第九話 女剣士に強烈なトラウマを刻む
「我が名はライヌス。そこの二人、申し訳ないが手合わせを願いたい!」
道を歩いていると、道の途中に一人の女の子が立っていた。
いや、正直なところを言えば、英留もフィメーラもかなり遠くから、そこにいるのは分っていた。
何しろ長い直線の道の真ん中に隠れることもなく立っているのだ。
少なくともこの子には盗賊の才能はないな、などと英留は考えていた。
「私と貴様で大事なものをかけて戦おう。勝った者がそれを手に出来るのだ。悪くはないだろう!」
「なあ、あれだよな?」
おそらくこの子が自治会が追い出して欲しい子なのだろう、と念のためにフィメーラに聞いてみる。
「あたしも知らないけど、聞いた話の通りだし、そうじゃないの?」
フィメーラの考えはだいたい英留と同じ程度のようだ。
「うーん……」
向こうにいるライヌスと名乗った女剣士は、まだ少女と名乗ってもいい、英留とも変わらない歳の女の子だった。
ただ、その長身は英留に近いくらいと女の子にしては高く、細くスレンダーな身体にロングワンピースのような黒い服。
その上にグリーンの軽鎧を着けている。
その顔には幼さは多少残るものの凛々しく、美形という言葉がピンと来るだろう。
肌は白く、対照的に髪は黒く、そして長く、腰まではあるだろうか。
その髪を結ばずに靡かせているのは彼女なりの余裕の表れか。
「あのさ、大切なものって君の場合パンツでもいいの?」
そんな、既に戦闘態勢に入ろうとしているライヌスに尋ねるのはもちろん英留。
「……今何と言った?」
「だからさ、君が負けた場合、君のパンツもらうっていうのでもいいのかっぷごっ!」
英留が戦利品の交渉をしていると、後ろからフィメーラに後頭部に膝を入れられた。
「ふざけたこと言わないっ! あんたが勝ったらあたしの全財産をあげるわ! ただし、負けたら二度とここに現れないこと!」
「ちょっと待てって! それじゃ自治会に証拠が残らないだろ? パンツなら絶対的な証拠になるんだって!」
「うるさい!」
「ふん、私の討伐か。有名になったものだ。まあ、いいだろう。私は負けない」
ライヌスが剣を構える。
「いや、ちょっと待て! この勝負俺に何のうまみもないじゃないか!」
「いいからさっさとやる!」
理不尽にも思えるが、相手が既に間合いを計っている状況で、もう止められはしない。
「しょうがない……『不殺モード』!」
英留はシーヤを構える。
構えると言っても、当然英留は剣術など知らないので、適当に剣道っぽい構えをするだけだ。
「光る剣──魔剣か!」
ライヌスは英留の剣を見て、まずいと思ったのか速攻で地を蹴る。
次の瞬間息をするほどの間もなく、ライヌスが英留の目の前に踏み込んできた。
「うわっ!?」
英留はとっさにシーヤで受けようと、振り回す。
「……なっ!」
「……あれ?」
強い衝撃があると思っていたので英留は、シーヤを思いっきり振り回してしまった。
だが、シーヤには何の衝撃もなく、だから勢い余って、ライヌスの首から脇にかけてを通過させてしまった。
「え……?」
本来なら、ライヌス自身が、真っ二つに切断されるはずの動き。
だが、ライヌスは、傷一つ負うことはなかった。
その代わり、手に持っていたロングソードは、聖剣メリックのように刃が切断された。
そして、彼女の胸当てと、インナーも英留の剣筋から真っ二つになっていた。
これがシーヤの不殺モードの機能だ。
肉体は一切傷づけることなく、装備だけは切断する。
だから、人を武装解除できるが、殺すことはない。
これは戦場の兵士向けではなく、警察などに向いた装備なのだろう。
「なるほど……これは、行けるっ!」
