第八話 セクハラしない誓約書に署名させられる
「不殺モードってのがあるんだけど、これどこまで不殺なのかなあ?」
英留は剣を構え、モードを選択していると「不殺モード」に行き着くが、これが何かよく分からない。
ただの安全スイッチで棒のようになるだけなら、剣士相手に勝負は一瞬でついてしまうだろう。
「F1でもあればいいんだがなあ」
最新兵器を前に、人を殺すな、というのは難しいのではないか、そもそもこれ、無理ゲーだろ、と英留は思ってはいる。
一人ならもうさっさと諦めていた、というか引き受けていなかっただろう。
が、もう勝って賞金もらうつもりでいるフィメーラを前にそうも言えない。
フィメーラは彼の後ろを歩いている。
先ほどまで道を知らない英留のために前を歩いていたが、英留が目の前でスカートが揺れるので思わずめくったら、拳三発とともに後ろに下がったのだ。
「うーん……」
英留はシーヤの説明を何度も読んで確認したが、どうにも分からない。
「少なくとも切れないことは分っているし、これでやってみて、駄目なら戦闘モードに切り替えるか絶対防御モードで体勢を整えるしかないか」
案外最新兵器で人を殺さないというのは難しい話だ。
まったく、剣を持った女の子がいて、そこらで剣が売ってる世の中なのに、人を殺すな、なんて興ざめもいいところ──。
「そう言えば、フィメーラって、さっき俺を殺そうとしたよな? 王国の兵士に捕らえられるんじゃないのかこの国の法律では?」
「は?」
そう、昨日フィメーラに会った時に、英留は彼女の胸を直に揉んで、完全に切れられてその口から「殺す」と言われたし、実際殺されかけた。
それはこの世界では普通の事なんだと思っていたのだが、そう言えばさっき事務の人が言っていた「人を殺したら王国の兵に捕らわれる」とか言っていたのと矛盾しないだろうか?
「あたしは勇者よ? だから、あたしの殺した人間は悪者に決まってるじゃない」
「……へ?」
「勇者っていうのはそういうものなのよ……」
少し憂いを含んだような、諦めたようなフィメーラの表情。
人を殺しても相手が悪人になる、なんて、現代日本では考えられない事だが、この世界ではそれが当たり前に信じられているようだ。
勇者って存在はそれだけ強力って事なのか。
「……確かに殺すって言ったのは悪かったけど、あんたも街道でいきなり襲いかかって来たんだから、あたしじゃなくても殺されても仕方がなかったんだからね?」
「ちくびつまんだくらいで殺されちゃ命がいくつあっても足りないだろ!」
「重罪に決まってるでしょうがっ!」
背後から攻撃を受ける。
「まあ……王国の兵士って言っても、各町にいるわけじゃないから、大抵の殺人は誰かが目の前で殺されて、相手を知っていない限り、捕まることはないんだけどね」
「王国の兵士ってそんなに数が少ないのか?」
「……少なくは、ないんだけどね」
少し含みのある言い方。
まあ、フィメーラも勇者として国王の命を受けて旅をしているんだろうから、国の悪口は言えないのかもな。
勇者が人を殺しても許される国だ、国王の悪口なんて言ったら、殺されても仕方がないのかもしれない。
そう考えると、この子も可哀想な子なのかもな、などと憐れんでみた。
「何気味悪い目で見てるのよ? またいやらしいこと考えてるんじゃないでしょうね!」
ぼす、と後ろから叩かれる。
まだ、いろいろ怒っているようだ。
「お前なあ、俺がいつでもそんなこと考えてると思ってるのか?」
「思ってるわよ」
「その通りだぁぁぁぁぁっ!」
「来ると思ってたわ、ふんっ!」
襲いかかるつもりもなく、ただ、抱き着くだけの予定だった英留の鳩尾に、拳を極めるフィメーラ。
「ぐ……ぇ……」
英留は身体をくの字に折る。
だが、これも想定内だ。
思ったよりも痛苦しいが、これは分っていた。
英留は一旦、息を思いっきり吐きながら、一歩前に出て倒れる。
そう、そこにはフィメーラの胸があった。
「やっ……きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
英留は思いっきりフィメーラの胸に突っ込み、埋まりつつ、今度は息を吸い込んだ。
甘いフィメーラの身体の匂いが英留の肺を満たす。
もう、十分だ。
これから痛い目に遭うが、それはしょうがない。
それだけの覚悟を持ってやったのだ。
「何するのよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
英留はその後、フィメーラの息が切れるまで殴り続けられた。
だが、その表情は、やり遂げた男の顔をしていた。
「……本当はこんなことにこれを使いたくなかったけど。しょうがないわね……」
そう言ってフィメーラが荷物から紙を出した。
「えーっと……」
ペンで何やらそこに文字を書いている。
何を書いているのか、英留には見えないし見ても文字が理解出来ない。
「これでよし、と。じゃあここに名前を書いて?」
「なんだこれ?」
「精霊契約書よ。これに書かれたことは絶対に守らなきゃならないの」
「おお、マジか!」
この世界にはそんな便利なものがあるのか。
それがあるのなら、女剣士に勝った後もこれを書かせればいいだけだから簡単だ。
そう言えば事務の人も契約書を書かせる、みたいなこと言ってたよな。
「じゃ、それを──」
「ここにあんたの名前書いて?」
「え? なんで?」
英留はこうしてフィメーラと話は出来るが、ここの文字は読めない。
だから、それに何が書いているか分からない。
それに、とにかくいきなり契約書にサインをしろと言われてもするなと親に教育されている。
