テツがダイアの首筋に手を当てる。脈はある。だが、そこにあるのは「人間としてのダイア」ではない。 彼の中に残っているのは、ユラを兵器から解放し、円盤をスクラップに変えるために最適化された、純粋な【OS:ダイア】の残骸だけだ。
ふと、テツの目が、火花を散らしているノートPCの画面に留まった。 真っ暗な画面の隅で、小さな、小さなカーソルが、心臓の鼓動と同じリズムで点滅している。 『……Waiting for input……』
テツは、その点滅の意味を悟り、息を呑んだ。 ダイアは、宇宙の物理法則を書き換える演算の最後、自分の名前さえも消去した後に、たった一区画だけの空白を残していた。 自分という存在の「定義」を、誰かに委ねるための、空っぽの聖域。
「……ユラ、お前がやれ」 テツは、震える指でキーボードを少女の方へと押し出した。 「こいつが命懸けで守り抜いたのは、お前の『自由』だ。だったら……」 ユラは、青い指先でダイアの血に濡れた手に触れた。 彼の指は冷たい。だが、PCから伝わる排熱は、驚くほど暖かかった。 ユラは一文字ずつ、祈るようにキーを叩いた。 それはかつて自分が兵器だった頃に持っていたコードでも、異星の言語でもない。 ダイアが自分を、一人の「人間」として扱おうとした時に、その瞳の奥に見えていた「願い」の形。 エンターキーを叩く音が、静寂に響く。 画面に、一行のコードが走り、ダイアの脳内へとインストールされていく。 【Status : Human / Hello, World.】 直後、空っぽだった少年の瞳に、微かな、しかし確かな光が宿った。 ダイアの首が、ゆっくりとユラの方へ傾く。 記憶はない。言葉もまだ、どこにあるか分からない。 それでも彼は、自分を定義した少女を見て、初めて「人間」として、困ったように眉を下げて笑った。
星間戦争の、ゴミ溜めの底。 世界で一番壊れた少年と、世界で一番不自由だった少女の、 これは、たった一度きりの、正しい「修理」の物語。