「くっ……剣が。いや、まだだ! まだ私は負けてはいない!」
ライヌスは半分になったロングソードを構えている。
だが、首から肩の一閃のせいで、服が落ちてくるため、片腕で服を押さえなければならないので、剣を構えるのは片手だ。
それでも諦めないのは大した精神だ、などと思う英留ではない。
何しろ彼は、この剣の性能を知ってしまったのだ。
後は横槍が入らないように、いかに命懸けで戦っているように見せるかだ。
「行くぞ、ライヌス! これは命を懸けた勝負だ、全力で来い!」
絶対に負けない勝負になった時の英留は、強い。
特に、相手が美少女剣士であり、そこに何らかの性的な期待があれば更に強い。
「来い! 私が負けない!」
「その心意気よし!」
とりあえず格好いいボス敵っぽいことを言ってみた。
「りゃっ! りゃっ! りゃっ! りゃっ!」
健気に構えるライヌスに、容赦ない一閃、一閃、一閃──。
英留は十数回に渡り、ライヌスを切り刻んだ。
もちろん、身体以外を。
「──必殺、不殺の剣!」
何だかそんな矛盾したことを言い放った英留の背後で、切り刻まれたライヌスの服がパラパラと落ちていく。
「くっ……!」
悔しそうに、だが、まだうら若き少女は恥ずかしいのか胸元を押さえ、しゃがみ込む。
勝負は完全についた。
「貴様の……勝ちだ……っ!」
悔し気にそれを認めるライヌス。
「いや──まだ、終わってはいない」
振り返る英留の前には、無防備なライヌス。
「さっきも言っただろう、これは命を懸けた戦いだと……!」
「くっ、ならば殺せ! 私にはもう抵抗の手段はない」
死を覚悟したライヌスがそう言い放つ。
「諦めるとは剣士の風上にも置けんな。ならばこうしようか」
英留は剣を地面に格好良く投げ捨てようとして、精密機器だから怖いな、と思い、そっと置く。
「これでフェアな戦いが出来るだろう。さあ、かかって来るんだ」
「……譲歩は痛み入る。だが、私は剣の修行しかしていない。剣がなければただの力なき小娘に過ぎない。それに……修行不足と罵られるのは承知だ……私は、裸では戦えない」
全裸のライヌスは、胸を腕で抱いたまま恥ずかしそうにうつむく。
彼女にとって、その腕の縛めを解くくらいなら、死を選ぶのだ。
「なるほど、では仕方がない。俺はフェアな勝負がしたかったのだが」
英留の言葉にライヌスがうつむく。
「だったら俺も脱がなくてはな」
「……は?」
ライヌスが顔を上げると、既に英留は半裸状態で、更にパンツを脱ごうとしていた。
「待てっ! 何をするつもりだっ!」
「何って戦うだけじゃないか。武器もなく、ただ、裸で肌と肌を合わせて」
言っている間に、英留は全裸になった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 分かった! 私のこれまで得た報酬を返そう! ここにも二度と現れない! だから私の負けだ!」
ライヌスの瞳に恐怖が宿る。
「そんな事は後のことだ。今はこの戦いを存分に楽しみたい……っ!」
言っていることはとても格好いいが、既に負けを認めている全裸の女の子を前にでは、ただの外道の言葉だ。
「ま、待て! 寄るな! こっちに来るなぁぁっ!」
ライヌスは両腕で胸を押さえたまま後ずさる。
「これはフェアな勝負。命を懸けた正当な勝負だ! 逃げるとは何事かぁぁぁぁぁっ!」
「い、いや……っ! やだっ……!」
ライヌスの瞳は、もう女の子の尊厳を全て奪われる直前のいたいけな少女の瞳をしていた。
「おらぁぁぁぁ! 行くぞぉぉぉぉぉっ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ! ママぁぁぁぁぁぁっ!」
