第八話:実行環境(ランタイム)の祈り
ゴミ処理場の底は、死んだ鉄の冷気と、沈黙が支配していた。 上空では、論理の核を焼かれた円盤が、自重に耐えかねて大気を切り裂き、地平線の彼方へと堕ちていく。 神話は終わった。あとに残ったのは、膨大な金属の残骸と、三人の子供たちだけだ。
「……あ、……ぁ……」 ユラが、震える手で自身の胸元に触れた。 かつてそこにあった、凍てつくような「兵器の芯」はもうない。代わりにそこにあるのは、トクン、トクンと、生まれたての獣のように不器用な鼓動。 彼女は、隣で彫像のように動かないダイアを見た。 血に濡れた指、焦点の合わない瞳、そして法悦を浮かべたまま固まった唇。
「……ダイア。……私を、直したの?」 ユラの声が、今度は脳内ではなく、空気を震わせて耳に届いた。 返事はない。ダイアの指先が、キーボードの上で微かに痙攣している。それは過負荷で焼きついた神経系が放つ、無意味な電気信号の火花。
「……テツ、この人を……直せる?」 テツは答えなかった。ただ、鼻水を流し、ダイアの無機質な笑顔を見て、怒りと悲しみの混ざった声で嗚咽した。 「……直せるわけねえだろ。バカ野郎。……こいつは、自分の『魂』をハンダごてにして、宇宙のバグを溶接しやがったんだ」 テツはダイアの首筋に触れた。ドク、ドクと、確かに命はそこにある。だが、中身は空だ。 ふと、テツの目が、ダイアの膝の上で火花を散らすノートPCに留まった。 ひび割れた画面の隅で、ひとつのカーソルが、心臓の音と同じリズムで点滅している。 『……Waiting for input……』 入力待ち。 ダイアは、宇宙の物理法則を書き換える演算の最後、自分の名前さえも消去した後に、たった一区画だけの空白を残していた。 誰かが、そこに「新しい自分」を書き込んでくれるのを待つための、空っぽの聖域。
「……ユラ。お前が打て」 テツが、キーボードを少女の方へと押し出した。 「こいつが命懸けで守ったのは、お前という『バグ』だ。だったら、こいつの新しい生き方も……お前が定義しろ」
ユラは、青い指先でダイアの血に濡れた手に触れた。 彼の指は冷たい。だが、PCから伝わる排熱は、驚くほど暖かかった。 ユラは、涙で歪む視界の中で、一文字ずつ、祈るようにキーを叩いた。 それは軍の識別信号ではない。異星の言語でもない。 かつてダイアが、自分の腹部を医療用ホッチキスで塞いでくれた時、その指先から感じた「不器用な体温」の名前だ。 エンターキーを叩く音が、静寂に響く。 画面に、一行のコードが走り、ダイアの脳内へとインストールされていく。
【Name : DiA / Status : Human】
直後、空っぽだった少年の瞳に、微かな、しかし確かな光が宿った。 ダイアの首が、ゆっくりとユラの方へ傾く。 記憶はない。言葉もまだ、どこにあるか分からない。 それでも彼は、自分を定義した少女を見て、初めて「人間」として、困ったように眉を下げて笑った。
星間戦争の、ゴミ溜めの底。 世界で一番壊れた少年と、世界で一番不自由だった少女の、 これは、たった一度きりの、正しい「修理」の物語。




