第三話:規格外の侵入(ハッキング)
ガレージの淀んだ空気が、冷却液の甘ったるい刺激臭に侵食されていく。 ダイアはユラの腹部の裂傷に、医療用ステープラーを押し当てた。 バシュッ。 針を撃ち込むたび、青白い皮膚がビクリと波打ち、傷口から蛍光色の蒸気が噴き上がる。 「熱ッ……!」 飛び散った体液で指先が焼け爛れる。それでもダイアは止めない。ナノ接着剤を流し込み、生体組織を無理やり溶接していく。 「……ダイア、お前、その顔やめろよ」 影の中でテツが呻いた。 「なんだよ」 「笑ってるんだよ。化け物の腹を縫い合わせながら、まるで恋人の手でも握ってるみたいにさ」
ダイアは鼻で笑い、血と油に塗れた手を、少女が抱える『中枢ユニット』へと伸ばした。 規則的な明滅。この振動は鼓動じゃない。暗号化された信号だ。 「テツ、2番の変換ケーブルと、電圧変圧器を持ってこい。あと冷却スプレーだ。全部だ、ありったけ持ってこい!」 「お、おい、何する気だ!?」 「『ダイア・スペシャル』に直結する(バイパスを通す)。こいつの規格は不明だが、信号パターンは二進法に近い。無理やり翻訳機を噛ませれば、対話くらいはできるはずだ」 「正気か!? 電圧が違う! お前の脳みそごとショートするぞ!」 「やるんだよ!」
ダイアは作業用ゴーグルを噛んで装着し、剥き出しの配線をユニットの端子――とおぼしき亀裂――に突き刺した。 バヂィッ!! 青白いスパークが弾け、ガレージの照明が破裂する。 「ぐ、あアアアアッ!!?」 ダイアの視神経を、暴力的な情報量が逆流した。 星空などという生優しいものではない。 それは、「殺意」の羅列だった。 座標データ。敵性体の検索。残弾数ゼロ。損壊率78%。痛み、痛み、痛み。そして、この銀河を焼き尽くすための射撃管制シークエンス。 脳が焼き切れる寸前、その奔流の中に、ぽつりと寂しげな「意志」があった。
『……エラー……システム……非……対応……』
「……うる、せえ……!」 ダイアは目と鼻から血を噴き出しながら、痙攣する手でキーボードを叩き続けた。 「俺のガレージ(ここ)に来たなら、俺の規格に従え! 書き換えろ……俺のマシンに合わせて、お前の形を変えるんだ!」
ズゥゥゥン……。 その時、地面を揺らす重低音が、二人の少年の鼓膜を叩いた。 この足音は人間じゃない。全高8メートルの質量、連邦軍主力量産機『ガーディアン』だ。 「第7区画の住人に告ぐ。重要機密の隠匿反応を探知した。十秒以内に投降せよ。さもなくば、区画ごと浄化する」 無機質なスピーカー音声と共に、ガレージのシャッターが熱線で溶断される。 赤い溶断のラインが走り、鉄の壁が崩れ落ちる寸前。
「……テツ、ユラをコックピットへ放り込め!」 「はあ!? あんなポンコツで勝てるわけ……」 「ポンコツじゃない!」 ダイアは、異星の『中枢ユニット』から伸びる極太のケーブルを、背後の『ダイア・スペシャル』の動力炉へと強引にねじ込んだ。 その瞬間、継ぎ接ぎだらけのジャンク・ロボットが、咆哮のような排気音を上げた。 各関節のモーターが悲鳴を上げ、カメラアイが狂ったように赤く輝く。 「こいつが『心臓』だ! 俺の機体に、こいつの出力を乗せる!」 それは修理ではない。禁断の融合。 ダイアは血まみれの顔で、獰猛に笑った。 「見せてやるよ軍隊ども。ジャンク屋の『魔改造』をな!」