全裸の英留は、全裸のライヌスに襲いかかる。
「お前がママになるんだぁぁぁぁぁっ!」
「やぁぁぁぁぁぁっ! もうやぁぁぁぁぁぁっ!」
もうこれは完全に凌辱にしか見えない。
「ふははははっ! いい子を産めよぉぉぐひゃんっ!」
「はい、そこまで~」
横からフィメーラの足が英留の頭に入る。
「何するんだよ!? 真剣勝負の最中だぞ?」
「はいはい、あんたはよくやったわよ、これでこの子は、もう二度とここには来ないくらいの恐怖を植え付けたんだから。でも、ここまでね」
フィメーラはあえて英留の暴走を見逃していた。
負けて裸にされた程度ではまた現れかねないので、恐怖を植え付ける必要があると思ったからだ。
「……お前、俺を利用したのか?」
「違うわよ、協力しただけよ」
平然と、フィメーラが答える。
確かに、この仕事は英留が請けて、得た金でフィメーラに剣を買うことが本来の形のはずだ。
だから別にフィメーラはついて来なくても良かったのに来たのは親切心なのだろう。
だが、それはそれとして、自分の暴走を利用されて若干イライラするが、反撃は契約書で封じられている。
もちろん、セクハラ以外の反撃は英留には想像もできない。
「ヴァー!」
幼子のように号泣するライヌス。
少し前にはフィメーラもこんな感じで泣いていたな、などと英留はこの世界の女の子の号泣を微笑ましく思う。
「落ち着いて、もう怖くないから」
恥も外聞も、最初のクールさのかけらもなく、子供のように号泣して全身震わせているライヌスは、確かにトラウマ以上の何かが残りそうだ。
「マーマー! ヴァー!」
「うん、もう大丈夫。大丈夫だから」
幼児退行すらしているように思える彼女を、フィメーラが落ち着かせる。
見た目だけで言うなら、ライヌスの方が明らかに一歳か二歳歳上に見えるが、まるで子供のようなライヌスに対して、フィメーラがおかんのようにあやしている。
それをほほえましく見ている英留。
原因の全ては英留なのだが。
「ママー、ママー!」
泣きやんだはいいが、幼児退行のまま甘えてくるライヌスに苦笑するフィメーラ。
「落ち着いて? もう誰もあなたを襲わないから」
「……うん」
抱きしめられてやっと落ち着いたのか、ライヌスは幼児退行したまま、素直に返事をする。
「もう、こんなところで人を襲っちゃ駄目よ? ああいう怖い人が来るからね?」
「……! こわい!」
フィメーラの言葉に、ちらりと英留を見て身を震わせるライヌス。
「じゃ、今日はもう帰ろうか。これ着ていって?」
「うん」
フィメーラが差し出したのは、脱ぎ捨てた英留の服だが、彼女は目で英留の抗議を止める。
もそもそと、英留のシャツに袖を通すライヌス。
英留はじっと見ようとして、フィメーラに阻まれる。
「……パパの匂いがする」
「それはパパじゃなくて、性犯罪者の匂いよ」
「パパはいやらしいことするの?」
不安げなライヌス。
ここで「パパはお前を食べるために育てたんだぁぁぁぁ!」などと言うと、パパのパパがママに潰されかねないので黙っていた。
「しないから、もう安心して帰りなさい?」
「うん……」
ライヌスは、何度もこちらを気にしながら、道を去っていった。
「はあ、これで問題は解決ね……」
「ああ。ところで、見られるのも中々悪くないものだな」
英留はまだ全裸のままそこに立っていた。
そして、立っていた。
「さっさと服を着ろぉぉぉっ!」
「うわぁぁっ!」
さすがに全裸には触りたくないのか、フィメーラは、殴っては来ず、石を投げて来た。
全裸で石は洒落にならないと、英留は急いでパンツとズボンを履いた。
「ところで上着がないんだが」
「さっきあげたからね」
「俺はこれからどうすればいいんだ?」
