スクラップ・スターの空、あるいは次の火種
数ヶ月後。 かつて第7廃棄区画と呼ばれたスラムの片隅には、相変わらず鉄の残骸が死体のように積み上がっていた。 だが、その一角にある小さなガレージからは、かつての悲鳴のような放電音に代わり、カン、カン、という小気味よい「金槌の音」が響いている。
「……ダイア。お昼だよ。パン、焼けてる」 ガレージの扉を開け、ユラが入ってくる。 彼女の白い肌は健康的な血色を帯び、その胸元には「命令」ではなく「自分の意思」で打つ鼓動が、静かに、しかし力強く刻まれていた。 ダイアは作業台から顔を上げ、少し困ったように笑った。 「……ユラ。ごめん、今、いいところなんだ」 彼の手元にあるのは、軍の払い下げ品の古いラジオだ。ダイアには、あの日自分がどうやって「神の理」をハックしたのか、その記憶は一文字も残っていない。母親の顔も、スラムの夕焼けの美しさも、全てはあの夜の演算として焼き捨てられた。
だが、指が動く。 理由を忘れても、魂がその「直し方」を覚えているのだ。 ガレージの外では、テツが相変わらず泥だらけのトラックを鳴らし、ゴミの山から「金になりそうなガラクタ」を運び込んでいた。 見上げた空は、円盤が去り、一時的な静寂に包まれている。 だが、その青空の向こう側――大気圏の外では、墜ちた『執行者』を巡り、連邦軍と異星の艦隊が、次の殺し合いの準備を始めていることを、スラムの住人はまだ知らない。
「……行こうか。今日は、テツの車も直さなきゃいけないしな」 ダイアは、あの日自分を再定義した少女の手を取った。 その温かさを、彼は「幸福」という名の未定義データとして、大切に、空っぽの脳に書き込んでいく。
ガレージの扉が閉まる。 棚の奥、埃を被ったまま二度と開かれないはずの、ダイアのノートPC。 その、ひび割れた液晶画面が。 一瞬だけ、黄金色のノイズを走らせた。 表示されたのは、ダイアが書き込んだ覚えのない、未知のコマンド。
【Update 01 : 宇宙の再設計を継続しますか? (Y/N) 】
カーソルが、獲物を狙う心臓のように、闇の中で静かに点滅していた。
(完)