「あんたがあまりにもあたしに襲いかかってくるから、契約書を書かせるのよ!」
「え? いや、そんなことよりこれを女剣士に使えばいいだろ」
「? そんな必要ないでしょ? 勝ってもう二度としませんって言わせればいいんだから」
「いや、そんなわけないだろ……」
この国の事は全く分からないが、おそらく情報伝達ではテレビも新聞もスマホもない世界なのだろう。
だから、人を疑わない子は疑わないまま大きくなっていくのかもしれない。
フィメーラはこれまでおそらく素朴な田舎で人を騙すとか騙されるとかそんなことのない場所で暮らしていたんだろう。
人の口よりも疑わしいものなんて、この世にはないというのに。
「さっさと書きなさいよ!」
女剣士がいるからか、人通りのない道のど真ん中で、書類にサインを迫られる。
「ちょっと待てって。それにはなんて書いてあるんだよ?」
「『乙は甲に今後一切の性的行為を、甲が望まない限り行わないものとする。もし行為に及んだ場合、乙は生涯甲の奴隷となる』って書いてあるわ」
「ほほう、こっちでも甲とか乙とか使うんだ……って、なんでだよ! 嫌だよ! なんでそんなもん書かなきゃならないんだよ?」
英留には自信があった。
自分はこれを書いてしまえば確実にフィメーラの奴隷になると。
「じゃ、取り引きをしましょう。これに書いたら、あなたにきちんとこの国での生活を教えてあげるわ。それにちゃんと当面の生活も助けてあげる」
フィメーラがにっこり笑う。
「…………」
何だろう、この魅力的な言葉は。
英留はいま、この世界に一人であり、生活どころか知識すらない。
だから、誰か助けてくれる人がいなければ、食事すらもままならず、死んでしまうことだろう。
自分に知識を与え、食事を提供してくれる、親のような存在が必要なのだ。
フィメーラは、自分にセクハラをしないことを条件にその、おかん役を引き受けてくれる、と言っているのだ。
たしかにまあ、おかんにセクハラをするのはおかしい。
とはいえ、フィメーラは恐らく同年か、違っても一年くらいで、可愛い魅力的な女の子なのだ。
多少を超えるほど暴力的な部分を考慮しても、セクハラしたいと思えるほどなのだ。
まあ、英留も法治国家日本で育ってきた身でもあり、我慢できなくもない。
これまでも、紗佳奈などに集中してセクハラをしてきたため、性犯罪で訴えられたことはない。
だが、これから一緒に旅をする仲間であり、親しくなって行くであろうフィメーラを相手にセクハラをしないという事が可能だろうか?
それでフィメーラの奴隷になるのは──。
フィメーラの奴隷。
悪くはない。
いや、だが、自由に何も出来なくなることは避けたい。
どうすればいいだろう?
「……分かった、書こう。だが、何が書いてあるか分からないものにはサインは出来ない。文字を教えてくれ。これはなんて書いてある?」
「これは『奴隷』よ」
「ここは?」
「……『性的行為』。こっちが『性的』でこっちが『行為』」
「ん? 何だって? これがなんて言った?」
「だ、だから、『性行為』……」
「んん? 聞こえんなあ」
「いいからさっさと書けっ!」
殴られる。
「しょうがない、書くか……あ、俺の名前をここの文字にするとどうなる?」
「エールだっけ? こうよ」
「そっか……ああああっ! あんなところに人がいる! あれが女剣士か!?」
「え……?」
フィメーラが驚いて振り返る。
「……? いないじゃない」
「悪い見間違えだった。あ、契約書に名前書いておいたぞ?」
英留は書き終わった契約書をフィメーラに渡す。
「さっきの間に何か書たんじゃないでしょうね?」
「こっちの言葉が分からないのに書けるかよ、書くところを見られるのが嫌なんだよ」
「そうなの? ちゃんと確かめるからね?」
そう言うと、疑り深い表情で、フィメーラは英留の書いた文字をじっと確かめる。
「……問題は、ないようね?」
何度見ても、そこには先ほど教えた「エール」という文字が、多少下手だが書かれている。
「そのくらいちゃんと書くって。俺だって契約が重要だってことくらい分かってるからな」
「分かったわ、問題もないようだし、さっさと契約をしましょう」
フィメーラは契約書を空に掲げる。
「じゃ、この契約書を使用するわ。精霊よ、二人の誓約を受けとめたまえ!」
すると、どこからともなく、光が現れ、一瞬契約書を包む。
そして、光は消えた。
「これで契約が成り立つわ。これからは絶対に変なことをしないように!」
「ああ、もちろんだ」
英留が自信たっぷりに言うので、フィメーラは胡散臭げに彼を見るが、まあ、契約書もあるし大丈夫でしょう、とそれ以上は気にしなかった。
だが、フィメーラは気づいてはいなかった。
先ほどの契約書、フィメーラが後ろを向いている間に、英留が「奴隷」を「性奴隷」に書き換えた事を。
それは、英留が今出来る最大の、そして小さな抵抗だ。
英留は別に鬼畜の国からやってきた変態ではなく、法治国家日本から来た人間で、相手が本気で怒ったら我慢はする程度の常識はある。
フィメーラがそこまで嫌がるなら、少しくらいセクハラ行為を我慢してもいいとは思っている。
条項にあった「フィメーラが望むなら」と言うのは、まあ、最悪謝って許してもらえるなら、と解釈すれば問題もない。
とは言え、一方的にこんな契約を突きつけられるのは気にくわない。
だから、付け加えただけだ。
セクハラはしない、だが、万一セクハラして泣くのはお前だ、と思うだけで気が晴れる。
「……ま、いいわ、行くわよ?」
こうして英留はセクハラを封じられながらも女剣士のいるであろう場所へと向かった。