ちなみにアンダーシャツは着ない派なので、あげたシャツがないと、上半身裸だ。
上半身裸で生きていくくらいは、まあ、出来なくはないが、夜は冷えるだろうし、さすがに文化人として、上着くらいは着ておきたい。
「もらえる報酬で買いなさいよ」
「これはお前の剣を買うんだろ?」
「はあ……足りなかったら上着の分は出してあげるわよ、一応面倒を見るって言っちゃったしね」
流石はママ、なんて怖くて言えない。
そして、この迫力はママじゃない、おかんだ。
「よし、じゃあ帰ろう! 今日はいいものを二回も見たからしばらくはおかずに困らないぞ!」
「もうおなか空いたの? じゃあ街に戻って宿を取ってから考えましょうか」
英留は別に腹は減ってはいないが、ある意味飢えていた。
「宿か。そうだよな。俺、住むところないんだよな……」
「…………」
途端現実に戻された気がする。
ここは日本じゃない。
どこか遠く離れた地で、家に帰ることは不可能だ。
とりあえず、フィメーラがいてくれるから絶望的な気分ではないが、親も心配するだろうし、何より一緒にいたはずの紗佳奈がどうなったのか心配だ。
これからどうすればいいのか。不安で仕方がない。
今はいいだろう、だが、この先自分はどうすれば──。
「…………」
「? フィメーラ?」
ぎゅ、と、フィメーラが英留の腕を引き寄せて来る。
「おっぱい当たってるんだけど」
「そういうこと言うなっ!」
掌底で殴られた。
もちろんフィメーラも当てるつもりで当てたわけではない。
だが、当然身体がくっつくと分かっていて、引き寄せてはいたのだ。
先ほどのライヌスもそうだったし、英留にもなんだかんだで世話を焼いてくれる。
本当に母性の強い、おかんのような子だ。
「あんたが落ち込んでるから励ましてあげようと思ったんじゃないの! それを──もうっ!」
もう一発殴られる。
これに関してはさすがに知るかよ、と言いたくなったが、英留は黙っていた。
「本当、あんたのそばには優しい人ばっかりいたようね!」
「そうだな。俺は数えきれない愛に包まれて生きていたんだ……」
「エール……」
なんだかそれっぽいことを言ったが、そこらで聞いた曲の歌詞をつぶやいただけだった。
だが、それは、歌謡曲なんて知らないフィメーラには、深刻に受け取られた。
「あ、あのさ、そういう人たちがいなくなって……寂しいし不安だと思うけど……あたしじゃ、代わりにならないかもしれないけど……その、元気出して、さ……」
「は?」
フィメーラがいきなりマジっぽく言い出したので、英留はどうしたんだこいつ、みたいな目で見た。
「うん、寂しいだろうけど……それはあたしも同じだからさ。いきなりこんな旅に一人で出されて。ただ、勇者の血を引いてるってだけで今までの生活全部捨てさせられて、さ……そりゃ、エールに比べたら、あたしはまだ帰る家はあるし、この旅にも終わりはあるんだけど。でも……やっぱり、さ……」
「お、おい?」
語りながら徐々に目が潤んでいくフィメーラに、英留はさすがに慌てる。
そういえば、彼女には情緒不安定疑惑があったことを思い出した。
「大丈夫だって、な? 何とかなるからさ!」
何の根拠もないし、絶対に自分がいるから、などとは言わない、ヘラーさんへの責任は負いたくないと思っている、英留の、薄っぺらい言葉に、だが、フィメーラは元気づけられる。
「ありがとう……ごめん、励ますつもりが励まされちゃったね?」
「いや、別に……」
「じゃ、街に戻りましょっ」
フィメーラが少し明るくなってそう言った。
何だかもうよく分からないが、やっぱりそういう子なのだろうか?
あまり刺激しないように、英留は黙ってそれについて街に帰った。




