第六話:剥落する人間
『バグ』の黒い肢体が触れるたび、ダイアの『スペシャル』は砂の城のように崩れていく。 「……汚ねえな」 ダイアの唇から、粘り気のある血が溢れた。瞳は焦点が合っていない。彼は今、ノートPCの画面ではなく、網膜に焼き付いた「情報の奔流」だけを見ている。 「解析不能なまま増殖するな……。ユラ、お前の『数式』を貸せ。俺の泥だらけの手で、こいつを書き換えてやる」
「ダイア! 右脚が消えたぞ! 降りろ、もう無理だ!」 テツがダイアの肩を掴む。だがその手は、冷たい電気信号に弾かれた。 「テツ、全重力計の数値を死守しろ……。0.001のズレも許さない。……俺が今から、この空間を『無』と定義する」 ダイアがエンターキーを叩きつけると同時、コックピット内の全ての計器が爆発した。 ドォォォォン!! 黄金色の座標軸がピットを埋め尽くす。 物理的な衝突ではない。ダイアは、バグの結合プログラムに「0(ゼロ)による除算」を強制的に割り込ませたのだ。 キィィィィィィィン!! 鼓膜を貫く高周波。バグの黒い機体が、自身の定義を維持できず、次元の隙間へと「蒸発」していく。
「はは……あはははは!」 ダイアは笑った。だが、その瞳からは感情が消えていた。 彼の指先は、キーボードを叩く衝撃で爪が剥がれ、血が混じったキーがカチカチと乾いた音を立てている。 「ダイア……お前、その目……」 テツが絶句する。ダイアの瞳孔は左右に高速で振動し、まるでPCの読み込み画面(ロード中)のように人間離れした動きをしていた。 彼はもう、テツの言葉を聞いていない。
「……ダメ、ダイア。これ以上、私の中を……剥かないで……」 ユラの肌が、青から冷徹な「白銀」へと変色していく。 彼女の生体機能は、ダイアの強欲なアクセスによって「演算資源」として食い潰されようとしていた。 その時、ピットの真上の空が「静止」した。 燃え盛る戦火も、連邦のミサイルも、まるで時間が凍りついたように止まる。 雲を割り、降りてきたのは、装飾のない「完璧な円盤」。 異星の執行者。 彼らは、自分たちの高度な技術を「盗み、歪めて、使いこなした」野蛮な生命体を、殺すべき敵ではなく、「駆除すべきバグ」として見下ろしていた。
「……ようやく、マシな『ハードウェア』が来たな」 ダイアは、剥がれた爪をキーボードに食い込ませ、震える手で新しいコマンドを打ち始めた。 テツは見た。親友だったはずの少年が、少女と、機体と、そして異星の知識と混ざり合い、二度と戻れない「何か」に変質していく姿を。 星間戦争のゴミ溜めで。 少年は、神の技術を「修理」し、運命という名のシステムを、根底から書き換えようとしていた。




